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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 3-(2) 期待は裏切り

 重苦しい空気が流れる機械仕掛けの部屋。聞こえる音はパソコンの処理音だったり、換気扇だったりで、かなり静かな環境だ。その中、悠馬は見えない威圧感に押しつぶされそうになっていた。


 初めて見るミラアの父。ミラアを捨てたという父。それだけで体の芯から冷えるものがある。

 エンスがお茶を持ってきて、それぞれの目の前へ置く。ふかふかのイスに腰掛け、話を始めた。

「改めて紹介しておきます。彼が隣の部屋に住む宮葉悠馬君。ミラア様とは同じ高校に通われていて、大変お世話になっています」

「どうも……」

 さすがに宇宙の王の前では丁寧な口調だ。そして王の娘ということも考慮してミラアに様付け。改めてこの人は偉い人なんだと感じさせられる。

「悠馬君。話は聞いている。娘と仲良くしてくれているようだな」

「ええ、まぁ」

 おそらくあの時間違えて宮葉家にワープしてこなかったら今ほど話すこともなかったであろうが、それは口を噤む。

 ローデスは麦茶を一口飲み、少しイスにもたれて、はぁと息を吐いた。

「君はミラアの呪いについても聞かされているんだね?」

「はい。十二ヶ月の呪いですよね?」

「ああ。地球に住む君からすれば信じ難い話だろうと思い、あるものを持ってきた」

 ローデスは何もない目先斜め上を手でスライドした。すると、アニメやゲームでよく見る魔道書のような本が現れ、目の前でポフンと音を立てて置かれる。表紙には「日本語訳・十二ヶ月の呪い」と記載されていて、その周りは少し色が落ちている。相当古いもののようだ。

「タイトルからも分かる通り、それは十二ヶ月の呪いについて書かれた書籍だ。十二ヶ月の呪いとは何なのか。そして十二ヶ月の呪いによって起きたニュース記事などが載っている」

 その書籍の序章には一言で《十二ヶ月の呪い》というものが何なのか記されている。エンスに伝えられた通り、一年間の精神不安による死。それが大前提の話であることを公式に決定されている。そして発見が難しいと書いてある。

 悠馬はミラアのような大人しい性格の人が呪いにかかるものだと思っていた。見た目打たれ強くなさそうな子がかかってしまう。そういうものだと決めつけていた。しかし、見た目の性格だけでは患者であるかは分からない。ミラアのように無表情を貫く子がかかることもあれば、クラスのムードメーカー的存在の元気な子がかかることもある。


「幸い、ミラアは鏡花星の姫だ。医療も充実していて、定期的に検診を受けることで早期発見に成功した」

 悠馬の耳元で、小声でエンスが補足する。更に補足をし、エンスは悠馬の耳元から顔を離した。

 更に付け加えてきた内容は、その検診結果はローデスしか見ないということだ。かなり細かい診断をするためすぐに結果は出ず、その場で受診者本人が状態を確認することは出来ないらしい。それを利用して呪いにかかっているということを知ったローデスがミラアを地球に行かせた。更にミラアは自分が呪いの患者だということも知らない。

 ――綺麗に事が進んでいる。

 まるでローデスが作りこんだような、上手く行きすぎな世界。状況。それにどうしようもないモヤモヤが付きまとってくる。

 どこか期待はしていた。彼は確かにミラアを捨てた。しかし、ここに来るということは引き取りに来たのかもしれない。ちゃんと娘の呪いと向き合おう、そう思ってくれたのかもしれないと。

 それも、おそらく期待に過ぎなかったのだ。ミラアに関しての話をしているのに平然とした表情。そして診断結果から地球へ送り込むまでの流れ。彼はもうミラアを任せるつもりでここに来た。


「もう薄々は気づいているのであろう。君たちにミラアを任せる。鏡花星の姫はまだミラアの妹がいる。ミラアに手はもうかけられん。良いな? 頼むぞ」

 気持ちよく期待を裏切られた。彼の中にミラアを引き取るという選択肢など微塵もなかったわけだ。


 そう言い残すとローデスがソファから立ち上がり、脱いでいた上着を手にとってリビングから出た。重苦しい静寂がリビングを包み込む。

「良い訳ねぇだろ……!」

 それに悠馬が怒りに身を任せてリビングを出たローデスを追う。そして筋肉質な肩を掴み、彼を引きとめた。

「何だ鰹?」

「悠馬だ! 今はそんなことどうでもいい! あんたそんな簡単に娘捨ててそれでも親かよ!」

 もう頭の中は真っ白だった。ただ、このローデス・プラハーナが許せない。ただそれだけしか頭になかった。

「やめるんだ! 悠馬!」

 いつも名前を間違えるエンスがしっかりと悠馬の名前を呼ぶ。初めて覚えてくれたのに、その声は頭に入って来なかった。

 そしてローデスの目は一層鋭くなり、堅く握られた拳が袖から現れて――


 ――腹に一発お見舞いされた。


 普通の人間に殴られるのとは桁が違う。息が止まったのではないかと思うくらい苦しかった。腹部を抑えることに必死で、起き上がることは愚か、声を出すことすら出来ない。

「人間風情がでかい口を叩くな」

 そしてまた玄関に向き合う。エンスが支えになって起き上がらせてくれたが、お互いの手は震えていた。

 そして、真っ暗なドアは開かれた。


 ☆☆☆


 エンス宅でローデスとの対談がされている頃、ミラアは言われた通り宮葉家へ来ていた。羽花が遊びたがっていると言われれば、嬉しそうにスキップしながら部屋に入って恐ろしいほど上手く父親との接触を回避することが出来た。

 今は羽花と『劇場版魔法少女リーラ~お菓子ランドの大決戦~』を視聴している。ずっと宿題をしていた結希も気づけば熱中して映画を見ていた。


 やがて映画が終わると、ミラアと羽花は涙を流しながらエンドロールを見ていた。

「感動的ね……羽花」

「そうでしょ……ミャアちゃん」

 お菓子の妖精たちが動きを失ってしまい、それを救うべくリーラが立ち上がる。そういうシンプルな内容だが、子供向けのアニメにしては結構作りこまれている。

 画面の見過ぎで目が疲れた結希はふと時計の方を見る。時刻はもうすぐ十一時。悠馬がエンスの家に行っていることは知っているが、少し遅すぎるような気もした。


「そういえばミラアさん達ってあの農業公園に行ったんだよね?」

「ええ。今から思うととてもラッキーだったわ」

 まだミラアと羽花も遊びたいだろうと思い、結希は話題を魔法少女リーラに戻した。作中に、お菓子の妖精とリーラが地球で遊ぶシーンがある。そのモデルになったのがミラア達が遠足で行ったあの農業公園なのだ。その証拠に、空中ブランコや自転車に乗っているシーンもあった。

 ミラアも思い返してみると、小さな女の子と大きな男の子がたくさんいた記憶がある。魔法少女リーラの舞台と聞いた時はとても喜んでいた。

「あ、それで思い出したわ。羽花にお土産があるの」

「ええ!? 本当!?」

「本当よ。確かここに……あれ?」

 持ってきた鞄の中をゴソゴソ探すミラア。しかし出てくるのは財布や携帯電話などで、とてもお土産らしきものは出てこない。

「家に忘れたみたいだわ」

 そう一言だけ呟くと、スクッと立ち上がって玄関の方へ歩いて行った。おそらく取りに行ったのだろう。

「うーん、それにしてもお兄ちゃんとエンスさん何を話してるんだろう?」

 結希は気になりつつも、羽花の人形遊びに付き合っていた。



 宮葉家から出ると、自分の家――すなわちエンスの部屋から大きな物音がした。ドン! と何かが打ちつけられる音。全く予想しなかった音にミラアは体を震わせた。

 すると、目の前から見慣れた男性が出てくる。高い背丈にガッチリとした筋肉質な体。ドスの利いた低い声に整った顰め面の顔。

「お父さん?」

 首を傾げて呼んでみる。すると反応してミラアの方を向いた。やはり、幼い頃いつも遊んでくれたお父さんだ。

「ミラアか……」

 出会いたくなかった。とでも言わんばかりのため息をつく。頭を抱えて、エレベーターの下るボタンを押した。

「お父さん、どうしてここに……」

「お前には関係ない」

 そっけない態度でエレベーターに乗り込もうとするローデス。それにミラアもついて行こうとするが、ローデスはミラアの胸元に手をあててエレベーターから押し出す。力の差がありすぎるためか、ミラアはエレベーターの目の前で尻もちをついた。


「最後に言っておく。たった今から俺はもうお前のお父さんじゃない。赤の他人だ」


 そう言い残した瞬間、エレベーターのドアが閉まった。さっきまで明るかった目の前はエレベーターの構造だけが薄ら映る真っ暗な空間に早変わりした。

 ミラアは座ったまま立ち上がらない。いや、立ち上がれないのかもしれない。いつも何を見ているか分からない、力のない目も驚きで開ききっている。

「おい、ミラア……」

 何と声をかければよいのか分からない。言葉が全然出てこない。

 するとミラアは立ち上がり、エレベーターの隣にある階段を下り始めた。コツコツと悲しい音が廊下に響き渡る。

「ミラア。どこに行くんだ」

「ちょっと散歩。あ、私の部屋の机の上に羽花へのお土産があるからそれ持って行ってあげて」

 エンスが引き止めるも、ミラアは下りて行った。ローデスに殴られた悠馬に動く余裕もあるわけなく、エンスもこのまま悠馬を廊下に放置しておくわけにいかないので追うことが出来なかった。

 とりあえず、メールで『早く帰ってこいよ』と送っておいた。



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