Chapter 1-(4) 孤独の先へ
ミーナは昼までの勉強を終えて、自室でエンスから来たメールをずっと見ていた。
知らない間に事態は想像もしていない方向へと動き出していた。十二ヶ月の呪いの開発者が現れ、ミラアを連れて行方を晦ましている。更には悠馬の中からミラアの記憶だけ抜き取られているという。信じ難いことばかりではあるが、こうして現実に起きているなら信じるしかない。
呪いの開発者であるゴレイドはワープゲートを使って逃げたから、どこへ行ったのかヒントすら得られない状況だ。そのためエンスはミーナに鏡花星での捜索を願い出たというわけだ。
「とは言っても……」
ミーナは大きく溜息を吐いて自室の出入り口を見た。
昨年の冬、ミラアを救うためにキート草を採取して日本に無断で行ったことから、ミーナを監視する目は更に厳しくなっていた。トイレに行くだけでもメイドがついて来るし、朝の歯磨きだけでさえ執事がついて来る。プライベートなど皆無に等しい状況になっていた。
だからと言ってこっそり抜け出すことが全くできないかと言われればそうではない。さすがにプライバシーなどの観点から、ミーナの部屋の中は監視下にはないのだ。カメラが設置されていることなどもない。
そのため、窓から脱出するという方法はリスクがあるとはいえ可能ではあった。ミーナの部屋は三階だからロープなどを用意する問題はあるが。
しかしそれは捜索範囲が家の周辺であればの話だ。何せ今回は鏡花星のどこにいるかも分からない相手である。すぐ近くの繁華街にいるかもしれないし、星の反対側にいるかもしれないし、未開の地に初めて足を踏み入れた人物になっているかもしれない。この範囲を探す方法を見つけることは、部屋から出るなんてことよりも頭を悩ませるものだ。
「……ダメ元で頼んでみるしかないかな」
広く探すのであれば人手は当然いる。そして人を動かす力もいる。
鏡花星においてそれができるのは、たった一人しかいない。
ミーナは緊張と不安から来る動悸を抱えながら、部屋を出て居間へと向かった。当然のようについて来る執事たちなど視界にも入らなかった。それだけの決心を持ってミーナは歩いている。
居間には既に昼食を食べ始めていたローデスの姿があった。相変わらず父親とは思えないほどの圧を感じる人だ。
「遅かったな、ミーナ」
「うん、ちょっとね」
ミーナは少し居づらそうに椅子に座り、チラリと横目でローデスを見やった。ローデスは表情を変えないまま黙々と食事を進めている。別に不機嫌でもないという風に見える。ローデスへの願い事はこういうときに思い切ってしてしまう方が良いというものだ。
ミーナはテーブルに手をついて勢いよく立ち上がった。
「お父さん! 鏡花星のみんなに伝えたいことがあるの! 広報の人にお願いしていい?」
「却下だ」
「……何で?」
「お前がそんなに焦っているということは、ミラアのことだろう」
「……何で察しがいいのかな」
ミラアに関することということが読まれているならミーナはどうしようもなかった。だってローデスはミラアのこととなると一歩も動かないと分かっていたから。
ミーナは諦めと共に全身から脱力して着席する。そしてどこにもぶつけられない怒りを食事にぶつけてしまう。雑にフォークを握って肉に刺しては、不機嫌を全面に出して咀嚼した。
☆
「ああもう! お父さんのバカ!」
ミーナはベッドに身体を投げ込んで枕に顔を埋めた。
複雑に感情は入り混じっているが分かっているのは二つある。一つは頭の固い父親への怒り。そしてもう一つが、これからどう手を打てばいいのか分からないことへの焦りだ。
王国の力が使えないとしたら、どうやって手がかりを見つければいいのか。勝手に広報を利用したとしてもすぐにローデスにバレてしまうし、何より国民はローデスの意に反することは絶対にしない。
「そんなこと恐れている場合じゃないか……」
国民からの大批判を受けようが、ローデスに見放されようが、身柄を拘束されようが、少しの瞬間を突いてエンスに伝われば何とかなることだ。
ミーナはエンスからのメールをもう一度開いた。ゴレイドという人物を鏡花星で探してほしいという内容の下部に、ローマ字や数字が混じった長文がある。
「罰なら後からいくらでも受けるので、今だけは……!」
ミーナはエンスから来たルートを自分のパソコンで辿って、王国の情報保管室のパソコンへと入り込んだ。これを自室から操作すれば、一瞬でもローデスの目を欺くことができる。
その間に少しでも有力な情報が得られれば……あとは彼らが何とかしてくれるだろう。
大好きな姉を救うための最後の仕事。そう言い聞かせてミーナは王国からの知らせとして鏡花星の全ての人にゴレイドの情報を求めた。