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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
最終章 永遠の姫君
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Chapter 1-(3) 忘れることの怖さ

「ミラアさんとの記憶が悠馬お兄ちゃんにはない……?」

 悠馬がアルバイトに出ていて少し寂し気な宮葉家に、結希の零すような言葉が漂う。状況をいまいち飲み込めていない結希に、説明をしに来たアリアはコクリと首肯した。

「信じられないかもしれないけど、そういう状態。あと羽花ちゃんと遊びたい」

「却下です」

 真剣な顔でふざけてくるので結希は少し騙されそうになった。


 悠馬に異変が起きたのはミラアたちと水族館に行った日からだ。突然病院から電話がかかってきて三人で暗い夜道を必死で走った。

 しかし病院にいた悠馬はただの睡眠と何ら変わらない、静かな呼吸をしていたのである。そして医者も異常は何もないと言う。

 様子を見ることになり家へと連れ帰ったが、二日間、目を覚ますことはなく、いつもより言葉の少ない食卓にも微妙な空気が流れていた。


 一応目を覚ました夜にお世話になった医者に連絡して診てもらったがやはり身体に異常はなかった。

 それでも結希がこうしてアリアに悠馬のことを聞いたのには理由がある。


 今朝、登校を再開する悠馬に結希は何げなく言った。

「早くしないとミラアさんが待ちぼうけしちゃうよ」

 すると悠馬は何もふざけた様子もなく、

「ミラアって?」

 と聞き返したのだ。


 ボケている場合じゃないでしょ、と結希は言ったものの悠馬は首を傾げて、黙って登校の準備をしていた。

 不思議に思ってミラアに連絡してみても繋がらず、不安なことは積み重なっていくばかりだったから、エンス宅を訪ねたというわけだ。

 しかしエンスは何か取り込み中のようで、代わりにアリアがやってきて今に至る。


 アリアは悩まし気に眉を顰めて手にあるタブレットを見ていた。

「私もその場にいたわけじゃないから詳しくは分からないんだけど、ミラア様を連れ去ったやつに記憶を消された線が濃厚っぽいね。悠馬君とミラア様がどうとかよりも、治親君とルヴィーネちゃんの過去を見ると辻褄が合うんだ」

「ん〜……何か難しいですけど、何者かに攻撃されたってことですか?」

「そういうことだね〜。こいつがまた手がかりがなくてどうしようもないのよ」

 結希はあまりに現実離れした話に俯くことしかできなかった。


 虚空で跳ねるように響くミラアを知らないという悠馬の言葉が脳裏に過る。それと同時にミラアが来てからの悠馬を思い出した。

 ミラアと出会う前から悠馬は優しい兄であった。親が色々と揉めていたせいもあって結希も悠馬は頼れる存在だった。

 その悠馬が数少ない、何も考えずにいられる存在がミラアだったように今は思う。ミラアは不思議な人だったから世話は焼いただろうけど、それでもミラアと一緒にいる悠馬は楽しそうだった。


「それが奪われちゃったんだ……」

 そして悠馬の中にいないミラアは攻撃した者に連れ去られてしまった。何とも不可解な焦りが結希の身体を駆け巡る。

 ポツリと呟いて余裕のなさそうな結希を見て、アリアはバツが悪そうに頬を掻いた。

「私たちも悠馬君の記憶を取り戻すため、そしてミラア様を助け出すために動いている。何か分かったことがあれば教えてね」

「はい、もちろんです」

「というわけで私は羽花ちゃんとテレビを見ます!」

「あ、うん」

 アリアの変態的な行動をサラッと受け流す羽花に結希は小さく笑みを零した。


 話を終えた結希は晩御飯の支度を始めた。今日は悠馬がアルバイトでいないから三人分だ。

「忘れられるって怖いのになあ……」

 お父さんが思い出したように宮葉家に帰って来たように、お母さんが別の家庭を築いていたように。大好きな人の中からいなくなってしまう怖さは誰よりも分かっているつもりだった。

「お兄ちゃんまで忘れてどうすんのよ、バカ!」

 結希はやるせない気持ちを包丁を握る手にこめて野菜を切った。



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