Chapter 3-(4) 始まりと終わり
悠馬はミラア、真菜、苺と共に観覧車に乗り込んだ。悠馬の隣には苺が座り、向かい側にミラアと真菜が並んでいる。
泣き叫ぶ治親は当然ルヴィーネと二人で乗せてある。
悠馬はだんだん上昇していく観覧車には全く意識も行かず、向かい側に座るミラアと真菜を見ていた。
沈みかけた夕日を無邪気に見るミラアとそれを微笑ましそうに一緒に覗く真菜。二人に橙色の光が注ぎ込み、悠馬の儚い気持ちを加速させる。
こうして二人を見ていると、自分の視線が居座る時間の長さが嫌でも分かった。
悠馬がずっと見ていたのは窓に張り付いて外を眺めるミラアだった。
観覧車に閉じ込められたようなこの気持ちからは逃げられない。自分に嘘を吐くこともできないし、騙しきることもできない。
今でも胸に残る夏祭りの温もりが奥底から蘇ってくる。あのとき悠馬は本当の底から抜け出すことができた。
どこに伸ばしていいか分からない手を無理やり引っ張ってくれたのがミラアだった。それと共に心も連れてきた。
(俺はミラアが好きなんだ)
誰にも聞こえない声を自分に発しても反対は来ない。これが今の悠馬にある正真正銘の気持ちだった。
その想いを大事に抱きしめて、悠馬もまた外に広がるオレンジ色を眺めていた。
☆
観覧車を降りると満足そうなルヴィーネと魂を抜かれたような治親が待っていた。
これで今日の予定は全て終わった。ルヴィーネも楽しかった様子で、苺もさっきよりは少しスッキリしたようだった。この姿を見ていると誘って良かったと悠馬は思える。治親が泣きそうになっているけどそう思える。
「なあミラア」
そんな中で、悠馬は隣にいたミラアに声をかけた。
「今日、楽しかったか?」
「ええ、凄く楽しかったわ」
いつもと変わらない笑顔なのに、悠馬の胸は妙に激しく高鳴った。ミラアのことが好きだと分かった途端にこれだから、自分が少し恥ずかしくなってくる。
「また来たいわ」
「ああ。また来ような」
悠馬の中に色んな想像が巡っていく。今度来るときは二人なんだろうか、それともまたこのメンバーなのか。そんな疑問は瞬時に解決して、妄想の中の悠馬はミラアと二人でいる。恋心とはなかなかに人間を操作してしまうものらしい。
「よし、帰ろうか!」
苺の合図で全員が出口に向かって歩き出した。閉館時間はもう近づいていて周囲の人たちも流れ込むように出口へ吸い寄せられていく。
それさえも悠馬にとっては面白かった。ただ隣にミラアがいるというだけで世界が何もかも幸せで溢れているように見えてしまう。ミラアの気持ちは知らないから緊張はあるけど、鬼ごっこを続ける治親とルヴィーネと治親も、談笑しながら前を歩く真菜と苺も、悠馬にとっては至福の時間だった。
――ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
自然と顔が綻んでしまうような一時に悠馬は浸っていた。不思議そうにミラアが顔を覗き込んできたから慌てて表情を戻すも、やはり頬が緩んでしまう。
「何かいいな、こういうの」
「そうね」
ミラアもまた微笑んでいた。
またしても悠馬はそれに視線を奪われてしまい、注意が散漫としてしまう。
すると向かい側から歩いてきた男性と肩がぶつかってしまった。
「あ、すみません」
しかし男性からの返事はない。もしかしたら相当怒っているのかもしれない。前を見ていなかったのは悠馬だから何も言えないことではあった。
「……やっと見つけたよ」
「え?」
ポツリと呟くと、男性の周囲に黒い妖気が湯気のように立ち込めた。男性の白衣が風に靡いて、悠馬たちも吹き飛ばされそうになる。
その怪しい様子のまま、男性はミラアの手を取った。すると触れた瞬間にミラアは意識を失って男性に支えられる形になる。
「全く。手こずらせてくれたね」
「あんた、何者だよ……」
少なくとも一瞬でミラアを眠らせてしまうのだから普通の人間とは思えない。宇宙人を複数人見ている悠馬だから特段の驚きはなかったが、それでも本能が彼を警戒している。
「何者、かあ」
男性はミラアを支える手にクッと力を込めて自分の身体に抱き寄せた。
「せっかくだから君には教えてあげるよ。僕の名前はゴレイド。君の望む肩書は開発者かな?」
「開発者……?」
そこで異変に気づいた真菜、苺、治親、ルヴィーネも悠馬のところへとやってきた。
みんなが口々に何事かと動揺する中、一人だけ驚いた様子でゴレイドを見ていた。
「先生!」
そうルヴィーネが叫ぶとゴレイドは呆れたように笑った。
「久しぶりだねルヴィーネ。元気そうで何よりだよ」
「先生って……」
「はい。私の呪いを治してくれた先生です」
ルヴィーネは幼少期に十二ヶ月の呪いにかかり、親に捨てられて日本に来たという過去がある。日本の病院でずっと過ごしていて、治親と出会って恋をしたから治ったというのが彼女の呪いと向き合った経緯だ。その道しるべを示したのは担当医だったという話があった。
その担当医が今目の前にいるゴレイドなのだという。
「ということは、開発者って……」
「ほう。思ったより頭の回る青年だね」
ゴレイドはニッと気味の悪い笑みを浮かべた。
「僕が十二ヶ月の呪いの開発者だよ」
「なっ……!」
不治の病である十二ヶ月の呪い。ずっと悠馬たちがミラアを救うために探していた存在。十二ヶ月の呪いについて誰よりも知っている人物がこのゴレイドだ。
本来ならすぐにエンスのところへ連れていって治療法を聞きたい――ところだが、どう見てもそんな状況ではない。
「その開発者さんが何でミラアを眠らせてるんだよ」
「僕のものにするためだよ。ミラアに呪いをかければ人は彼女を避けだす。案の定、馬鹿な家族はミラアを捨てた。そこに漬け込もうって魂胆だったんだけどねえ」
「じゃあミラアが呪いにかかっているのって……」
「もちろん、僕がかけたんだよ」
その答えに悠馬は自然と力んだ。奥歯が摩擦する音が身体中に響いて行く。
私欲のためにミラアに呪いをかけたとゴレイドは言った。ミラアを自分のものにしたいがために、ミラアの人生を狂わせて辛い思いを何度もさせた。
――ふざけるなとしか思えなかった。
「でも何でだろうね。毎回君みたいな邪魔者が入ってくるんだよねえ」
「邪魔者?」
「ルヴィーネのときもそうだよ。ルヴィーネは私の元に来るはずだったのに、そこの女みたいな男と出会ってしまった。これでは計画が進まないから、女みたいな男の記憶を消してしまったんだ」
全員の視線が一斉に治親に集まる。
その治親はあまりに非現実な状況に身体を震わせていたが、何とか頭を回転させて声を絞り出した。
「じゃあ、ルヴィーネが言っていたことって……」
「全て事実だよ。だが君は覚えているはずがない。記憶を消されているのだから」
治親は悲痛な顔でルヴィーネのことを見ていた。この時、治親が何を思っていたのか、今の悠馬にはそこに意識が向けられるほどの余裕はなかった。
「ルヴィーネからその男を引き離して、もう一度ルヴィーネと時間を歩んでいくつもりだったが……単純な女だ。ルヴィーネはそいつに過去の闇の全てを託してしまった」
ゴレイドは右手で見たことないデバイスを操作しながら話していた。するとゴレイドの後方に禍々しい空間が出現する。
これを悠馬は何度も見ていたからすぐに分かった。これは……ワープホールだ。
「だが、ミラアにはまだ闇が残っている。僅かでも闇があればいい。今度こそ、僕は計画を実行できる」
ミラアを抱きかかえてゴレイドが悠馬たちに背を向けた。
「さあ、行こうか。僕たちのオアシスに」
そう言ってゴレイドが一歩を踏み出す前に悠馬の身体は反応していた。
このままワープホールをくぐらせてしまえば、どこに行ってしまうか分からない。話を聞いていても、どう考えてもこのまま逃がしていい人物ではない。
――何より、ミラアをこのまま連れて行かれるわけにはいかないのだ。
「行かせるか!!」
「っはは。君から来てくれるなんて親切だね」
さっきまでの余裕の顔とは打って変わった憎悪の笑み。ゴレイドは接近してきた悠馬を簡単にあしらい、頭部をその大きな手で掴んだ。
「君も随分と厄介なことをしてくれたよ。まあ、少しだけでも可能性を残しているだけマシかな?」
「何を言って……!」
「さあ、このまま永久にミラアのことを忘れようか」
ゴレイドは纏っていた妖気を悠馬の頭を掴んでいる手に集中させた。ドロドロとした感触が脳を蝕んでくる。抵抗してもゴレイドの手はビクとも動かない。おそらくゴレイドも鏡花星人なのだから身体能力で勝てるわけもなかった。
話を聞いていれば分かりたくなくても理解できてしまう。ゴレイドは悠馬の記憶を消そうとしているのだ。
「悠馬を離せ!」
この状況を見兼ねた治親が悠馬から離そうとゴレイドに近づいた。
しかしゴレイドがフッと息を吹くだけで治親は紙きれのように飛ばされてしまった。
「人間ごときでは私には勝てませんよ?」
その静かな威圧に治親、苺、ルヴィーネは動けずにいた。一歩間違えれば命さえ奪えるかもしれないような相手を前に足は震えている。
治親と苺は悔しそうに地面を向き、ルヴィーネは飛ばされて血を流している治親の心配をしていた。
そんな中、真菜がミラアの方へ走り出していた。悠馬が無理ならばミラアをと思ったのだろう。細い腕を精一杯ミラアの方へと伸ばす。
一瞬、ミラアの鞄に触れたかのように見えたが、またしてもゴレイドにあっさりと弾き返されてしまった。
「あまり女性は傷つけたくないので来ないでくださいね」
万事休す。もう誰も動けない。黒い妖気が悠馬の身体中に流れ込んでくる。骨の先まで喰われてしまう感覚。それを感じ取ったときに悠馬の意識は途絶えた。
「っはははははは! これで全部僕の思い通りだ!」
高らかな笑いが園内に木霊する。誰かが通報してくれたのだろうか、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「さあ、行こうかミラア」
眠ってしまって返事をするはずないミラアに柔和な声で語り掛け、ゴレイドはワープホールへと入った。
「それでは皆さん、永遠にさようなら」
そして数秒後、ワープホールは閉じられ、音は大きくなったパトカーのサイレンだけになった。
手の空いていた苺が悠馬のところへ駆け寄って声をかけてみるも悠馬は目を覚まさなかった。苦しそうでも気持ち良さそうでもない、無の状態で眠った悠馬を苺は見ていられなかった。
しばらくすると警察官たちが悠馬たちの方へと急ぎ足でやってきた。
秋にしては少し肌寒い風が吹き抜ける。あんなに綺麗だった夕日もすっかり顔を隠してしまって夜になる。その中で赤色の光だけが悠馬たちを包み込んでいた。
まずは2週間、投稿をお休みしてしまい申し訳ありません。
少し予定が立て込んでしまい、完成にまで至ることができませんでした。
さて、今回の話で今年の更新は最後になります。
今年は就職活動をしなければならない年ということで、7か月間もお休みしてしまいました。
それでも再開を待っていてくださった皆様には感謝しかありません。本当にありがとうございます。
次回からは十二ヶ月の姫君様もついに最終章へと突入します!
最後まで悠馬たちと全力で駆け抜けたいと思いまので、引き続きよろしくお願いします!
今年は大変お世話になりました!
それでは皆さま、よいお年を!