Chapter 2-(4) 覚悟の日曜日
悠馬と出かけた日の夜、苺は家に帰ってから真菜に電話をかけていた。
目的はもちろん、悠馬と約束した水族館へ出かけることの誘いなのだが、それ以外にも話したいことはたくさんある。
「――でね! もう猫が超可愛いの!」
『どれだけ可愛かったかは苺ちゃんのテンションで分かるよ』
電話の向こうの真菜はおそらく苦笑いしているのだろうが、それでも抑えきれない。それほど可愛いものだったのだ。
真菜には悠馬と出かけることは事前に伝えていた。特にはっきりした理由はなかったのだが、真菜には言っておこうと思ったのだ。
それを聞いた真菜は「楽しんできてね」と言ってくれたが、少し寂しそうだった。話を聞くと、悠馬と二人でいたことなんて学校行事とバイト帰りくらいだから、約束を取り付けての遊びは心底羨ましかったようだ。
だからこそ、苺は今回の悠馬とのお出かけは心の底から楽しもうと思ったし、少しは有益な情報を手に入れようと思った。
「猫カフェ行ったあと、ファミレスに行ったんだけど、そこで悠馬君の好きな人を聞いたよ」
その結果が悠馬の好きな人を聞きだすことだ。一応、苺と真菜は恋のライバルという立場ではあるから、この答えは世界で一番と言っても過言ではないくらい気になるものである。
思わぬ報告に真菜は咽てしまってしばらく会話が途切れた。
落ち着いたのは二十秒後くらいで、小さな声で真菜が喋り始めた。
『なかなか攻めたね……』
「そりゃあ、こんなこと聞ける機会ないし」
本当は真実を言ってもらって自分だけ楽になろうか、なんて器の小さいことを考えていたのだけど、それは明かさないことにしておく。
『……で、どうだったの?』
「気になるんだ?」
『……うん』
どんどん声がか細くなっていく真菜が愛おしくて、苺は小さく笑った。時折、こうして正直になるところが真菜の面白いところだ。
「本人はいないって言ってたけど、たぶんいるね。かなり動揺してたから」
『そうなんだ……』
「もう、落ち込まない落ち込まない。それが真菜ちゃんかもしれないんだから」
実際、真菜はかなり脈ありの部類だろうから、むしろ喜ぶくらいで良いと苺は思う。
悠馬と真菜の間にどんな関係があって惹かれ合っているのかは苺の知らないことだが、恋愛下手な二人が並んでいるのは少し微笑ましくもある。
少し真菜が気にしすぎてしまったため、苺は話を切り替えようと本題に入った。
『水族館?』
「うん。悠馬君にはミラアちゃんを誘うように言ってあるし、もしかしたら他にも誰か来るかもしれない」
『私は行けるけど……いいの?』
「何が?」
『せっかく苺ちゃんがした宮葉君との約束なのに』
「あはは。本当に人のことを気にするね。むしろ来てよ」
――そうじゃないと、また夢を見ちゃうから。
そう言葉ではないもので付け足して苺は答えた。
そしてレストランで抱いた感情を思い出す。悠馬との中途半端な関係。いや、悠馬は中途半端なんて思っていないだろう。何せ、苺は幼い頃から知っている友人なのだから。
中途半端なのは自分だ。彼のことを好きなのに、いつも幼馴染という立場に逃げてしまう。そこから一歩を踏み出そうとすると、もう元には戻れないような気がして怖くなる。
「今度でね、終わりにしたいの」
苺はポツリと呟いた。当然、口のすぐ側にマイクがあるのだから真菜には聞こえている。
『それってどういう……』
「だから、絶対来てね!」
真菜の言葉を遮って、苺は強引に電話を切った。
それから布団に入り、何もない天井を見つめる。
きっと想いを伝えても終わらない。これで悠馬との関係が永遠に終わってしまうわけではない。少し形が変わってしまうだけで、根本はそのままなはずだ。
催眠術のように自分に言い聞かせて、苺はそっと目を閉じた。
日曜日にちゃんと歩を進められる自分であるために、苺は何度も脳内でそれを唱えた。
そんな大半を占める不安と僅かな期待を抱いて、夜は更けて行った。