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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 3-(1) 恐怖と平然

 帰ってくると、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯がキラキラと星のように輝いている。

 その幻想的な町を、悠馬とミラアは共に歩いていた。ミラアはバスで寝過ぎた為か、まだ眠そうな顔をしていて、町の灯りに顔を顰めている。

 悠馬はまだ携帯電話から目を離せなかった。未だにエンスからのメールが気になってしまう。

「大切な用件って一体何なんだ……」

 悠馬も大体は把握していた。どこか感づいている自分に嘘をつくように言葉を零した。ミラアも一緒に――つまり彼女にも関係のある話。それにあの文面からして冗談ではない。

「まぁ、行ってみれば確実に分かるか」

「何が分かるの? 紅鮭」

「悠馬な。魚じゃない。……ま、こっちの話だ」

「そう」

 また眠そうに目を半分だけ開いて、ふらふらしながら歩き始めるミラア。もう軽く背負っている感覚に追われる。

 夜は更に深まって、暗さを増していく。


 ☆


 明るいエレベーターで上ると、すぐ右手には宮葉家。しかし、今回変える場所はその向かいのエンス宅だ。エンスが事前に結希たちに連絡してくれていることもあり、そのままエンスの部屋のインターホンを押した。

 すると、白衣を着た女性が出迎えてくれる。

「やあ、二人ともおかえり。上がってくれ」

 エンスに催促され、お邪魔しますと発してから部屋へ入る。相変わらずコンピュータだらけで、その画面には説明を聞いても分からなさそうな記号がズラッと並べられている。

 前回来た時と同じようにイスに座るよう言われ、軽く礼をしてから腰を下ろした。


「そうだミラア。もう眠たいだろう。風呂にでも行って来たらどうだ?」

 座るとすぐにエンスがミラアに入浴を提案する。どこか行ってくれないとまずい、という雰囲気が流れている。

「そうするわ……」

 眠たそうに目を擦りながら、ミラアは風呂場へと行った。これでリビングには悠馬とエンスだけになり、しばし沈黙が訪れる。やがて風呂場のドアが開く音がすると、エンスが沈黙を打ち破った。

「二人きりだね……」

「馬鹿なこと言ってないで、用件って何ですか?」

「はは、意外と手厳しいんだね。まぁ、順を追って説明するよ。それくらいの時間はある。ミラアは意外と長風呂なんだ」

 その言葉でミラアに聞かれてはいけないということが判明する。少し和らげだったエンスの表情は、次の瞬間に引き締まり真剣な顔つきになる。

「この前、十二ヶ月の呪いって話をした時があっただろう?」

「ええ、もちろん覚えていますよ……。一年間、精神不安定が続くと死んでしまう謎の呪いでしょう?」

「よく覚えているね。さすが春雨高生だ。そこでもう一つ重要な話をしたのを覚えているかい?」

「もう一つですか……。確か、その十二ヶ月の呪いを嫌ってお父さんがミラアを捨てたんじゃ……」

「おー素晴らしい。ワンダフルだよ。そのことで、なんだ」

 エンスはより一層、真剣な表情になった。その奥には悲しみか、はたまた怒りか、複雑な感情が混ざっているような気がした。


「そのミラアの父……ローデス様が、明日ここに来られる」


「え……?」

 一瞬、どういうことか判断出来なかった。しかし、冷静になってみても言葉通りの意味である。ミラアを捨てた張本人――ローデス・プラハーナが地球にやってきて、しかもこのエンス宅にやってくる。

「何のために来るんですか!?」

「私にもそれは分からない……。ただ、嫌な予感しかしないんだよ。こんなこと言ったら宇宙を批判するようなことになるが、彼には悪い意味で裏がない。ミラアを嫌ったのも事実であれば、捨てたのも事実。私は鏡花星にいた時からどうもあの人が苦手でね……。技術を学ぶとか言って、地球に逃げてきた部分もあるんだ」

 つまりは、その父が来ることによって、ミラアがどうなるかということだ。彼女自身には捨てられたという認識をしていないが、そのことを知ったら――考えただけでも恐ろしい状況だ。

「それで、出来れば君にも立ち会って欲しい。お世話になっているからね。かなり夜深い時間になるだろうけど、大丈夫かい?」

「ええ、バイトも終わってますし……。それに明日は休日ですからね。何なら僕の家にいてもいいですよ? 羽花も喜ぶでしょうし」

「そうしてくれると本当に助かる」

 エンスがそう言ったところで、がちゃりという音が風呂場からした。どうやらミラアが上がって来たらしい。


「とにかく、そういうわけなんだ。また迷惑をかけるがよろしく頼むよ」

「分かりました」

 悠馬は立ち上がり、鞄を取って帰る準備をした。

「お邪魔しました」

「ああ、明日も頼む」

 言って、悠馬はリビングを出て玄関へ足を運んだ。何もない暗い廊下は少しひんやりしている。灯りはリビングと風呂場から若干漏れているものしかない。

「あ、昆布帰るのね。また明日」

「悠馬な。俺はおにぎりの具じゃない。また明日――」

 そこで、ミラアがバスタオル一枚で玄関に来ていることに気づいた。スレンダーで白い肌がこの暗闇ではよく映える。

「お前! 何て格好で来てるんだ!」

「バスタオルよ」

「見たら分かるわ! ほら、風邪ひくから早く着替えろ!」

「分かった」

 そこで踵を返し、再び風呂場に戻っていく。本当に彼女に精神不安定というものが訪れるか疑問になった。



 ☆☆☆



 翌日。悠馬はアルバイト先であるレストランに来ていた。遠足で休んでしまった分、しっかり取り返そうと今日は少し早めに出ている。そのため、まだ真菜の姿はなく、店内にいるのは悠馬と店長。そして二人の従業員のみだ。

 今は昼前の十時。ランチタイムにはまだ早く、かといって朝食を取る人も出勤しているので、実質暇な時間を迎えていた。

 しばらくの休憩時間を貰い、悠馬は休憩室の机に伏せた。昨晩は、色々と考え込んでしまって眠れなかったのだ。

(今日来るんだよな……)

 ミラアを捨てた張本人、ローデス・プラハーナ。彼がどういう意図でこの地球に来るかは分からない。それにどんな人物であるかも悠馬にとっては未知のものである。

 そんな訳の分からない状況にため息をつくと、向かい側の席に店長の経済不振が腰をかけた。

「悠馬君元気ないね。どうかした?」

「あ、経済さん。いや、知り合いにちょっと問題が発生しましてね……」

「ん~。まぁ、あまり深いことは聞かないでおくよ。事情がありそうだし。それと、一応僕は年上で店長だから経済さんはやめてほしいな」

 若干笑顔で言う店長。それに悠馬は疑問符を浮かべた。

「な、馴れ馴れしいですかね?」

「若干ね。宮葉君の事を宮君と呼んでいるのと一緒だからね」

「……え? 経済不振さんって苗字ですか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「聞いてないです。……あの、失礼ですが、下の名前は……?」

「あ~、言われてみれば言ってないな。僕は経済不振不況丸(ふきょうまる)だよ」

 もっと不謹慎要素ぶち込んできた! と思った悠馬だったが、人間としての最終防御ラインで踏みとどまる。

「まぁ、何を悩んでいるのかはおっさんには分からないけど、あんまりネガティブにならないようとだけ言っておくよ。ポジティブはいいよ」

 店長はコーヒーを一口飲んで、また仕事場へ戻っていった。


「ポジティブに、か」

 そう、まだミラアの父が来る理由が嫌なものと決まったわけじゃない。もちろん、嫌な方向へ傾くこともあるが、その分良い方向へ導く道もきっとある。

 時刻はまもなく正午。店のピークが来る。



 ☆


 無事アルバイトも終わり、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。街灯だけが悠馬の姿を捉え、鮮明に映し出す。

 時刻は十時を回っており、もう羽花なんか既に夢の中の時間である。少し小走りで夜道を歩いていた。

「思ったよりも遅くなったな……。怒られたりしないかな?」

 自分の娘をあっさり捨ててしまうあたり、とても心の広い人だとは思えない。もしかしたら線路の繋ぎ目の間並みに狭いかもしれない。

 そんな思考が頭をよぎり、更に足を速める。風が妙に冷たかった。



 やがてエンスの部屋の前に到達し、中腰になりながらもインターホンを押す。

「やあ、来たね」

「遅れてしまってすいません……」

「いや。ついさっきローデス様も来られたところだ。さぁ、入ってくれ」

 昨日と同じように家へ足を踏み入れ、もはや見慣れてしまった機械仕掛けの廊下を進む。

 リビングへのドアを開けると、一人の男性がソファに腰かけていた。ガッチリとした体に、シュッとした目。少し太めの眉毛に肌が褐色と、見た目だけで威圧感を放っている。


「君が宮葉鮪君か。私がミラアの父、ローデスだ。よろしく」


 そのドスの効いた声に、無意識に体が反応して汗が垂れる。それはもう名前の間違いにツッコむ余裕がないくらい。

 そして、その一瞬の観察で悠馬の脳は嫌な思考を巡らせる。


 ――平然とした表情をしている。



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