Chapter 2-(3) 本当の想い
苺と改札前で別れて、悠馬は構内にあるスーパーに来ていた。結希からついでの買い物をメールで頼まれたのだ。
野菜や肉、魚、弁当の惣菜など、毎日の生活に必要なものをかごに入れていく。
そんな何気ないスーパーでの買い物の光景の中、悠馬はもどかしい気持ちを引き摺っていた。
『悠馬君って好きな子いるの?』
あの質問が苺から飛んできたとき、心底驚いた。それと同時に返答に困ったのだ。
結論から言えば、好きな人はいる。好きな人を見れば、心が締め付けられるような感覚が来るけど幸せでもある不思議な感情が渦巻く。
ただ、こう聞かれると、今の悠馬には答えられなかったかもしれない。
――それって誰なの?
今こうして苺と別れた後でも答えは出せない。自分は一体、誰が好きで、誰に対してこの気持ちを抱いているのか分からなくなっていた。
「あれこれ考えても仕方ないか」
分からないものは分からない。そう割り切って悠馬は結希のメールに目を通しながら、頼まれたものをかごに入れて行った。
「あとはお菓子か。結希もまだまだ子どもだなあ」
御飯に必要なものは堂々と書いてあるのだが、ポテトチップスだけは小さな文字になっている。お金にまだ余裕がない中なのに申し訳ないということらしいが、毎回こうして送ってくるのでそろそろ普通に送ればいいのにと思い始めてきた。
カートを押してスナック菓子コーナーに行く。時間が遅いこともあって、陳列棚から商品の数は減っていたが、さすがに人気商品はまだ置いてあった。
悠馬は最後の頼まれ物をかごに入れてレジに向かい、会計を済ませた。一応、一週間分を買っているから値段はそれなりにする。人間が生きていく大変さを毎回額面で知らされるのも疲れるものである。
レジ袋に商品を詰め、両手で持ち、店から出る。辺りはすっかり暗くなっていて、駅にも仕事帰りのサラリーマンが多く見受けられる。
そのとき、悠馬の肩がトントンと軽く突かれた。
「やっぱり悠馬ね」
振り返るとそこにはミラアがいた。ミラアも悠馬と同様、スーパーのレジ袋を提げている。気づかなかったけれど、同じタイミングで買い物をしていたようだ。
「珍しいな。こんな時間に一人で買い物なんて」
「エンスが研究ばかりしていて、買い物を忘れていたから私が代わりに来たのよ」
「研究か。大変そうだな」
もちろんその研究はミラアについてのことだろう。つい先日、呪いの治療法を知る者がいると判明したのだ。ミラアを呪いから解放するべく頑張ってきたエンスは、今こそが最大の正念場なのだろう。それこそ、ミラアとの生活のことも忘れるくらいに。
そんなことは知る由もないミラアにとっては、エンスは仕方なく映っているのかもしれない。でも好きなお菓子でも買えたのか、心なしか満足そうだ。
「悠馬は結希たちと一緒じゃないのね」
「ああ。今日は苺ちゃんと出かけてたから、そのついでに買い物を頼まれたんだ」
「……そう」
ミラアは急にやるせないような顔になったかと思うと、悠馬の隣に並んだ。
「一緒に帰る」
「まあ、家はほぼ同じ場所だしそうなるだろうな」
部屋が向かい側だから、こういう風に出会うと必然的に一緒に帰ることになる。しかし、妙に悠馬の胸がざわつく感覚があった。
駅がどんどん小さくなっていって、辺りは住宅街になる。先程までの喧騒が嘘かのように静まり返った道を、声を発することなく悠馬とミラアは進んだ。
その時間が少し悠馬には歯痒かった。いつもなら雑談なんて嫌ほどできるのに言葉が出てこない。対するミラアからも言葉は紡がれない。そんなことなかったから違和感が纏わりつく。
この沈黙を過ごしていると、また苺の言葉が頭を巡り始めた。
好きな人は誰なのか。
悠馬は中学時代から真菜のことが恋愛対象として好きだ。それは今も変わっていないと思う。あの時に抱いていた気持ちは今だって残っている。
だけど、ミラアが想う気持ちを持っていたと知ったとき、少しつまらなく思ったのだ。ミラアに想う気持ちを芽生えさせた人に少し嫉妬した。
この感情はやはり真菜に抱いていたものと同じで、現時点でどちらへの想いが強いかと言うと――。
「なあ、ミラア。今度の日曜日って暇か?」
「ええ」
「良かったら水族館に行かないか? 白花とか苺ちゃんも来るし……治親とかも誘おうと思ってるんだ。久しぶりにみんなで遊びたいからさ」
「私も行くわ」
食い気味に言ったミラアが可笑しくて、悠馬は小さく笑った。
何でもないただの帰り道なのに楽しいのは、この気持ちが本当のものだからなのだろうか。そんなことを思っていると、見慣れたマンションの灯りが近づいてきた。