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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第八章 初恋の果実と枯葉
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Chapter 1-(1) 青い視線

 少し涼しくなってきた二学期の中頃。学校は既に放課後となっており、部活に行く生徒や帰宅する生徒など、みんながそれぞれの行動をしている。

 そんな中、悠馬はと言うと、ゲッソリとした表情で座っている治親と話していた。


「悠馬、今日暇? 俺の家に来ない?」

「とても遊べるような体調に見えないが……」

 いつも煩悩に支配されて邪に元気な治親の姿はどこへやら、ここ最近は覇気がなく、少し痩せたようにも見える。

 気温の変化も激しい季節ではあるため、風邪とも考えられるが、毎日学校には来るし、咳や鼻水といった症状も見られないから不思議だ。


「まあ、これには深い訳があるんだよ。それ諸々で、俺の家に来ない?」

「俺は全然良いんだけど、本当に大丈夫か? かなり顔色悪いぞ?」

「ああ、むしろ来てくれ。……あれだ。精神的な病だ」

 自分で言って溜息を吐く治親。これはかなり堪えているようだ。

「何かあったのか?」

「ああ。何か最近、誰かに見られているような気がするんだ」

「……それってストーカーか?」


 治親の外見は童顔で髪の毛も肩くらいまで伸びているため、初見では女の子に間違えられることも少なくない。声は低めだし、制服も男子のものだから、注意すればすぐに分かる間違いではあるが。

 するとストーカーという言葉に治親は瞳を揺らして、悠馬の手を握ってきた。


「怖いこと言うなよ悠馬!」

「ああ、悪い。……でも基本的にその線じゃないか? いつも見られるって……」

「口を慎め! シスコンめ!」

「シスコンじゃねえよ! ただ兄として妹を大事に思っているだけだ!」

「それをシスコンって言うんだよ!」


 急に大声を出して話を脱線させる辺り、かなり深刻な悩みらしい。

 話を戻すと、治親の話を聞く限りでは、ストーカーの可能性は十分にある。もちろん、治親の思い過ごしの可能性だってあるが、本当に後を付けられていたとしたら友人として心配な部分もある。


「そういうことならお邪魔するかな」

「ありがとう悠馬! やっぱり持つべきものは友だ!」

 ここ数日で一番の目の輝きが治親に宿る。今日一日いたところで結果に変化があるとは思えないが、考えようによっては今日一日くらい安心してもらうことが最低限の役割と言えるだろう。


 約束が決まったところで、早速帰る準備を始める。すると悠馬たちの元に目を少し潤ませた祥也がやってきた。

「治親、話は聞いたぜ。大変だな。俺もお供させてくれ……」

「祥也、お前なんていい奴なんだ……! 涙まで流してくれるなんて……! ぜひ来てくれ!」

 そう言って熱い抱擁を交わす二人。周囲の女子がざわついていることは言わないでおく。

 それに悠馬は半目で祥也を見た。祥也という人物がそんな情に脆いわけがない。渾身の泣きの演技の顔にも「面白そう」と書かれているのが悠馬には分かった。祥也も治親を抱きしめる傍ら、にやりと口角を上げている。


 結果的には治親は喜んでいるようだし、それはそれで良いのだろうが、西月祥也という人の心の汚さを今更ながら垣間見た気がした。

「よし! じゃあ俺の家まで出発!」

 二人がついてきてくれることで元気をやや取り戻した治親は高らかに帰宅宣言をした。

 何もなければいいなと心で唱えながら、悠馬は先を行く治親の後を追った。



 ☆



 京安駅から電車に乗ること数十分。治親の出身地である永正という地区にやってきた。街からは少し離れていて、緑に囲まれた自然豊かな地域である。とはいえ、苺が住んでいる橋森のような田舎ではなく、徒歩二十分程度で街が見えてくる人気のエリアでもある。

 治親の家は永正駅から歩いて十五分のところにあった。立派な一軒家で、庭も手入れが行き届いている。芝生や花が見事に永正という街の緑とマッチしていた。


「ただいま〜」

 治親がリビングにいるお母さんに声をかけて二階へと上がっていく。悠馬たちも一声かけて治親についていった。

 治親の部屋はかなり片付いている。もっと変なグッズとかあると思っていたが物は比較的少ない。祥也の未来部屋に慣れているせいもあるかもしれないが。


 ふうと一息ついて治親はベッドに身を投げた。悠馬はそっとその前に座り、祥也は治親の部屋を物色し始める。

「うーん。思ったよりも普通だな」

「祥也は何を期待していたんだよ」

「ほら、あれ系な本とかビデオ持ってそうじゃん」

「それはお父さんに借り……じゃなくて、そんなものあるわけないだろ!」

「十八歳以下は見ちゃダメなんだぞ?」

「知ってるよ! だからこそ見たいんだろ!?」

 と、何やら祥也と治親の論争が始まったが、悠馬は邪なもの以外の面白そうなものを見つけた。それを本棚から引っ張り出す。


 表紙には「治親三歳〜」と書いてある。そして英語でアルバムという文字がプリントされていて、可愛らしいイラストも付いている。

「治親、これ見ていい?」

「お前ら、一応人の家だぞ……? まあいいけど」

 溜息を吐きながらも治親は了承をくれた。

 早速開いてみる。遊園地の乗り物でピースをする治親に、アイスクリームを食べる治親。今とあまり変わらない弾けた写真が次々と出てくる。


 そうしてページを捲っていると、如何わしいグッズ探しを諦めた祥也も悠馬の隣に座ってアルバムを見に来た。

「治親と雖も、子どものときは可愛いもんだな」

「本当だな。何か女の子みたいだ」

 今もそうだが、昔から治親の髪は少し長めで、瞳がパッチリと大きい。今は男であることは簡単に分かるけど、当時は本当に女の子に見える。それもかなりの美少女だ。

「俺、小さい頃は女の子に間違えられるの嫌でさ。丸刈りにしたかったんだけど、親に全力で止められたわ」

「まあ、こんなに可愛かったら止めたくなる気持ちも分かるね」

 きっと悠馬がこの時の治親の親だったら、同じく止めているだろう。丸刈りは丸刈りで似合うかもしれないけど。


 それからもページを捲っては治親の思い出を補足説明してもらい、治親の過去を見ていった。中学生の時の陸上大会で優勝した写真など、最近のものまである辺り、親から愛されているのが分かる。

「で、これが中学三年生のときのプール。マジで何で好きな子ってプールの授業休みがちなんだろうな」

 おそらく、こんな煩悩野郎になるとは思っていなかったのだろう。治親の両親の思いを考えると涙が出そうだった。

 ……だが、好きな子がプールの授業を休みがちというのは、悠馬にも何となく理解できた。

「未来に水着グラビアはやって欲しくない……」

 何だか違うところでダメージを受けている人もいた。



 そうして談笑しているうちに日は沈み、辺りは暗くなっていた。

「そろそろ帰るか」

「ああ。今日は未来が音楽番組に出るからそろそろ帰らなければ」

「祥也は本当に八篠さんで動いているな……」

 悠馬と祥也は立ち上がって通学鞄を手にする。治親の家から悠馬たちの街に行くには電車に乗らなければならないため、気持ち早めに出ないと帰りが結構遅くなってしまうのだ。


「じゃあ俺たちはこれで……」

 と悠馬が言ったところで、治親がガシッと腕を掴んできた。その瞳はやけに潤んでいる。

「二人とも、何で今日俺の家に来たか覚えてるか!?」

「……ああ〜」

「やっぱ忘れてたね!」

 普通に治親の思い出話を聞いていて忘れていたが、今日は治親が最近感じる視線から守るために来たのである。悠馬はそれ自体を疑っているし、祥也は面白がっているだけなのですっかり記憶の中から抜け出ていた。


「いや分かるよ。確かに遠いから帰りは大変だよ。でも晩御飯くらい一緒に食べようみたいな言葉もあってもいいんじゃないかなって」

「普通に晩飯食おうって言えばいいのに……」

「未来のやつは録画してあるけど……」

「よし、じゃあ駅前に飯を食いにいくぞ!」

 帰り道が一人になることを考えていない様子であることは置いといて、とにかく治親は不安なようだ。ここまで食い下がるのも少し珍しい。

 悠馬は一息ついてから、メールで結希に晩御飯がいらないことを伝えた。元々は心配してついてきたのだから、治親が望んでいる以上、付き合うというのが義理というものだ。


 すっかり元気を取り戻した治親についていって家を出る。辺りは鈴虫の鳴き声が聞こえるくらいで、基本的に閑静である。さすがに家を覗かれるようなことはされていないようだ。

 もしかしたら今日は複数人で行動していたから姿を現さないのかもしれない。そうなると同行した意味はあったというものだ。


 何もなかった今日に安心して、悠馬は治親の隣に並んだ。

「それで、どこに食べに行く――」

 と言ったところで、悠馬は言葉を止めた。先頭を歩いていた治親の様子がどうもおかしいからだ。

 悠馬の声も届かず、顔を青くした治親が一点を見つめている。その視線の先には一人の女の子が立っていた。

 年は悠馬たちと同じくらいだろうか。月光のような銀色の長い髪に恵まれた胸元。つぶらな大きい碧眼は街灯に照らされてキラキラ乱反射しているように見える。

 そんな誰もが美少女と認める女性を前に、治親はただ怯えている。


「こ、この感じだ……」

 そう治親が呟いた刹那。女の子は治親の元へ駆け寄り、勢いよく抱きついた。


「会いたかったです、治親様!」



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