prologue ――初恋
彼女は幼い頃から身体が弱かった。そのため病院通いを余儀なくされていて学校には通えない。友達は当然いるはずもなく、ひとりぼっちで白い部屋にいるだけの人生を送っていた。
更に彼女は早くに両親を亡くし、養護施設で育った。施設でも体の弱い彼女は相手にされることはなく、独りぼっちだった。
彼女の人生において登場人物は自分のみ。しかし、主人公のはずなのに物語を歩めない悲しい自分がただ一人いるだけ。
そんな彼女の人生はある日をきっかけに動き出した。
何でもない日曜日。特にすることもない彼女は院内の庭を散歩していた。やはり病院ということもあって庭は手入れが行き届いており、芝生も花も毎日活き活きしている。環境への配慮は凄くされている病院だ。
彼女は庭の中心にあるベンチに腰掛け、ただ空を見上げていた。足のない雲でさえ流れるというのに、自分はずっとここにいるままだと寂しくなる。
波乱万丈の人生を歩んできた彼女だが、今こうして何も起きないことを憂うとは思っていなかった。空っぽというのは荒れもしないけど悲しいものである。
それから何時間か何もせずにベンチに座っていた。外出時間が長すぎるとさすがに先生や看護師に心配されるので部屋に戻ろうと立ち上がったそのとき。突然めまいが生じて足がおぼつかなくなる。ふらふらとよろめいて彼女の身体は傾いてしまった。
危険を感じても反応してくれない身体を嫌い、彼女は目を瞑った。
しかし、自分の身体は何かに支えられて動きは止まった。ゆっくり目を開けると、目の前には可愛らしい顔立ちをした女の子がいる。
「大丈夫?」
しかし、その声は子どもだから高いものの男の子のものだった。彼の腕はしっかりと彼女を支えている。確かに身体の硬さも男の子のものだ。相手が異性だと思うと彼女は急に恥ずかしくなった。
「あ、あの……」
「ケガはない?」
「う、うん……」
「なら良かった!」
彼はそっと彼女の身体を起こして手を握ってくれた。おそらくまだ足が地についていないのを見ていてくれたのだろう。見た目は彼女と同じくらいの子どもなのに随分と紳士的な子である。
まだ彼女が一人で歩けるほど落ち着いていないことを確認すると、彼は一緒にベンチに座って話をしてくれた。彼はこの辺りに住んでいて、今は小学校に通っている。病院にいるのは怪我をしたおじいちゃんのお見舞いに来たからだそうだ。
だが、病院という場所は子どもにとっては想像以上に退屈な場所らしく、院内を散歩していたところ、この庭に出てきたという。
彼のおじいちゃんの怪我は大きなものではなく、数日もすれば退院するらしい。それに彼はホッとしていた。
しかし、彼女は少しつまらないと思ってしまった。初めてこうして年の近い子と話ができたというのに、おじいさんの怪我が軽いと彼は病院に用はなくなってしまう。自分の欲のためだけに人の不幸を願うだなんて醜いことだとまた自分を嫌いになる。
「……」
そんな彼女を黙って見ていた彼はベンチから立ち上がり、近くに生えていた花を一つ手にした。そして白色の名前も分からない花を軽く編んで、彼女の長くなった前髪を集めてそっと飾ってくれた。
「うん、やっぱりこの方がいいね!」
彼はそう言って満足そうに笑う。
「せっかく可愛いんだから、暗い顔してたらもったいないよ」
驚いて彼女は何も言えなくなる。ただ急に明るく見える世界をくれた彼に彼女は吸い込まれていた。
「僕、大きな病気って経験したことないから今から言うことは適当なことかもしれないけど……きっと治るよ。そしたら、また一緒にお話をしよう」
その愛くるしい笑顔は、人の優しさというものを忘れてしまっていた彼女にとって、太陽よりも眩しいものだった。込み上げてくるのは涙なのか、それとも違う何かなのか。どちらにせよ、今までに感じたことのない温かいものである。
「じゃあ、僕はそろそろ行くね。またね。えっと――」
「……ルヴィーネ」
「あれ、外国の人だったんだ。じゃあね、ルヴィーネ」
「……うん。……えっと」
「あ、そうだよね。僕の名前は――」
突如吹いた風に小さくなった彼の声。でも彼女――ルヴィーネには確かに届いた。優しさをくれた彼の名前をルヴィーネはきっと忘れないだろう。
――そしてその名は、ルヴィーネが十七歳になった今も、胸にしっかりと刻んである。
いつも十二ヶ月の姫君様を読んでくださり、ありがとうございます。
今回の話で、第100話となりました!
十二姫(交流していただいているユーザーさんにつけていただいた略称です)は、高校生活、大学受験、大学生活、そして今や就活と、私の人生の様々な変化の中において連載していた作品ですので、連載が滞った時期もありました。
それでも続けられているのは、読んでくださっている皆さまのおかげです。
本当にありがとうございます!
十二姫も残すところ、あと二章となっています。
最後まで全力で頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。