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十二ヶ月の姫君様  作者: 桜二冬寿
第一章 春に来る姫君
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Chapter 2-(5) 遠足の終わりとメール

 自由行動の時間を終えた悠馬たちは、集合場所である体験工房前にやってきた。既に何人かの生徒と教師は到着していて、ちょうど今から整列しようというところだ。

「ところでミラア。アイスクリームって何か分かるか?」

「馬鹿にしないで欲しいわ。あの冷たいクリーミーなお菓子の事でしょ?」

「おお、さすがに分かるんだな」

 これからあるアイスクリーム作りが遠足での最後のイベントとなる。だんだん暖かくなるこの季節にアイスは贅沢である。快晴で気温も高いので、自然と体が冷たいものを要求している。

 最後の生徒たちが到着すると、榊先生がC組の席順を伝え、工房へと入っていった。生徒たちも位置を確認し、それに続く。

 席順といっても班ごとに分かれているので、一緒に自由行動した悠馬たち四人と、加えて祥也と野田さんがアイスクリームを共に作る人になる。


 この体験では様々な味のアイスクリームを作ることが出来る。バニラやチョコといった王道なものから苺やバナナといったものもある。

「ミラアはどれにするんだ?」

「私は純粋にバニラね」

「苺とかだと思ったのにな……俺はチョコにしよう」

 フレーバーを選んで、アイスクリーム作りがスタートした。

 最初の工程は卵を割ることだ。普通に一個の卵を割ってボールに入れれば良いだけ。悠馬は普通に軽く机で卵にひびを入れ、開くような形でボールに卵を入れた。真菜と治親もそれと同じようにボールに卵を入れる。


 しかし、ここでいきなりミラアがやらかしてしまった。

 説明のおばあさんは「卵を割ってください」と言った。それをとても真面目に実行した結果、卵を思い切りボールに向かって投げつけた。卵はグシャッという嫌な音を発して、白身がゆっくりと垂れてきた。

「ミラア! 何やってるんだ!」

「卵を割れって……」

「意味くらい分かるだろう!」

「割ったわ。宮葉家長男」

「間違ってないけど間違ってるよ!」

 どうやらミラアに、ボールに卵の中身を入れるという行動は存在しないらしい。とりあえず殻をボールの中から取り出し、ゴミ袋の中に入れておいた。そして自分のボールにも卵を割って入れる。

「そ、そんな方法があったのね……」

「戦慄した表情で言うんじゃない」

 もちろん真菜や治親は普通に卵を割っている。祥也と野田さんは卵を二人で持って開いている。それもまた二回目に突入するのだから面倒くさいものだ。


 次に牛乳と生クリームをその中に入れる。これは親切にも計ってある状態で、入れれば良いだけ。そしてよくかき混ぜる。またゆっくりと祥也と野田さんが二人で握って回し始めたので、軽く飛び散った液体を投げつけておいた。


 すぐに液体は混ざり、おいしそうなクリーム色に変化した。そこに入れたい味のフレーバーを加えて、さらに冷え切ったアイスクリームメーカーで固めれば完成。ちなみに手動である。

 そこにおばあさんから手渡されたパウダーを入れ、再び混ぜ、また滑らかなクリーム色に戻す。

「では、今から配るメーカーに流し込んで、最初は頑張って速めに。固まってきたらゆっくりで構いませんよ」

 他のスタッフが各生徒にメーカーを渡し、準備を始める。内側を触れば低温火傷するらしい。

 蓋を閉じればいざスピン。祥也と野田さんがゆっくり手を握り合って回しているが、もう一つの方がダメになるのでよしとする。

 ミラアも無表情ではあるが、手だけは無邪気に勢いよく回している。普通に楽しそうだ。


 結局、この遠足での《十二ヶ月の呪い》心配は御無用だった。ミラア自身が楽しんでいるということもあるが、真菜や治親といったあたりが優しく接してくれたのもある。

「しっかし……まだ信じ難いよな~……」

 精神不安定が一年続くと死んでしまう謎の呪い、《十二ヶ月の呪い》。もちろん地球にこんな病気は存在しない。そもそも呪いというもの自体存在しないものだ。それをあっさりと受け入れてしまっている自分もいるのは事実だが、完全に受け入れているわけでもない。

 だが、そんなものが真実であれ嘘であれ、ミラアと仲良くすることに理由など必要はない。普通の友達として、気軽に接すればよい。そう思えば、考えながら接していたことも馬鹿馬鹿しくなってきた。

「普通になればいいんだよな」

「悠馬。アイスクリームは普通になってないぞ?」

 手元にあるメーカーを回しながら治親が悠馬のメーカーの中を覗き込みながら言った。悠馬は手元に視線を落とし、メーカーの中を覗きこんだ。その中には平らなままのチョコ色をしたアイスが冷えて固まっていた。

 アイスクリームメーカーには二つほど高さ違いに羽が付いており、それに付いて固まっていくことで、完成時に羽を抜くことが出来、アイスクリームが出来上がる。

 しかし、悠馬のアイスクリームは羽に付かず固まっているので、実質普通のカップに入れて食べることが不可能ということになる。

 ――軽く精神不安定だ。


 ☆


「はいはーい。順番に乗ってね~!」

 アイスクリームメーカーをお皿として食べるという虚しいお菓子タイムを終えた後は、すぐに帰宅となる。バスは軽く冷房が効いていて、ほどよく涼しかった。

 ぞろぞろとバスに乗り込み、来た時と同じ席に座る。鞄もそれなりに大きいのでかなり窮屈だ。

「誰か乗り遅れてませんかぁ~?」

 榊先生がひょこっと顔を覗かせながら生徒に確認をする。祥也と野田さんが来ていないが、置いて帰っても良い気がしてきた。

「お手をどうぞ、野田さん」

「ありがと、祥也君」

 結局間に合ってしまったが、乗車にもいちいち時間のかかる二人だ。


 全員が乗車したところで、先行するA組のバスが発車した。次第にC組のバスも出発する。

「いや~、楽しかったですな~。親睦深めには最適だね!」

 行きと同様、隣に座る治親が満足げに言った。屈託のない笑顔を浮かべている辺り、心からの感想のようだ。

 悠馬もとても満足していた。ミラアのメンタル面も問題なく、むしろ良い方向へと進み、リレーなどを通じてクラスの生徒たちと話す機会も出来た。そして何より、真菜との思い出もできた。天国かと思ってしまうくらい、夢のような一時だった。

「そしてバスの席で後ろを見れば美少女二人が寝ているし!」

 そのミラアと真菜は疲れてしまったのか、ぐっすりと眠っている。時々、スゥという可愛らしい寝息も聞こえた。

 それを見て、悠馬は安堵した。やっぱり普通の女の子だ。そう心の中で思いながら。


「ん~、僕も眠いし寝よっかな~」

 軽く伸びて欠伸をする治親。出発してから三十分ほどは経つが、まだまだ悠馬たちの住む京安市までは遠い。寝る時間は十分にある。

「こんなときのためにマイ枕持ってきたし」

「準備いいな」

 最初からバスの中で寝る、あるいは自由時間で昼寝をするために持ってきたような準備力を発揮して、すぐに夢の世界へと行ってしまった。


 周りのほとんどの生徒が眠りにつく中、あまり眠たくない悠馬は外を眺めていた。オレンジ色の夕日があたりを美しく染め上げている。

 そんな田舎の絶景に見とれていると、ブレザーのポケットが細かく振動した。携帯電話が震えていて、『メール受信』とお知らせに出ていた。

 受信ボックスを開くと、見たことのないアドレスから悠馬に送られている。しかし、アドレスから差出人が誰かはすぐに推測できた。

「Ensu.forever.cutegirl@decomo.ne.jpって……。エンスさんかな? エンスは永遠に可愛い少女って痛すぎるだろ……」

 だが、そんな呆れもメール内容によって打ち壊されてしまった。


『遠足は楽しかったかい? 君が楽しめたなら何よりだ。結希ちゃんから勝手にメールアドレスを聴かせてもらった。申し訳ない。といっても、君に伝えたい大切な用件があるんだ。疲れているとは思うが、帰ってきたらミラアと一緒に私の家に来て欲しい。結希ちゃんに了解はとってある。出来れば強制したいことだ』


 絵文字も顔文字もない堅苦しい文面。とても冗談で言っているようなものではなかった。

 夕日は山に隠れ、月が不気味に姿を現した。世の中は暗い夜である。



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