Chapter 1-(1) 新しいの春
桜舞う校門――それだけで青春を感じられる。
今日は春雨高等学校の入学式。この高校がある京安市でも最も難関とされるこの高校に、宮葉悠馬は入学することになっていた。元々勉強は出来るわけでもなければ出来ないわけでもない、ザ・平均だったのだが、それはもう必死に勉強してこの高校に滑り込んだのだった。別にとても勉強して良い大学に行きたいわけでもなかったが。
薄ピンクで染まってしまいそうな校門を通り抜け、彼は上級生の説明に従って名札を貰いに行った。
体育館の前で名札は渡されていたが、その行列は凄まじいもので、すぐには順番が回ってこなさそうだった。しかし、だからと言って空くのを待っているわけにもいかないので、悠馬はしぶしぶ最後尾に並んだ。
「お? 悠馬じゃねぇか」
列の一番後ろに並んだ矢先、聞き覚えのある声が悠馬の鼓膜を震わせた。
「あ、祥也」
「うんうん。察するに、この行列に驚いたんだな。無論、俺もそうだ」
「まぁ、間違ってはないな」
声をかけてきたのは西月祥也。中学校にいた頃のクラスメイトであり、そこそこ話したことのある仲の良い友人だった。
この状況は悠馬にとってありがたかった。知らない人ばかりの中でずっと並んでいるのは、寂しい上に少し不安になる。それに会話も弾めばすぐに順番は回ってくる。
「そういえば、悠馬は何で春雨受けたの?」
「……いや、あの、だな」
「おっと! 俺はもうお見通しだぞ?」
「じゃあ何で聞くんだよ!」
「美少女が多いと有名だからだろう!」
「違うし!」
「がんばって彼女作るぞ~!」
「…………」
それに悠馬は上手く答えることが出来なかった。春雨高校にがんばって来た理由も、祥也が彼女を作ると宣言したことにも。
特に祥也の発言にはコメントし辛かった。普通なら「俺も作るぞ~!」とか言ってお互いに張り切れば良いのだが、彼の場合は別だ。祥也は――ただの女たらしだ。
背はスラッと高く、おまけに顔立ちが整っているという、「神様は不平等」の象徴とも言えるその外見。それ故に彼はもの凄く女子にモテた。彼もまた、女子は好きだという。
何がそんなに返答し辛いのか。別に羨ましいとかではない。彼は――付き合っている女子が複数いる。一時は祥也ハーレムで一世を風味したくらいだ。
ということは、その祥也と付き合っている女子たちにもそのことは耳に入る。案の定、彼女たちはその事実は知っていて、悠馬は一度、聞いてみたことがあった。「あいつ他にも女いるのに嫌じゃないの?」と。返答は「少しでも私を愛してくれるから嬉しい!」だった。軽く死にたくなった悠馬の中学時代の思い出の一つである。
そんなことがあったから素直に答えられない。むしろ、今この場でボコボコにしてやりたい勢いだった。
「で、美少女目当てじゃなかったら何で来たんだ?」
「……ほら! 公立ってお金安いじゃん!」
「……ふぅん」
全く信じていない返事だったが、とりあえずそれはそれでよしとする。
「ほら! 順番回って来てるぞ!」
「おお、本当だ!」
悠馬たちは名札を受け取り、自分たちの教室へと向かっていった。
☆
教室には三分の二くらいの新入生が着席していた。さすが難関高というだけあってみんな静かだ。悠馬が通っていた中学校の入学式とは大違いである。
というのも、悠馬が通っている中学校は不良が多いことで有名で、学校名を言っただけで謝られるくらいなのだ。もちろん、大人しく誠実な子もそれなりにいるのだが。
別に中学校時代に不良をしていたわけでもない。かといって勉強していたわけでもない悠馬にとっては居心地が良いような悪いような、複雑な環境だった。
自分の席に着席した悠馬は、入り口で貰った入学案内に目を通した。内容としては春雨高校の過去の実績から歴史、校長からのメッセージ、学校の構造や入学式のプログラムなど、新入生には欠かせない内容ばかりだった。実績に関しては恐ろしいから触れないでおく。
春雨高校は今年で創立九十八年と書いてある。ということは悠馬たちが三年生になったとき、丁度百周年を迎えるのだ。
春雨高校の構造はなかなかに複雑だった。中学校とは教室の数が明らかに違ってくるのもある。しばらくは迷路となることは間違いない。
と、そんな内容の入学案内の冊子を読んでいると、いつの間にかクラスの生徒は全員教室に入っていて、席は全て埋め尽くされていた。みんなキリッとした凛々しい表情である。
そこで、担任の先生と思われる人が教室に入って来た。
「みなさん、おはようございます。そしてご入学おめでとうございます。この1-C組の担任を受け持つことになりました、榊千夏と申します。担当教科は英語です。一年間よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる榊先生。優しそうな雰囲気に悠馬は少し安堵した。いきなり怖い先生だったら腹痛と戦うことになりかねない。
それからは入学式の説明をされ、いよいよ式の時間となった。
☆
吹奏楽部の綺麗な音色に合わせて入場していく。とても明るい体育館には親や来賓の方で後ろの方は埋め尽くされたいた。前の方は新入生用にポッカリと空いている。
榊先生の説明で言われた場所に腰を下ろし、ステージに目を向ける。赤いカーテンで縁取られたステージの真ん中には机が置いてあり、花も綺麗に飾ってある。そしてその机の真ん中には春雨の校章。いかにも入学式という感じだ。
教頭先生が会場にいる人全員を起立させ、ステージに向かって一礼する。
「続いて、校長先生のお話です」
そして、こういった集会で最も面倒くさい話が始まる。
「みなさん、ご入学おめでとうございます。ようこそ、春雨高校へ。校長の大槻です。この春雨高校は創立九十八年を迎え、お陰様で市内有数の進学校へと成長しました。しかし、勉強だけが高校生活ではないと私は思います。部活動は非常に栄えており、たくさんの生徒が大きな大会へと歩を進めています。また、授業数は中学校の時と変わりません。少しペースは速くなることになりますが、楽しい学園生活がここにはあることを、誇りを持って言えます。新入生のみなさん。この春雨高校で楽しく過ごしてくれれば、私たちはとても嬉しく思います」
と、意外にも短い挨拶で終わってしまった。これだけで既に春雨高校に好感を持つ悠馬だった。こんなに話の短い校長を今までに見たことがなかったのだ。
それからは在校生の言葉や一年生に関わる先生の紹介などがされ、あっさりと入学式は終わってしまった。
☆
入学式後、教室で少し話が行われ、自由解散となった。悠馬はこの後、三人の兄弟と校門で待ち合わせしていた。親が来ないのはちょっとした理由がある。
彼の家族は少し訳ありだった。
一年前。煙草からお酒、ギャンブルや家庭内暴力といった父親の行為から母が不倫してしまった。無理もないほど酷いものだったが、当時の悠馬に止める力などあるはずもなかった。今もないかもしれないが。
それに、何よりも痛かったのが父の借金とリストラだ。五百万円ほどあるらしく、まだ返したのはやっと半分くらいだという。借金取りが家にやってくるのは日常茶飯事だ。
それから反省してか、今は心を入れ替えて仕事を探している。お酒や煙草、ギャンブルもやめている。しかし、このご時世、なかなか雇ってくれるところがなく、こうして悠馬が高校に入学した今も仕事を探している。
兄弟は始業式もまだのようだったので、入学式に来てくれている。初日くらいは一緒に帰ろうということで、事前に校門前で待ち合わせしていた。
悠馬はクラスが同じだった祥也と教室を出て、校門へと向かっていった。綺麗に清掃された廊下は自分の足が映るほどだ。
「あ、悠馬。入学式中にお前が春雨に来た理由考えてたんだけどさー」
「話聞けよ」
「いや、このクラスでピーン! と来たぜ」
悠馬は興味を全く示さず、家から持ってきたお茶を口に含む。
「白花だろ?」
「ぶふぅっ!」
そのお茶を思い切り噴き出す。つまり図星だった。周りの視線が悠馬に突き刺さる。
教室にあったボロ雑巾で噴き出したお茶を拭く。悠馬と祥也以外の生徒はおそらく全員下校しているだろう。
「で、白花だけどさ」
「それもういいだろ!」
そう、祥也の言っていることは紛れもない真実だった。もちろん家族の事情上、公立高校に入ったのも事実だが、白花真菜が入学することも大きく意味していた。ハッキリと言ってしまえば、悠馬が好意を寄せている女の子なのだ。
「うんうん、俺も白花は良いと思うぞ。あんなピュアで優しい女の子は現代には珍しい」
彼の言うとおり、中学時代から真菜はとても優しい女の子だった。困っている人がいたらとことん助けるお人好し。
悠馬もその行為に甘えた人の一人である。不良の多かった中学校で、自分がずっと大切にしていたキーホルダーを窓から森の方へ投げられてしまったことがあった。理由は特になく、単に絡んできただけだった。
たかがキーホルダーと誰もが思うかもしれないが、悠馬にとっては命と同じくらいに大切なものだった。彼は森の中で遅くまで探していた。祥也も手伝ってはくれたが、用事もあって途中で帰ってしまった。結局その時、見つかることはなかった。
しかし、翌日にあっけなく見つかることとなる。それは、一人の少女から手渡された。それが真菜だった。噂によると、窓に投げられるのを見ていた真菜は、悠馬の手を付けていないところまで探してくれていたとか。
それから、悠馬は真菜に恋心を抱き、今に至る。
「性格もよし、ルックスもよし、成績もよし、完璧だよな。声掛けてみようかな」
「やめてくださいお願いします」
無意識に頭を下げる悠馬。「冗談だって」と笑いながら祥也は否定した。
結局HRから校門につくまで三〇分ほどかかってしまった。ほとんど人の姿は見受けられないが、校門に二人の少女と榊先生が立っていた。
「あ、悠馬お兄ちゃんと祥也君だ」
そう言って壁にもたれていた体を起こすツインテールの黒髪の少女。小学五年生になる悠馬の妹の結希だ。
そしてその隣に榊先生に遊んでもらっている小さい女の子が羽花。保育園に通っているので本当に小さい。
「悪い、またせたな」
「いいって。あ、拓斗お兄ちゃんは友達と遊びに行ったよ。というかここに来ることさえしなかったけど」
そしてここにはいない宮葉家の次男、中学二年生の拓斗。世間一般に言う、不良だ。帰りは遅いし、よく問題を起こす。それも暴力にほとんど関連している。もう警察なんて行き慣れてしまった宮葉家一家である。
「それよりお兄ちゃん! 写真写真!」
と、嬉しそうにカメラを差し出す羽花。チラッと榊先生の方を見ると、ニコッと微笑んでカメラを受け取ってくれた。
「じゃあ撮りますよ~!」
羽花を一番に立たせ、後ろに結希と悠馬が羽花と手を繋いで立つ。そこでニコッと微笑んで、
「はい、チーズ!」
フラッシュがたかれた。デジタルカメラに写った悠馬たちはとても良い笑顔をしていた。
「ありがとうございました、榊先生」
「いいですよ。今度からは気をつけてあげてくださいね」
そう言って榊先生は職員室へと戻っていった。
それから結希と羽花と一緒に家へと帰っていく。とても暖かい春の日差しが悠馬たちを照りつける。
とても明るく、涼しいけど暖かい気持ちの良い気温が、これからの悠馬たちを占っているようにさえ思えた。これから新たなスタート。胸が高まり、嫌でも笑顔が抑えきれなかった。
――そう、この時はまだ。
初めましてorこんにちは、桜二冬寿です。
このたびは『十二ヶ月の姫君様』を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は初ジャンルの恋愛に挑戦しました。拙い部分も多々ありますが、楽しく、がんばっていきたいと思うのでよろしくお願いします!