虚無と刃の出会い
奇が訪れる坂と書いて“きっとうざか”と読む。
正直無理矢理な読み方だと思う。
自分もこの名字の漢字を読める歳になったときにそう思った。
まぁどうでもいい
そして名前、巛の里と書いて“せんり”と読む。
正直に言おう、“巛”なんて漢字学校では習わなかった。
何故ボクの名前にこの漢字が入っているのかも、親がどういう思いでこの漢字をつけたのかもボクがこの名前である意味も、“巛”がどういう意味かも17歳になった今でも知らない。
知りたいとも思わない。
まぁどうでもいい
この世の中どうでも良くないことなどほんのわずかなのだ。
それなのにみんな一生懸命だ。
わからない。
わからなくて良い。
わかる必要もない。
なのに一生懸命だ。
例えば道の真ん中に一万円札が落ちているとする。
そしてそこに子供が数人現れる。
彼らは仲良く遊んでたのにも関わらずこれは自分のだと各々が主張しあいそこにいる誰のものでもないのに争い仲違いする。
どうでも良い一枚の紙切れだけで人間関係に傷がつくのだ。
どうでも良いことで大切なものを失うのだ。
例では子供同士だから修復も可能だろう。
しかしお金が札束であったら?子供が大人であったら?お金が札束の海であったら?子供が世界であったら?
色々なものを失うかもしれない。
子供より知能が高いので失わないかもしれない。
もしかしたら前提が間違っているのかもしれない。
一万円札がどうでも良くないことなのかもしれない。
一人で考えたところで答えは出ないしボクは出したくもない、いや、出さなくて良いし出す必要もない。
まぁどうでもいい
「おい、そこの少年。財布を落としたぞ」
ふと声をかけられ思考を停止…させなくて良いしする必要もないか
財布が入ってたと思われるジーパンの尻ポケに手を突っ込み財布が無いことに気づいた、という事にした。
実際どこに財布を入れていたかも忘れたし思い出したくもない、いや、思い出す必要がない。
その行為は少なくともボクにはメリットもデメリットもないのだから
ボクは振り返りボクの財布であろうものを受け取ろうと手を伸ばす。
直接的にはどうでも良いことなのだが財布がないと金がない。
金がなければ食料も寝床も手に入らない、結果間接的にだがこの行為は一応意味のある行為。
どうでも良くないことなのかも知れない。
的なことを昔、誰かが言っていた気がするので一応その素振りをしてみた。
特に意味はなく気紛れだ。
ボクは財布を掴もうとしたのだがその為に伸ばされたボクの右手は空を切り財布を掴むことなく無様に虚しくも哀れに空中に投げ出された。
意味がわからない
何故空を切った?
何故財布を掴むことが出来なかった?
何故この目の前にいる女又は少女はボクを拒む?
何故そんなにも楽しそうに笑みを浮かべるのだ?
何故そんなにも冷たい目を出来る?
何故
何故何故
何故何故何故
何故何故何故何故
何故何故何故何故何故
何故何故何故何故
何故何故何故
何故何故
何故
何故だ。
わからない
わからなくていい
わかる必要もない
まぁどうでもいい
「少年、感謝の言葉はないのか」
言葉?
そんなものは傷つけるか傷つけられるかだけのものだ。
ボクには必要がない。
ボクは言の葉ではなく言の刃だと認識している。
というかこれは何かの受け入れだ。
確か歌か物語か何かの受け入れだ。
まぁどうでもいい
「ほら、どうした少年、早く、は・や・く、感謝の言葉を聞かせてくれ。ほら、は・や・く、早く」
ホントどうでもいい
ボクは軍人もビックリな回れ右を女又は少女に披露するとその場を去ろうとした。
去る必要もないが止まる必要もない。
ボクはこの薄気味悪い女又は少女から一刻も早く離れたかったのだ。
これは必要不可欠のことでありどうでも良くないことの一つだ。
そうボクの脊髄がボクに命令した。
脳ではない脊髄だ。
脳が命令をせず脊髄が命令する場合はボクが知る限りでは一つ。
反射だ。
要するにボクの感覚やら筋肉の器官が一斉に反応しさらにはボクの第六感までもがこの女又は少女から離れろと運動一つもせずここ数年ろくに走っていない歩く以外に役にたちそうにもないボクの足に動けと運動意欲を脊髄が脳へとかきたてたのだ。
この説明が伝わるかどうかも知らないがそもそも伝わる意味もないし伝わる必要もない。
何故ならボクの、ボクだけの思考なのだから。
「待ちなさい少年」
その鋭い、冷たい、抉られるような声にボクはその動きを止めた。
いや、止められた。
ボクの“逃げたい”という意思に対して女又は少女の“逃がさない”という意思でボクの脊髄と小脳、大脳、第六感を上塗りし上書きしていく。
まるでボクがボクでなくなり洗脳されるかのようだった。
ボクはそういった洗脳といったオカルトは別に信じてはいない。
信じる必用がないからだ。
信じない必要もないのだが基本的に考えたくないので証拠が出てくるまで信じない派でいることを中学生の時に決めた。
故にこれは洗脳ではなくただただボクが後ろに立っているであろう女又は少女に恐怖しているだけである。
何故なのかはわからない人間の言葉、いや、論理では説明することが出来ない。
できたところでどうだと言うこともないのだが
まぁどうでもいい
いや、良くない
この状況下では良くない
非常に良くない
全くもって良くない
どうする?
どうすればこの女又は少女から離れられる?
「それはね、少年。私に早く、は・や・く、感謝すれば良いのよ、ほら、は・や・く、早く」
心、を…………読まれ…た……?
「どうもありがとうございました」
ボクはしばらく出していなかった声を出し持てる全力を尽くし棒読みで感謝を述べ財布をひったくり―ひったくる必用はなかったのだが…なんとなく――声が裏返ったとか、しばらく出していなかったから掠れていたとか―――色々考えその場から逃走した。
それにしても…心を読まれた?このボクが?親に感情のない子と言われ祖父に何を考えているのかわからないと言われ祖母に薄気味悪いと親戚一同と友達にポーカーフェイスと太鼓判の押されたボクが…?
いや、ボクに友達はいないか…
それに祖母は父親の方も母親の方も会ったことがない。
と、まぁポーカーフェイスのボクの思考を、しかも思考の詳しい内容まで当ててみせた女又は少女は何者なのだ?
まさかテレパシーだとか異世界人だとか宇宙人だとか異能だとか超能力だとかそう言ったオカルト系の関係者だとでも言うのか?
いやいや、絶対的な証拠がないしそもそもそういった概念に収まるものなのかもわからない、もしかしたらボクが知らないだけで一般人ならば誰にでも使えたりするのか?それとも…
まぁどうでもいい
早足だった足をだんだんとゆっくりしていききれかかった息を整えた。
ホント、不思議な女又は少女だった。
ぐにゅ
「ホント、イヤな一日だ」
か細い掠れた消えそうな声で呟き靴の裏についたガムを段差のあるコンクリートの角に擦り(すり)付け擦り(なすり)付けた。
そして顔をあげ、人生で二回目の“本気で嫌そうな顔”を披露した。
「本当に嫌そうな顔をするのね、少年」
因みに一回目はバスに乗っていたとき隣に座っていたおじさまが口からゲロッピーを吐き出しそれが跳ねてボクの服についたときで二回目はそう、せっかく逃げた女又は少女が再びしかも逃げてから数分もたっていないのにボクの目の前に現れしかもまた心を読まれたときだ、というより今その状況に至っている。
もう一度言おう
ホント、イヤな一日だ
「それで少年、君は不思議に思わないのか?何故心が読まれたのか疑問を持たないのか…?持つだろ?いや、きっと持っている、持っているわよね?」
その腰まで伸びている漆黒のサラサラと流れる髪を玩んだ。
ボクはその別段特別でもない当たり前の行為に目を奪われた。
これは洗脳なのか?
いや、違う魅力…とは違う。
この女又は少女が人々を惹く何かをもっているからなのか
わからない
わからなくて良い
わかる必要もない
いや、ボクにはわからないだけなのか
わからない。
結局は
まぁどうでもいい
ボクは女又は少女に対してまた回れ右をした。
早く家に帰りたかった。
まぁどこかのビジネスホテルなのだがな
「ふむ、やはり一筋縄ではいかないか……さすが奇訪坂の者だ…だろ?巛里君」
ピクリとボクの眉が反応したのがわかつた。
何故奇訪坂の、ボクの名を知っている
やはりこの女又は少女はただ者ではないのか?
読心でも使えるのであろうか
いやしかし…
まぁどうでもいい
「ふむ、興味はひけなかったか…あっそうそう私の名をまだ名乗っていなかったな」
女又は少女はいつの間にかボクの目の前にいた。
少しでも動いたら鼻と鼻が触れ合いそうだ。
テレポート…したのか?
いや、ボクが思考に浸っている時にでも移動したのであろう。
女又は少女は後ろに飛ぶと一回転しボクに向かって微笑んだ。
何故か背筋が凍った。
「私は異ノ刃乃霧民って言うの。異なる刃にノと乃で“ことのはの”こっちが名字ね、そして霧の民と書いて“きりたみ”って読むの。何か名前ぽくないわよね…ホントに、ホ・ン・ト・に」
正直に言ってしまうと言刃で言われてもわからない。
わかったのはこの目の前にいる女又は少女、異ノ刃乃霧民の親が酷いネーミングセンスをもっているということだけだ。
まぁボクの親にも同じことが言えるのだか
まぁどうでもいい
それよりもこの状況をどうにかすることを考えよう。
いや、考えたところで一部を除けばごく一般的な高校生のボクがこの異ノ刃乃霧民から離れる策を思い付くわけがない。
思考の停止だ。
考えるのをやめただけである。
そして一部でも普通じゃないところがあれば除いたところで普通ではないと自分で言っときながら思う。
そもそも…いや、現実逃避は良くない。
まっすぐと現実を受け入れ、この最悪の一日が去るのをじっと雨のなか凍えている捨て犬の如く震えながら気長に待つことにしよう
「ところで、奇訪坂君、あなた異能だとか超能力に興味、ない?あるわよね?あ・る・わ・よ・ね?、ね?」
前言を撤回する。
前言撤回だ。
今すぐこの場を去りたい。
そう、例えるのなら一発芸人として売れたが何故か二三ヶ月でその姿を見なくなるぐらい颯爽と去りたい。
異能?超能力?
やめてくれ、今でもいっぱいいっぱいだ。
主に貴様のせいでな!
声には出さなかった。
これが大人の対応である。
さすがボク。
まぁどうでもいい
「奇訪坂君あなた、私の声に恐怖しているわよね?、きっとそう」
ピクリとまたボクの眉が反応した。
「それはね、私が私の言葉に恐怖を塗り込んであるからよ。これは私だけの異能ではないし私は異能とは思わない。結果的に異能になっただけで本質は違うのよ」
いらない、そのような情報も推測も全ていらないしなくて良いし必要ない。
第一にボクは何も聞いていない、勝手に話を進めるな。
しかしこの場から去ることは依然許されない。
「卵が先か鶏が先かと言う話を知っているわよね?あれは卵があったから鶏が産まれたのかはたまた鶏がいたから卵が産まれたのかという話だと私は思うの。ようは見方の問題なのよ。私は恐怖を塗り込めると思い込んだから結果的にそれが異能っぽくなっただけでけして異能があったから恐怖を塗り込ませられたなんて思っていないわ。要は思い込み一つで異能が手にはいるのよ。そりゃぁ火を起こすだとか剣を生成するだとかそんなアニメみたいなことは出来ないけれど…いや、もしかすると私が思い込めないだけで実際は出来るのかも」
異ノ刃乃霧民はまたボクに接近し水分量が人より多そうな桜色の少し卑猥とも感じられる唇に人差し指をあてた。
再びボクから距離をとると後ろで右腕の手首を左手で掴んだ
「でも思い込むのは難しいわ。途中で本当に出来るのか?という疑いや不安、自分は何をやっているんだ?という恥ずかしさや呆れ、まぁ色々な感情が思い込みを邪魔するのよ。じゃぁ何故私がこの異能を使えるかというとある感情が強いからよ。強い感情と言っても並みのものではないわ。一般人には理解できない…そうね、今流行りの“ヤンデレ”なんかも強すぎる感情の現れよね。例えば独占の感情、深すぎる愛の感情、嫉妬の感情。それが他の感情を押し殺しその方向の感情に似合った思い込みなら出来るようになるわ。それでもそれを、思い込み、異能とわかる人は少ないわ。たまに幽霊が見える人がいるけどあれは思い込みの一つよ見えると思い込むから見えるの。でもやっぱりそれにも強い感情が必要なの。その感情は小さいときのトラウマだとか異常なまでの好奇心によるものなの。要は強い影響を受けてそれにより強い感情が生まれるの、それは傷であったり喜びであったり憎しみであったり人それぞれね。私もこのタイプの思い込みね。それでもう1つ思い込める方法があるの…それはね、あなたよ、奇訪坂君」
異ノ刃乃霧民はボクの横をスッと通り抜けると後ろからボクの肩を抱いた。
「もう、わかるでしょ?わかるわよね、わ・か・る・わ・よ・ね?、ね?」
そのささやくような儚い声とともに香るほのかに刺激的で甘ったるい匂い、ボクはそんな中この女又は少女が言いたいことを理解した。
要は
「あなたも思い込めるのよ奇訪坂君」
と言うことだ。
だからなんだというものだ。
誤解がないように言っておくがボクはこれまでに一回も大きな影響を受けてもいないし感情が強い訳でもない。
ボクは仕方がなく重く閉ざされた口を開いた。
「だから、何だ」
「何?ですって?わかりきっているのに酷い人。私に言わせるの?」
「……。」
「わかったわ、言ってあげる。何故このことを話したのか。それはね、知りたいからだよもう1つの思い込める方法が本当かどうかを確かめたいのよ。私の強い感情は好奇心ではないけれどこうやって行動を起こすぐらいの意味はあるのよ。ね、ほら、思い込んでみてよ。いえ、思い込むのよ」
“思い込むのよ”と言う言葉にまた脊髄と小脳、大脳、第六感を上塗りされ上書きされていくような、洗脳に近い何かを…思い込み、異能をボクはうけた。
思い込みと言っていたから逃れる方法はいくらでもあるのだろうが感情の恐怖に思考出来ないでいた。
そしてボクは思い込みが存在すると、異ノ刃乃霧民の言うことは本当だと、何気なく“思い込んでしまった”
「ほら、見えるでしょう?色々なものが」
ボクの目の前には沢山の何かが蠢いていた。
三本足の猫だとか落武者だとか羽がないペンギンやビルの高さをこえる巨人、見たこともない生物が地を踏みしめ空に浮かんでいた。
異ノ刃乃霧民の言うもう1つの方法とは感情がなければ良いと言うことだ。
思い込みを邪魔する感情がなければ強い感情はいらない。
感情がなければ軽く思い込むだけで思い込めるといった感じだ。
とボクは思う。
そして、また誤解がないように言っておくがボクには感情はある。
だが極端に感情が少なく薄い。
どうでもいいというものが感情を消しているのだ。
それも感情に入るのでは?と思うかもしれないがそれすらもどうでもいい思い込めるか思い込めないかなどもどうでもいいどうでもいいからこそ感情をほとんどもっていない。
故にこれまでの感情はボクがこれまでに会得した社会を生き抜くための上っ面の感情だ。
故に特に何も感じていなかった。
ただ何事にも無関心なのだ。
だから目の前で起きていることも異ノ刃乃霧民のこともどうも思わない。
以上でいった通り別に特別順応性が高いわけでも考えを放棄したのでもなく元から目の前の世界の住民であったわけでもなく、ただただ
どうでもいいというだけだった
「これで、私達の仲間入りね?嬉しい?嬉しいわよね?う・れ・し・い・わよね?、ね?」
そして、これがボク、奇訪坂巛里と異ノ刃乃霧民の奇妙で無駄で不思議で意味のない、どうでもいい出会いであった。




