12月3日
僕達は学校まで走った。昨日の雪のせいで足場は悪かった。僕は日常的に走るという行為をしないし、好き好んで走ろうとも思わない。それでも僕は、彼女と共に走った。
風を切るほど早くはなかった。それでもなんとなく、風を感じていた。疾走感などと大袈裟なものでもないけれど、遠いいつかに感じた風がそばにいた。
どうして彼女は僕と一緒に登校してるのだろう?そもそもどうして彼女は僕を知ってるのだろう?そして昨日の事は?たくさんの疑問が頭を巡っていたが、そんな事よりも、ただ気持ちよかった。遠いいつかに感じた風が、気持ち良かった。
走ってる間、僕達はあまり会話をしなかった。強いて言うなら
「そろそろセンター試験だね」
「君はどの大学目指してるの?」
「今日も寒いね」
「でも私冬好きだな」
などと彼女の質問や話に、答えたり相槌を打っているだけだった。
彼女に悪いな、とだけ思った。特別女の子が苦手なわけではないが、同世代の男の子のように、女の子を笑顔にし、苦痛ではない、あわよくば好意を持たれるような話術を身に付けているわけでもない。
悪いな、と思うくせに、僕の顔はやけに火照り、何故か目頭が熱くなっていた。僕は冬の寒さに感謝した。
学校に到着し、クラスに向かう時も僕達は並んで歩いた。走ったおかげか遅刻せずにすんだが、僕らが学校についた頃には殆どの生徒が登校している。
僕は至るところから視線が向けられている気がしてならなかった。先程よりも顔が熱く感じられ、じっとりと嫌な汗をかいていた。
「大丈夫、私影薄いから、誰も気にしてないよ」
「……それはどういう……」
「だからー、私目立たないし、殆どの人が私の事知らないから。だから、そんな顔しないで?ね?」
朝の事と言い、彼女は人の心が分かるのかもしれない。きっと今の僕は豆鉄砲をくらったような顔をしてるに違いない。
僕がうん、と頷くと、彼女はカラッと笑った。さっきまで感じていた視線はもうない。顔の火照りは静まり、呼吸が楽になっていた。
周りをみれば、生徒達はそれぞれ勉強をしたり、雑談をしたりしており、僕達を見ている人はいなかった。
「ごめんね?私が急だったのが良くなかったなぁ」
「え?」
「いきなり一緒に登校しようなんて言ってさ。とーま君の気持ちも知らずにさ」
彼女はあはは、と笑った。先程笑顔が少し湿ってしまっている。その時、僕の胸が知らない痛みに襲われた。
「そんな事ない!」
この言葉の音量に一番驚いたのは僕自身だ。でも周囲の人も何事だとこちらをチラリと見たが、すぐに視線を元に戻した。
彼女も目を丸くして驚いている。昨日と同じ瞳。大きくて吸い込まれそうな、まるで海。
「ご、ごめん、大きな声出して。ただ、嫌じゃないから」
「そ、そっか」
「でも、どうして僕と一緒に学校にきたの?君と僕は昨日会ったばかりだし」
それに、君の名前も知らない。そう言いかけたけれど、言葉は出てこなかった。
彼女の笑った顔、驚いた顔、すこし戸惑った顔。そんな変化の後に、また昨日ような触ったら崩れてしまいそうな表情を僕に見せた。でもそれは一瞬、まばたきをする時間くらいだった。
「それは私が」
彼女は僕の隣から駆け出した。そして、僕に語りかけた。声は聞こえなかった。口の動きでなのか、はたまた何で彼女の言葉が分かったのか、僕には知る術がない。ただ、伝わったのだ。
君を好きだからだよ、と。
さっきの胸の痛みは終わることなく、僕を痛めつける。この日一日、この痛みが治る事はなかった。