幼年篇・3・双子の冒険
ランプで照らしながら暗い廊下を歩いていった。真っ直ぐな廊下で障害物もない。廊下の突き当たりに、扉がひとつあった。
「ファル……」
「しっ……」
不安に声を出す妹を制したが、人の気配は感じられない。足音を忍ばせてファルシスは扉に近づいた。地下室には不似合いな頑丈な扉だ。大人の目線くらいの高さに、薄い布がかかっている。中の様子を見る為の覗き穴ではないかとファルシスは思った。
「ユーリィ、おんぶしてやるから、あの布の下に何があるか見てみなよ」
「やだ、怖いわ」
「じゃあユーリィがぼくをおんぶして」
「……いいよ」
四歳のふたごの体格はほぼ同じだった。よろめきながらユーリンダは兄をおんぶし、ファルシスは一生懸命手を伸ばしたが、僅かに布の下端に触れる事ができただけだった。布の下は窓のようになっているようだったが、よくはわからない。
「……もうだめぇ~」
もう少しで窓枠のようなものに手が届きそうだった時、ユーリンダが急に声をあげ、尻餅をついた。ファルシスは廊下に投げ出されて壁に思い切り頭をぶつける羽目になった。
「痛って~」
「ご、ごめんね、ファル、だいじょうぶ?」
「……へいきさ、これくらい」
たんこぶがずきずき痛んだが、ファルシスは虚勢を張った。
「それより、中に誰かいるなら、ぼくたちに気がついたんじゃないか?」
「そ、そうね。妖精さん、いるかしら?」
中からは、相変わらず何の気配もしない。しかし、ファルシスが布に触れた時、僅かにほの暗い灯りが洩れた。使われていない部屋ではないように思える。思い切ってファルシスは扉の取っ手に手をかけて回した。……鍵がかかっている。がっかりしてファルシスは手を離した。
その時だった。
「……ルガ? もしかして、……が来られたの?」
か細い声が、だが確かに、扉の内側から聞こえた。ファルシスとユーリンダは顔を見合わせた。
「お食事はさっき済んだばかりだよね。ねえ、オルガ?」
声の主は、扉に近づいてきたようだった。幼くか弱い声は、少年のものか少女のものか、判別をつけかねたが、声の主が何かを期待しているような響きは感じられた。
「……きみ、だれ?」
意を決して、ファルシスは問いかけた。
「……?!」
中の人物は、知らない声がしたのでひどく驚いたようだった。慌てて何か倒したのか、ものが割れる音が聞こえた。
「ねえ、きみ、どうしてここにいるの? 閉じ込められてるの?」
更にファルシスは問いかけたが、もう中からは何の音も声もしない。相手を怯えさせてしまったようだった。
「あなた、妖精さんなの?」
勇気を出してユーリンダも声をかけてみたが、やはり何の反応もない。
ファルシスは、どうにかして扉を開けられないかと、周囲を見回した。すると、何のこともない、扉の横の壁に釘が打ってあり、そこに、輪に通した鍵がかけられているではないか。この鍵は、ただ中の者が勝手に外へ出ないようにかけられているだけであり、誰かが忍び込んで許可なく鍵をあける事までは想定されていないようだった。
兄が鍵を手にしたのを見て、ユーリンダは急に怖ろしくなった。
「ファル、魔物だったらどうするの? お父さまに聞いてみてからにした方が……」
「おとなに聞いたら、だめって言われるに決まってるだろ。カルシス叔父さまが閉じ込めているんだぞ」
「じゃあ、カルシス叔父さまに聞いてみたら……」
「カルシス叔父さまはさっきもお父さまとけんかしてたじゃないか。ぼくらの言うことなんか聞いてくれるもんか。……魔法の気配とか、しないんだろ。だったら大丈夫だよ」
「魔法の気配はしないけど……」
ユーリンダは、ひどく胸騒ぎを感じていた。これは、わるいもの? それとも、いいもの? わからなかった。でもなにか、いままで感じたことのない不思議な感覚。もう少し彼女が大きければ、それを、『運命を変える出会いの予感』と表現できただろう。
ファルシスは鍵穴に鍵を入れて回した。がちゃり、と音を立てて鍵は回った。力を込めて押すと、重い扉は内側へ開いた。
中は、薄暗かった。高いところに明かり取りの窓があり、陽光が差し込んでいるが、あとはランプの光だけである。元から置かれているランプに、ファルシスの手にしたランプの灯りが加わった。ファルシスとユーリンダは、驚きに目を瞠りながら室内を見回した。