2-13・不思議な夢
夜が来たが、不安にさいなまれたユーリンダは、眠る気持ちになれなかった。
だが、とりあえずのつもりで寝台に横になると、精神的な疲れから、あっという間に意識は沈み込んでいった。
ユーリンダは、不思議な夢を見た。
彼女は、浅紫色の煙が揺らめく、砂と岩ばかりの荒野に佇んでいた。
そんな荒れた場所は、見たこともなく、どうしてこんなところにいるのかと怯えた。
すると、かすんだ視界の向こうに、人影が見えた。
『だれ……』
叫ぼうとしたが、口が動いただけで、声は音とならない。この世界は無音なのだと、ユーリンダはその時気づいた。
やがて、人影の周りの曇りが僅かに晴れ、ひとりの人物が現れた。
ユーリンダは息を呑む。そんな容貌の人間を、見たことがなかったからだ。
その人物は、まだ若いようだったが、真っ白な頭髪を持ち、肩の辺りで無造作に切りそろえていた。背は高くなく、すらりとした身体を革の鎧で包み、レイピアを佩いている。砂塵を払う為か、厚い布を目の下まで引き上げており、男なのか女なのか、判断をつけかねた。
ユーリンダの気配を感じたらしく、その人物は、閉じていた瞳を開けた。その瞳は、燃えさかる炎のように赤い。
雪のような深白の髪と、火のような純赤の瞳。
その異様さと、その稀有な美しさに気圧され、ユーリンダは思わず後ずさった。
炎のひとみはユーリンダを捉え、険しく睨み付けた。
『……!!』
激しい怒気が、ユーリンダに向けて放たれた。苛立ち、憎悪……覚えのない感情が、しかしはっきりと、この見知らぬ人物から伝わってくる。
「あなたはだれなの」
ユーリンダは叫んだ。叫びは声にならず、ただ彼女の口がその思いに沿って動いただけだったが。
相手は、怒気を含んだまま、腰のレイピアを抜いた。
斬りかかってくるのかと、ユーリンダは腰が抜けそうになったが、そうではなく、地面にレイピアで文字を書き出した。
この静寂の世界で、何か伝えようとしているのだ。
だが、どうやらその行為は禁忌であったらしい。
まばゆい稲光が空を裂き、レイピアは跳ね飛ばされた。
『出来ないと言っただろう!!』
無音だった世界に、突然、聞いたことのない女の声が響く。完全な静寂に順応していた耳は、その声に痛みすら覚えた。
『運命は変えられぬ。運命は救われぬ。おまえは、救われぬ……』
ぞっとするような不吉な声。白髪の人物は、レイピアを弾かれた手を押さえながら、更にユーリンダを忌々しそうに睨めつけた。それから、思い出したように、顔を覆っている布を、引きおろそうとした。
だがその時、急速に周囲の景色がぶれ始めた。
「だれ。だれなの……」
見知らぬ風体でありながら、激しい怒りをぶつけられながら、それでもその人物に、ことばに出来ない何か、おろそかに出来ないものを感じた。
いつか、どこかで会った……? わからない。でも、もっと触れ合いたかった。
しかし、夢は終わる時間のようだった。
世界はぼんやりと崩れ、あとは、夢のない眠りが支配した。