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炎獄の娘(旧版)  作者: 青峰輝楽
第二部・陰謀篇
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2-7・ローゼッタ・ドース

 聖炎騎士団団長ハーヴィス・ウィルムが辞した後、次に来るのは、アルマヴィラ都警備隊長のダグ・ダリウスに違いないと、ファルシスは予想したが、それは見事に裏切られた。

 夕刻頃になってもダリウスは姿を見せず、代わりに、室に来た見習い騎士は、意外な名を告げた。

「レディ・ローゼッタ・ドースが、面会を希望されています」

 ファルシスは驚いたが、すぐに気を取り直し、面会室へ向かった。


 ローゼッタ・ドースは、アルマヴィラ地方のオークという小市を治めるゼファード・ドース子爵の令嬢である。

 年齢は22歳、独身。嫁き遅れと言われても仕方のない齢だが、当人は気にしていないし、家族は諦めている。

 美人だが奔放な性格で、恋多き女性として知られる。

 2年前、7歳年下のファルシスに、恋の手ほどきをしたのが、このローゼッタだった。

 活発だった子供時代を経て、その時期のファルシスは、優秀で礼儀正しいが打ち解けにくい少年と周囲に思われていた。

 そんな公子と出会ったローゼッタは、灰色の世界を生きていた彼にかりそめの色彩を与え、呼吸し易い仮面の被り方を教え、ひとときの享楽を知り甘いだけの時間を過ごすことは決して己を汚すことではない、と囁いたのであった。

 二人の男女の関係は、半年ほどで終わりを迎えたが、以後も、ローゼッタは、時には姉のように、時には恋人のように、ファルシスを見守り、また、彼もそれを受け入れていた。

 この数ヶ月は逢っていなかったが、呼吸が苦しくなった時、ファルシスは何度も彼女のもとを訪れていたものだったのだ。


 面会室に入ると、ローゼッタは椅子から立ち上がった。

「まあファルシス、なんて顔色なの」

 豊かに波打つ黒髪の豊満な美女は、公子の姿を見るなり、まず、そんな風に言った。

「ローゼッタ……わざわざ来て下さるとは、思いもしませんでしたよ。お父上にはちゃんとお断りされたのですか?」

「父のことなど関係ないわ。今頃、兄たちと家族会議でも開いているでしょうけれど」

「関係ない、という訳にはいかないでしょう。貴女はドース家の長女なのだから」

 ローゼッタは軽く肩をすくめた。

「そんな固いことを言わないで……折角逢いに来たのに、あなたって、嬉しくないの?」

「それは、嬉しいですが……」

 彼女の真意を測りかねたファルシスに近づき、その首に、ローゼッタは白くしなやかな腕を回した。

「あなたが心配で駆けつけたのよ。大逆罪なんて恐ろしい……でも、あなたは関係ないわよね? ねえファルシス……」

 潤んだ瞳で見つめると、ローゼッタはそのまま、ファルシスの胸に顔を埋めた。そして、小声で囁いた。

「……皆、固唾を飲んで成り行きを見守っているわ。ドースもオルセンもイファースも……八割がた、ルーン公支持よ。事前にカルシス卿に懐柔されている者もいるようだけど。ただ、どこも、表立って動くことは出来ないわ。わたしは、繋ぎ役としてここに来たの。安心して、まだ手はあるわ」

 ファルシスは驚き、次いで思わぬ力添えに胸が熱くなった。


 ローゼッタが名を挙げたのは、いずれもアルマヴィラ地方の小貴族である。

 王家から爵位を受け、忠誠を誓ったものではあるが、アルマヴィラに限らずどこの地方でも、王家直轄地を除いては、八公国時代から地方貴族たちはそれぞれ、王家より、地方の長である公爵家との関わりのほうが遥かに深い。

 今回のことで、小貴族たちがどのように判断をするかは、ルーン家の行く末にとって重大な問題である事は、ファルシスには痛いほどに判っていた。

 王家に叛旗を翻す事は恐らくあり得ないのだが、かれらがアルフォンスの無実を信じるか、カルシスにつくか、は、最悪の事態に陥ったときに、母や妹を逃がす事が出来るか、という点には大きく関わってくる。

「獅子が聞き耳を立てているからあまり話せないけど、それを伝えに来たのよ」

「ありがとう、ローゼッタ……」

 身体を押し付けるローゼッタを、ファルシスは思わず芝居ではなく、力を込めて抱き締めてしまっていた。


 それから、ファルシスは、この意外な援軍に、もうひとつの大きな懸念について相談する事を考えた。

「ローゼッタ。前に話した、妹の侍女のことなのだけど……」

「あなたの想いびとのことね」

 『姉』としての顔を持つローゼッタは、リディアに対する、ファルシスの胸のうちを知っていた。『姉』でありながらもかつては『恋人』であった彼女にしてみれば、複雑な感情がまったくないと言い切れるものではない。それでも、ファルシスは、彼女の人となりをよく知っていたから、おのれの信頼を裏切るようなことはないと、信じることが出来た。

 ファルシスは、彼女を抱き寄せたまま、早口で言った。

「何者かに拉致されました。最初は、叔父の仕業かと思ったけど、この状況で、わざわざ妹の侍女を狙って拉致する益が掴めない。貴女の情報網で、もし何か行方に関することが知れたら……」

「わかったわ。私に出来る限りの事をしてみるわ」

 そう囁いて、ローゼッタは身を離した。

「ファルシス。たとえ父から勘当されて何の身分も財もない女になるとしても、あなたのことを想い、信じているわ。また、逢いに来るわね」

 これは、扉の外の耳に入るように紡いだ言葉だった。そうと判っていたが、ファルシスは心からこう応える。

「ありがとう、ローゼッタ。貴女の気持ちは、僕の大切なものです」

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