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炎獄の娘(旧版)  作者: 青峰輝楽
第二部・陰謀篇
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2-3・老騎士

 ファルシスは、騎士団の宿舎の固い寝台の上に身体を伸ばしていた。

 昨夜は一睡もしていないにも関わらず、横になってもまったく眠気は訪れない。眠って、ほんの一刻でも、現実から逃れたいのに。

 

 これからどうなるのか。カルシスの目的は何なのか、いったい誰と誰が関与しているのか。情報があまりにも少なすぎた。

 判っているのは、これが前代未聞の事態であるという事だけだ。

 王の信篤い筈の七公爵の一人が、罪人として王都へ護送されるなど、建国以来の歴史のどこにも、起こった事のない事件である。

 もし、父親が有罪となったら? 当然、父は死罪、大逆人の嫡男という事で、自分も死罪となる可能性が高い。よくても永久追放……。

 ほんの昨日まで、自らすべてを捨てる覚悟を決めていたのに、いま、自分の意志とは遠いところで、すべてを奪われようとしている事が、他人事のように、不思議に感じられた。

 愛の為に家を捨てようなどと考えていた昨夜までの自分自身もまた、他人のように思われた。

 この、家の一大事に、自分の個人的な感情は、自然と胸の奥深くに沈んでいる。リディアの事を想わぬ訳ではないが、いま、彼女の為にしてやれる事は何ひとつない。彼女が自分自身の力で、陥っているであろう苦境から逃れ得るように祈るばかりだ。

 いまは、アルフォンス・ルーン公の嫡男として、家と名誉を守り、母と妹の身を護ることを考えなければならない。その為の事ならば、この軟禁状態の身でも、出来る事はある筈だ。

 今のところは、面会などは禁じられておらず、この建物の中に限っては、自由に過ごす事が出来る。

 まずは、父が信頼できると言い残した騎士団団長ウィルムと警備隊長のダリウスに会って、都の様子、旗下の貴族や騎士たちの動向、そして何より、アトラウスの関与と、カルシス、ヴィーン家の内情を探らなければならない。

 アトラウスが関わっているとは疑いたくないが、可能性を考えておく必要はある。


「若君、団長閣下が面会を希望されています」

 彼の身の回りの世話を担当する、見習い騎士の少年が扉をおずおずと叩き、そう告げた。

 すぐに通すように言うよりも早く、聖炎騎士団団長ハーヴィス・ウィルムは少年の背後から歩み寄って来た。

「若……申し訳ござらん」

 これが、ウィルムの第一声であった。喉の奥から絞り出すような、無念さを湛えた声。

「団長殿……何を謝られるのですか?」

 ファルシスは次期領主であるが、現在は、団長配下の騎士団の一員でもある。団長には常に敬意をもって接しているし、ウィルムも、若君相手といえども、普段の待遇においては、他の騎士と差をつけるような事はしなかった。

 ウィルムは、先代領主の時代から聖炎騎士団を束ねる長で、現在62歳。

 厳格な武人で、先代からもアルフォンスからも信頼篤い人物である。以前から本人が希望していた引退の話が、そろそろ現実化する空気があった矢先のこの事態に、老武人はいたく衝撃を受け、それを隠しきれないでいた。

「某が地方へ出向いている間にこんな事に……某がおれば、むざむざと殿を連れて行かせはしなかったものを。ウルミス卿と刺し違えてでも、殿をお護りしたものを!」

「しっ、滅多な事を仰るものではありません」

 ファルシスは、慌てて戸口の方へ視線を走らせた。人の気配はないが、しかし、ウィルムの言葉は余りに不用意なものであると思った。

「どこに金獅子騎士団の耳があるか知れません。それに、父はそのような事は決して望んでいませんでした」

「しかし……裁判だなどと言っても、カルシス卿などの狂言を真に受けるような王の御前で、本当に公正な裁判が行われるのか……」

「団長殿!」

 ファルシスは一層表情を険しくし、早口で言った。

「我らがここで陛下の批判などしていたと金獅子騎士団の者に言われれば、一層父の立場が悪くなる事、何故お判り頂けませんか」

 ファルシスの言に、ウィルムは流石にはっとなり、次いで情けなさそうな表情を浮かべた。

「……申し訳ございませぬ……まだまだ耄碌はしておらぬつもりでございましたが、あまりな事に、周囲を見る目を失っておったようですな。若に教えられるとは……成長なさいましたな……」

「お判り下さればよいのです、団長殿」

 答えながらも、ファルシスは心中やや失望していた。立派な人物ではあるのだが、この取り乱しようでは、果たして今後、冷静に己の役回りをこなしてくれるのかどうか。

 だが、この状況では、ファルシスが信頼してもよい人間は、ごく限られている。

「過ぎた事はいくら嘆いても動かしようもありません。それよりも、情報を集めて現状を把握し、出来る限りの手を打たなくては。団長殿……手を貸して下さいますね?父の為に、ルーン家の為に」

「勿論ですとも、若。某が剣を捧げているのは、王ではなく殿でございます。殿をお救いする為なら、この老骨、如何様にでも、若の手足となって働きましょうぞ」

「ありがとう、団長殿。団長殿の忠誠は、きっと父に伝わりましょう。では、早速、相談なのですが……」

 一層声を落とし、ファルシスは、自分の考えを語り始めた。

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