2-1・ヴェルサリア王国
ヴェルサリア王国は、広大な面積を持つバルトリア大陸に於いて、大陸暦354年から、約250年にわたって栄えている王国である。
大陸の面積の、約7割を占める国土を持つ。
残りのうち、1割は、北方の山脈とその果ての未踏の地。
後の2割は、東や西の僻地、辺境、と呼ばれる地域。ヴェルサリア人が蛮族と蔑む、自給自足の人々が暮らす、痩せた土地である。
かつては、この大陸も、いくつもの公国が並び立ち、大陸の覇権を得んとする戦の続いた時代があった。
だが、その中から遂に、ヴェルサリア家が抜きん出て、国家統一を成し遂げてから約250年、大陸は、緩やかな繁栄と、表面上の平和に恵まれ、安寧なときを過ごしていた。
現国王エルディス3世は、第15代国王。若干19歳。父王の突然の事故死の後の即位から、まだ一年と少しである。
鳶色の髪と瞳を持つ優美な若者で、少年の頃から、帝王の器を充分に備えていると評判が高かった。
争い事を疎み、書を好み、しかし、武芸の腕前も天賦の才を持ち合わせている。
下々の者にも常に公平で優しく、王太子時代、宮廷に仕える者を始め、民草に人気が高かった。
しかし、そんな性質が、やや変貌してきたと、最初に傍仕えの者達が感じ始めたのは、王が、即位とほぼ同時に、王妃を娶って程なくの頃からである。
王妃リーリア。宰相アロール・バロックの嫡男シャサールの長女。絶世の美姫との評判と、学問塔の博士達も舌を巻く才気と知識を併せ持つ。
この、非の打ち所のない王妃は、同時に、強い選民意識も持ち合わせ、初めてにして唯一の女性を得た王を虜にしたばかりか、多大な影響を与えていた。
王都エルスタックは、大陸のほぼ中央部に位置する。
気流の関係で、同じ緯度の他の地方より温暖で過ごしやすい気候である。
国王直轄地及び七公爵領全てに通じる街道の集結点であり、大陸の要として常に賑わう、地方の者にとっては、憧れの都なのである。
高い城壁に囲まれた城塞都市であり、万が一外から攻撃を受けても、半年は保ち堪えると言われている。
ヴェルサリア王国には、王家の下、七公爵家と呼ばれる大貴族が存在する。
バロック、ローズナー、ヴェイヨン、ルーン、ブルーブラン、ラングレイ、グリンサム。
かつて、王国建立前、ヴェルサリア家と鎬を削った公国の主の末裔である。
筆頭は、イルランドのバロック。
イルランド地方は肥沃な平地で、王都にもほど近い、要となる地域。
当主にして宰相のアロール・バロックは59歳。
国の重鎮にして王妃の祖父でもあり、王妃を通じて、若き王に多大な影響を与え得る存在である。
アルポートのローズナー。
アルポートとジョーレイは、南方で、大きな港町を含み、他国との貿易による益により富んでいる。
当主は、女公爵のスザナ・ローズナー、39歳。
快活で気っ風の良い女性であり、女ながらに武芸も嗜む。
ジョーレイのヴェイヨン。
当主は、ローダー・ヴェイヨン、55歳。
嫡男がアロール・バロックの長女を娶っており、バロック家との関係が深い。
ローダーは、物欲が強く、酷薄な人物で、領民からもあまり慕われていない。
シルクウッドのブルーブラン。
シルクウッドは西方で、織物や細工物の生産が盛んな地域である。
当主は、リッター・ブルーブラン、25歳。
少々浮世離れした所があり、風流を、王家の次に愛すと公言している。
オースタンのラングレイ。
オースタンは北方の痩せた土地が多く、険しい山脈と接し、そこに暮らす人々の気風は、質実剛健。
当主は、ポール・ラングレイ、62歳。
落ち着いた人格者で、尊敬と親しみを込めて、ラングレイ老公、と呼ばれる。
グリムのグリンサム。
グリムは、七公爵家の領地で最も狭く、その大半は深い森で、王都に距離的に近いにも関わらず、未開で排他的な土地柄である。
当主は、シュリク・グリンサム、8歳。
半年前に前領主が急逝し、跡目を継いだが、実権は、母親のイサーナが握っている。
そして、アルマヴィラのルーン。
当主は、アルフォンス・ルーン、36歳。
アルマヴィラは、光神ルルアの大神殿が建立された聖地であり、領内に国内最大の金鉱を有し、一帯は栄え、治安もよい……よかった。
多数の乙女が誘拐、殺害され、その心臓の血が、国王呪殺を目的とした呪詛に用いられ、事もあろうに、その大罪を犯したのが領主アルフォンスとされ、王都に護送される事態になるまでは……。