1-21・告発
場が沈黙に包まれたのは、刹那のことか、数刻か。
ルーン家のひとびととその家臣達は、それすら直ぐには判らぬほどの衝撃を受けていた。
侍女の中には、誰かに説明を求めるかのように、不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す者もあった。
誰もが予期し得なかった宣告に、暫し、その場の刻が止まったかのように思われた。
その沈黙を、最初に破ったのは、ファルシスだった。
「いったい、何の事ですか?! あり得ない!」
若さから、彼は、国王直属の騎士団団長にして、父親の親友であるウルミスに対する礼儀も忘れ、顔色を変えて詰め寄った。
「大逆罪、とは如何なる事でしょうか? 父はこのところずっと、ここを離れていないし、何のおかしな事もありません。暗殺など……こんなところから、都まで刺客を差し向けた、とでもいうのですか? 国王陛下に対する忠誠は、他の誰にも劣らぬ事は、息子のぼくが一番よく知っています。そして、父と親しいあなたもご存じの筈だ!」
「……控えないか、ファルシス」
乾いてかすれた声で、アルフォンスは息子を制した。ウルミスは悲しげに首を振った。
「構わない。まったく当然の疑問だ。……そして、きみはどうなのだ、アルフォンス? ご子息と同じ疑問を放つのか? それとも、罪を受け入れるのか?」
「受け入れられる筈もない」
アルフォンスは即答した。息子の言葉のおかげで、かれは衝撃から立ち直り、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
「わたしが陛下に背いたと? いや、それより、暗殺とは穏やかでないが、まさか陛下の御身に何事かあったのか? こんな田舎にあっては、何も知りようもない。教えてくれ、ウルミス」
「陛下は御無事だ。はっきり言おう。刺客などではない。きみは、呪術によって、畏れ多くも陛下を弑逆せんと企てた、と、告発されているのだ」
ウルミスは、アルフォンスをひたと見据えて告げた。
「呪術……だと?」
その言葉に、アルフォンスは顔色を無くした。
「やはり、心当たりがおありなのですな」
ウルミスの背後の副団長がすかさず言った。
「まさか……しかし……」
アルフォンスは、咄嗟にうまい返答を考え出す事ができなかった。だが、直ぐに思い定めた。
あの事は、既に国中の噂になっている。ウルミス以下の者達が、派遣されてここにいるという事は、王都の方で独自に調査を行い、確信を得た結果なのだろう。下手な隠し立てなどは、かえって状況を悪化させる事に他ならない。まずは、とんでもない誤解を解かなければならない。
「……確かに、最近我が領内で、多くの婦女子が惨殺され、その殺害が呪術目的だったと推測されている。その事について、様々な憶測がなされ、国中で噂されているとも聞いている。こちらでは、一刻も早くその犯人と推測されている者の身柄を拘束すべく、都警備隊と騎士達が尽力している所だ。だが、まさかその呪術の目的が、陛下の呪殺などという大それた、恐るべき企みだとは、こちらではまったく掴めていなかった」
「ほう? それはおかしな事ですな」
幾分揶揄するような口調で、金獅子騎士団副団長ノーシュ・バランは言った。
「ご領主のルーン公がご存じないとは……この呪術の真相について、鑑定を行ったのは、このアルマヴィラのルルア大神殿の長にして、公の従兄であられる、ダルシオン・ヴィーン様であるというのに?」
「なん……だって?」
今度こそ、アルフォンスはことばを失った。
「ノーシュの言う通りなのだ、アルフォンス」
沈鬱な声でウルミスが言う。
「ほんとうに知らなかったのか。ではいったい、誰がどのような目的で、これを行ったと思っていたのか?」
「身内の恥だが……我が弟カルシスがやった事だと思っていた。私への呪詛だろうと……。かれは、事件が発覚して以来、消息を絶っている。私が陛下を弑するなどとんでもない。それに、弟にも、そんな大それた事をする理由も能力もない筈だ。まずは、弟を捜し出し、その意図を尋ねよう。大逆などとは、まったく見当違いだと、すぐに判る筈だ」
「その必要はない」
「……え?」
親友の返答に、アルフォンスは不思議そうにその目を見返した。ウルミス・ヴァルディンは、その視線を避けようと、余所を見やるふりをしたが、険しいルーン家側のひとびとの視線にぶつかって、僅かに目を伏せた。
「カルシスどのを捜す必要はない。かれは、王都に滞在している。アルフォンス・ルーン、卿の大逆罪について、国王陛下直々に目通りを願い、告発したのは、きみのただひとりの弟なのだよ……」