1-20・王都からの使者
都市の大門の警備所に詰めていた筈の騎士だった。
それが、乗馬のまま、血相を変えて駆け寄り、転がり落ちるように馬から下りて跪いた。
「一大事でございます!!」
繰り返す騎士に、面をこわばらせながら、
「いったい何事だ?」
とアルフォンスは問いかけた。
「は、申し上げます。金獅子騎士団団長、ウルミス・ヴァルディン様が……開門を要求され……」
騎士はそこで、言葉に詰まったように言い淀んだ。
アルフォンスは怪訝そうな表情で騎士を見つめた。
「ウルミスは我が旧友だ。訪問の知らせは受けていないが……何が一大事なのだ?」
「ウルミス卿の配下はおよそ五十騎の精鋭……公爵様にお知らせするまで、その場にお留まり頂くよう、尽力したのですが、備えもなく、また、剣を交えてもよいものか判断もつかず……申し訳ございません!!」
「……剣を交えるだと? 気でも狂ったのか? なぜ、国王陛下直属の金獅子騎士団と剣を交えるなど……」
その次に見た光景は、この朝から始まった長い長い悪夢の発端であり、射し始めた朝日を受けて、煌めく金色の鎧や兜は、ユーリンダにとって、生涯忘れ得ぬ恐怖の象徴として、眼に焼き付き消え失せぬものとなった。
金獅子騎士団団長ウルミス・ヴァルディンとその配下の騎士達は、息苦しい程の重圧感を放ちながら、館の正門に通じる道からゆっくりと進んで来た。
待ち受ける人々の目についたのは、騎士達に幾重にも囲まれた一台の馬車だった。
それは粗末な造りのもので、窓には板で目張りがされている。
囚人を護送する為のものだと、ユーリンダにさえ、察しがついた。
いったい、誰を護送する為のものなのか?
罪びと……という言葉に、ユーリンダの脳裏に真っ先に浮かんだのは、叔父、カルシスだった。
事件を起こしたカルシスを捕らえに来たのだろうか? やはり叔父は、怖ろしい罪を犯したのだろうか?
ユーリンダは、恐ろしさと辛さに震えた。
一方、公爵夫妻やファルシス、執事などは、ユーリンダよりずっと、物事を理解していた。
いくら国中至るところで噂になっていることとはいえ、地方で起こった事件……貴族の子女も含まれているとはいえ、犠牲者の多くは平民に過ぎない事件の為に、国王直属の騎士団がわざわざ出向く筈もない事くらい、当然察しがつく。
ウルミス・ヴァルディンは、重い空気の中、ゆっくりと馬を下りた。
気の進まない瞬間を迎えるのを、少しでも遅らせようとするかのように。
18年前、前国王の御前試合で、全力を出し尽くしてアルフォンスとウルミスは闘った。
ほんの僅かな運の傾きで、勝利はアルフォンスにもたらされたが、以後、二人は親友となり、年に数回、アルフォンスが王都を訪れた際には、必ず共に酒杯を交わすし、互いの領地も行き来する仲である。
ウルミスは、実直で、情に脆い男だった。無論、金獅子騎士団団長の名に恥じぬ剣豪でもある。
「ウルミス……いったい……?」
躊躇いがちに声をかけたアルフォンスの顔を辛そうに見つめたウルミスは、独言のように小さく声を発した。
「やはり……これは間違いなのだ。その顔を見れば、わかる」
「閣下!」
咎めるような声をあげたのは、彼の背後の部下。
「わかっている」
ウルミスは短く言った。
それから、懐から一枚の書状を取り出した。国王の印のある正式な書状である。
彼はそれを広げ、アルフォンスに突きつけた。
「これは、勅命である。アルフォンス・エル・アルマヴィラ・ルーン。卿は、大逆罪……畏れ多くも、国王陛下の暗殺を企てた罪で告発されている。わたしは、速やかに、卿を捕らえ、王都へ護送するよう、命を受けてここに来たのだ」