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炎獄の娘(旧版)  作者: 青峰輝楽
第一部・揺籃篇
21/129

1-18・焦燥

 ファルシスは、通された客間のテラスから、白く光る月を眺め、物思いに耽っていた。

 ユーリンダは今頃、アトラウスに何を語っているのだろう?もしもあの二人が駆け落ちをしたいと言うのなら、自分は喜んで手伝ってやりたい。

 しかし、妹が家を捨てるのなら、自分は……?

 妹と従兄に家を任せ、自分こそ家と両親から離れようと思っていた。

 しかし、自分も妹も共に家を捨てる、などという事は、出来ない。

 嫡男として育てられた身には、やはり、ルーン家の存続が何よりも大事であるという思いが、魂の底に染みついている。

 自分の願いの為には家の存続などどうなってもよい、という風には、考える事が出来ないのだ。

 だからこそ、ずっと胸に秘めてきたリディアへの愛は、生涯押し隠したままで、しかるべき妃を娶り、やがては父から爵位を継いで、父のような立派な領主となって生きていく事が当然だと、少年の頃から思い続けてきたのだ。

 だが今、父親への尊敬の念は、薄れてしまった。

 信じられない非道さ……次期当主となる自分の為に、と言われても、到底納得出来ない。


 リディアが攫われた事を、アトラウスに相談したい。

 ひとつ歳上の従兄は、常に親身に話を聞いてくれ、適切な助言をくれる。

 気さくで隔てのない性格のファルシスは、友人も多かったが、本当の心の底を明かせるのは、やはり、血縁で、将来義兄となるアトラウスだけだった。

 アトラウスとユーリンダには、是非幸せに生きて貰いたい。

 駆け落ちなどしなくとも、数年もすれば、今回のこともだんだんと記憶から薄れ、父も結婚を許すのではないだろうか?

 それまで、他所に縁づけられないよう、自分がユーリンダを守ってやって……。

 二人が結婚すれば、次期領主の座はアトラウスに譲り、自分はリディアと……リディアが、生きて傍に居てくれれば、だが……。

 リディアは、どこにいるのだろう?

 少年の日、ある事件から、心が死んでしまうような孤独と恐怖を、誰にも知られずに、ひとり抱えていたあの頃、リディアの温かさが、かれを絶望の淵からすくい上げ、もとの明るい世界へ引き戻してくれた。

 もし今、リディアが暗いところに囚われて怯えているのなら、どんな事をしてでも、救い出したいのに……彼女は、いったいどこにいるのだろうか……。

 こうしている間にも、いのちが危険に晒されているかも知れないのに、手がかりは何もない。


 そこまで思いを巡らせた時、玄関ホールの方が、急に騒がしくなってきた。

 ファルシスは急いで廊下に出てみた。

 館から誰か来たようだ。ユーリンダの不在が、気づかれてしまったのだろう。

 ファルシスは、大きく溜息をついた。


 同じ頃、リディアは、高い所にある窓の格子の間から、薄く射し込む同じ月の光を見ていた。

 毛布を与えられたが、眠る事は出来なかった。

 夕暮れに味わった、あまりの衝撃に、頭は疲れている筈なのに、眠気など訪れる気配もない。

『あなた様が……どうしてここに……』

 薄笑いを浮かべて牢の扉に歩み寄ってきた男の姿に、リディアは暫く声も失い、それからようやく、絞り出すように細い声で問いかけた。

『おまえを助けに来た』

『えっ…?』

『……という言葉でも期待していたのか?残念だな。それは違う。おまえが察している通りだ』

『……あなた様が、私を攫わせた。そして、そして、あなた様が、あの怖ろしい事件を引き起こした?まさか、そんな……あり得ません!』

『あり得ないと思いたければ、思っておくがいい。おまえの考えなど、どうでもよい事だ。ただ、おまえにとって、幸いな事を伝えに来てやっただけだ』

『……さいわい……なこと……?』

『そうだ。当面、おまえを殺すつもりはない、という事だ。おまえには、役に立ってもらわなければならないからな』

『私に?』

『そうだ。これから、国中を驚かせるような事が起こる。そして、おまえは、計画に必要なのだ』

『私……私のような、ただの侍女に、何ができると思うのですか……?! 計画とは何ですか?!』

『いまにわかる』

 それだけ言うと、男は笑いながら去って行った。


(まさか……ああ、ユーリンダ様、ファルシス様……! 私、いったいどうすれば……)

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