序
その細い身体に伝わるのは、ただ軋む馬車の鈍い振動ばかり。
私はどこへ向かうのだろう……どこへ、連れてゆかれるのか。
光は、みえない。
厚いヴェールに隠された若い娘の貌は無残に焼け爛れ、癒着した眼瞼に閉ざされたひとみは、どんな光景をとらえることも、最早あり得ない。
恐怖の為に色彩を失った、かつて美しかった、いまは老婆のような髪をきつく結いつめて、固くそのくちびるを閉ざしたまま、娘は座っていた。
大量の煙を吸い込んだ為、声を出そうとすれば、灼けつくような苦痛が訪れ、その上、聞き取るのがひどく困難な割れた声が微かに絞り出されるだけ。
姉が、そっとその細い手を傍らから握ってくれた。
「もうすぐ到着致しますよ、ユーリンダさま」
微かにヴェールを揺らし、了解の意を伝える。
「……少し、風を入れたらどうかしら、リディア?」
同乗している侍女長の声がした。
握った手が離れた。馬車の窓が開く音がする。
窓から新しい風がひとすじ吹きこみ、それにのって、馬車に併走している騎士の声が流れ込んできた。
「開門を願いたい! こちらの馬車は、アルマヴィラより御祝賀の使者、アトラウス・エル・ガレリア・ルーン伯爵夫人、ユーリンダ・エル・ガレリア・ルーンさまの乗車である!」