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炎獄の娘(旧版)  作者: 青峰輝楽
第三部・七公裁判篇
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4-12・宿の食堂にて

 アルフォンスが少し疲れたと言ったので、ウルミスは早く休んだ方がいいと言い置いて立ち上がった。例の村の宿では、夜は同室のソファで眠って警護していたウルミスだが、アルフォンスが彼の睡眠を心配して、だいぶ身体も動くようになったので、もしも何かあればすぐに大声で呼ぶから、と言い張るので、その後は以前と同じように隣室で眠るようにしている。だが、きちんとした寝台に横になっても、気が張ってそうそうゆっくりと眠る事はできない。もう深夜に近かったが、アルフォンスの室の扉の前に張り番の騎士を残してウルミスは階下に降りて行った。

 一階の食堂では、まだ何人かの騎士が飲みながら談笑していたが、団長の姿を見て姿勢を正した。こんな時間まで、と叱責されるかも知れない、という表情だ。ウルミスは苦笑してそんなつもりはない事を示すように軽く首を振り、

「わたしの席はあるか?」

 と冗談めかして言い、彼らのテーブルに混ざった。いつまでともなかなか判らずに小さな村に閉じ込められていた騎士たちは、ようやく王都へ帰れる事で意気が上がっている。彼らは若く、体力も漲っている。気分的に晴れ間のないウルミスは、少し、その単純で未知数だが明るい力を分けてもらいたいものだ、と思い、そんな事を考える自分を情けなくも感じた。未来は当然明日もあって、自身の強ささえあれば望みは叶うのだと、そんな風に考えていられた頃が遠い。そしてアルフォンスはきっと、もっと強くそう感じているに違いない。

「団長閣下。某も相伴に預かってよろしいですか」

 少し離れて影になっていたテーブルから、ノーシュが近づいて来た。無論、とウルミスは微笑を浮かべて椅子をもう一つ運ばせる。団長と副団長が入ってきたので、若い騎士団員たちはやや窮屈そうに顔を見合わせたが、既にだいぶ盛り上がっていたので、やがて緊張を忘れ、他愛のない話に戻っていった。ノーシュはウルミスの隣に座った。

「王都まで、順調に行けば十日程でしょうか。ルーン公殿下のご様子はいかがですか」

「身体の方は日に日によくなってはいるようだが、王都に着くまでに元に戻るとは思えないな。そもそも元に戻るのかどうかわからん、と医師も言っていたし」

「お身体のご様子がだいぶ回復なさっているのは某にも感じられます。しかしもっと上等の馬車であれば、もう少し楽に過ごして頂けたでしょうが、あれでは……あの村にいる間に、内装を整えさせるべきでした」

 ウルミスは低く笑った。

「そなたも随分変わったものだな。そもそもあの馬車を手配したのはそなただ。そしてわたしが、もう少しましなのを、と言ったのに、これで充分だと譲らなかったではないか」

「……そうでした。本当に申し訳ありませんでした」

 ノーシュは項垂れた。ウルミスは酒を注いでやり、肩を叩いた。

「まあ過ぎた事は仕方がない。己の過ちを見切って謝罪をしたそなたは立派だとわたしは誇りに思う」

「それは過分なお言葉です。某はただ噂と印象に踊らされて自分でものを見ていなかったに過ぎません」

「いや、あの状況ではやむを得なかっただろう。しかしそなたがかれを認めた事で、随分かれの気が安らいだのは確かだ」

「そうでしょうか。少しはお役に立っているのなら良いのですが……しかし閣下」

「なんだ?」

 ノーシュは声を落としてウルミスに顔を寄せた。

「あの、例の『遺書』、あれはまだ殿下がお持ちなのですか」

「ああ……あれか。あんなものは何があっても絶対表に出さないからさっさと燃やしてしまえと何度も言ったのだが、どうしても聞き入れなくてな。わたしだけの事ではなく、金獅子騎士団全体の名誉に関わるのだから、もしもの時は遠慮なく使えと言い張るのだ」

「某にはどうにも不吉に思えて仕方がありません。あんなものがあると、それがまた暗殺者の呼び水になってしまうような気がして……気分の問題とは判っているのですが」

「それは敵の目的次第ではないかな」

「? どういう意味ですか?」

「敵が、『暗殺によってルーン公を殺害した』と世に知らしめたいのか、それともただルーン公が消えさえすればいいと思っているのか、だ。もし前者であれば、遺書などあれば却ってそのせいで目的が達せられない事になる」

「! なるほど。確かにそういう風に考える事も出来ますな。さすが閣下は某などとは違い、視野が広い」

「いや、これはかれの受け売りなのだよ」

 ウルミスはずるそうに笑った。

「実は、わたしもそなたと同じような事を言ったのだ。そうしたらこういう返事が返ってきた、というだけの事だ」

「そうでしたか」

 ノーシュはちょっと困ったように笑ってみせたが、すぐにウルミスは笑顔を消して溜息をつく。

「だが、前者でない場合は何の役にも立たない。前者か後者か……せめて判ればいいのだが」

「確かに……。ただの村人を手先に使ったり、ディクスの死体を隠そうとしたり、一見暗殺者は自分の存在を表に出さないようにしているように見えます。しかし、本気で隠そうとしているにしては、やり方が杜撰とも思えます。まさか我々が気づかないとでも思ったのでしょうか」

「いや、そなたの言う通りだとわたしも思う。そこまで我々を見くびるような浅い考えの者なら既に尻尾が掴めている筈だ。何と言っても敵はルーン公を死の淵に立たせ、我が団員を二人も殺している、ある意味金獅子にとってかつてない脅威なのだ。どういう意図で自身の存在を完全に隠そうとしないのか……」

 周囲の明るい騒ぎをよそに、団長と副団長は難しい顔で考え込む。だが、考えても答えは出なかった。

「とにかく、あの『遺書』はせめて、閣下が預かられた方がいいのではないでしょうか。万一の事など絶対にあってはなりませんが、もしもの時に敵に奪われてしまっては、絶対に表に出さないという閣下のお気持ちが無駄になってしまいます」

「そうだな……王都に着くまでは焼き捨てたりしないからと約束して取り上げておくか……」

 ふうと溜息をついてウルミスは応えた。

「あと十日か……。そなたもわたしと同じように、王宮騎士団に親しい人間などはいないのだろうな?」

「かつては昔なじみで友人と呼べるような者が数人おりましたが、リューム団長の代になって、金獅子との付き合いは一切禁じる触れが出されたようで、今は全く連絡をとる事が出来ない状態です」

「そうか、そう言えばそんな話を聞いたな。全くアランはなぜあそこまで我々を目の仇にするのか。陛下の剣として盾として、共にお護りする立場であるのに、我々がいがみ合っても、百害あって一利もないと、なぜ理解せぬのか……」

「恐らく単純に、閣下の方がお立場が上であり、陛下の信を得ておられるからでしょうな」

 あっさりとノーシュは指摘する。ノーシュも勿論の事、王宮騎士団長アラン・リュームを毛嫌いしている。

「立場が上になるのは有事の際に九騎士団が結集する時のみだと定められている。そんな事態はないし、平時はほぼ同等の立場だ。権力など欲しないが、今のような時には、確かに、奴に命じる権限があればと切に思うな。自由にコルドへ出入り出来る権限などが」

「王都へ着いてからのルーン公殿下の御身を心配されているのですか。しかし、今我々が負っている責任がそのまま王宮騎士団に移る訳ですから、多少無礼な言動などはあるかも知れませんが、安全に関しては警護を怠るような事はないでしょう。旅の道中ならともかく、王宮内部に賊の侵入などを許しては、それこそリューム団長の更迭問題にもなってしまうでしょう。それはあまり案じられなくとも……。閣下は王都に着かれたらどうかゆっくりお休み下さい」

「裁判の結果がどう転ぶかわかるまではゆっくりなどできるものか。しかし……そうだな、先の事まで案じすぎても仕方がない。今我々に出来る事は、かれを無事に王都へ送り届けるよう万全の警護を怠らない事だけだな」

 そう言ってウルミスは軽く目を瞑った。

「毒を使う者を捕らえる事が出来れば少しは安心できるのだが、今の状況では、向こうから何か仕掛けてこない限り、我々の方からこれ以上捜索に割く人間は出せない。守りで精一杯だ」

「卑劣な輩は是非とも我々の手で捕らえたいところですが、その為に危険を犯す訳にはいかない……難しいところですな。何事もなければそれに越した事はないのですが」

「うむ、そうだな。……さて、そろそろ休む。これ以上部屋を離れているのも落ち着かないしな」

 そう言ってウルミスが杯を置いたその時。階上で何か大きな物音が響いた。

「……!!」

 ウルミスもノーシュも、他の騎士たちも、さっと緊張を露わに立ち上がった。


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