1-8・母と息子
翌朝、まだ薄暗いうちにユーリンダは目覚めた。
昨夜は、父と兄が帰ったら、何事か尋ねようと思い、かなり遅くまで待っていたのだが、眠気に勝てず眠ってしまっていた。
彼女は、次の間に宿直している侍女の手を煩わせず、一人で着替えを済まし、そっと室を出た。
リディアの代わりに次の間に控えていた侍女は、それに気づきもせずに眠っていた。
まだ館は静まり返っているが、母はこの時間から起きて、早朝の祈りを行う為に、地下の礼拝堂へ向かう筈だ。
そこをつかまえて、昨夜起こった出来事について尋ねようと思った。
母の私室の扉に近づいた時、驚いた事に、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「本当なんですか、それは?!」
兄ファルシスの声だった。
いくら親子とはいえ、成人した息子が、それも早朝に母親の寝所を訪ねるとは尋常ではない。
加えて、この荒げた声。
ユーリンダは、兄がそんな声を出すのを聞いた事がなかった。
不安に心臓を鷲づかみにされながら、彼女は扉の近くに寄った。母の声はか細く、耳を澄ませても、聞き取れない部分もあった。
「……あなたの為なのです、ファル、やがては、……が最善だったと……わかります」
「信じられない、そんな事をするなんて。そんなお方ではないと思っていた!」
「あなたはまだ若く……判断できない事もあるのです。……のことは、あなたの為、ルーン家の為に……」
「結局、ぼくはまったく信用されてないという事だ! こんな事を、何も知らされないとは!」
「何とでもお言いなさい。これは、必要な事です」
「こんな卑怯な……!」
兄が、退室しようとする気配があったので、ユーリンダは慌てて扉を離れ、廊下の角の陰に身を隠した。
足音荒く兄が出てきて、反対の方へ歩いて行った。
涙が出てきた。
これは、昨日の事件のせいなのだろうか? 愛する兄が、愛する母に喰ってかかるなんて、想像した事もなかった。
いったい、何が起こっているのか、まったくわからない。
アトラに逢いたい、と痛切に彼女は思った。かれならばきっと、彼女の不安を癒し、安心できる説明をしてくれるに違いない。
ファルは何か誤解をしているに決まっている。
アトラウス、彼女の騎士が、きっとすべて解決してくれる。そうに決まっている。




