鬼姫の思い
「後鬼…。」
じっと見つめてくる姫に後鬼がため息を吐く。
「しゃーねーな。俺がちょっと行って見てくるよ。」
後鬼は姿を消した。
姿を消したまま役人の後を追うと、彼は地主のところにやって来た。
(?)
役人は、甲を脱ぎ、出迎えた白髪の男跪いた。
「おう、戻ったか!」
「御館さま、たしかにあの男は作物を隠しておりました。」
男は、役人が取り立ててきた米俵を抱きかかえた。
「国に収める米以上に徴収せねば、我らが飢えてしまうわ。これを蔵に運んでおけ。」
後鬼は蔵についていく。そこには天井高く積み上げられた米俵が…。
(どれだけ喰うつもりなんだ?)
後鬼は屋敷の離れから異質な気を察知した。
(これは…。)
後鬼は、先ほどの地主を探した。
「どうだ、鬼姫さまのご機嫌を損ねたりしてないだろうな!!」
(鬼姫?)
長い渡り廊下を音を立てて歩く地主にへこへこと頭を下げている男が必死についていく。
「は、はぁ、鬼姫さまに置かれましては…米が足らぬと……。」
「どれだけ喰えば…。」
「しかし、これを…。」
男は赤い布に包まれたものを地主に渡した。
ずしりと重いものなのか、彼の表情が慌てている。
地主は、その布を取り、ため息を吐いた。
「なんと見事な…。」
それは、金塊だった。大きさは掌ほどにもなる。
「金を生む鬼姫…米以外のものも喰うが…これを出してくれるなら…。」
ヤラシイ笑いがその口から漏れた。
「しかし、御館さま…鬼姫が……子供の肉も食べたいと…。」
ピタッと動きが止まった。
「なんと…子供が?さすればもっと美しく大きな金を出してくれるのか!?」
男の目がギラギラと光っている。
その目で男は離れの戸を開けた。
「鬼姫さま!!」
後鬼は気配を消してその中を覗き込んだ。
(なんだあれ?)
後鬼の目には、形のないぶよぶよした物体があるとしか見えなかった。
それは、常に動き、目の前に出された米と、生きた鶏を丸呑みしている。
身体の中で、血しぶきを上げて鶏は壊されていく。
(うげぇ~。)
地主には、その物体が美しい女に見えているらしく、先ほどからおだてる言葉を並べている。
「鬼姫様は、子供の肉が食べたいとお聞きしましたが…。」
「そうじゃ、わらわは、子供の…子供の肉が食べたいのじゃ…。……お前は、金塊がいいのじゃろ?」
互いに高笑いを浮かべていた。
「―と、言うわけだったんだけど……。」
「鬼姫とは…。」
山の庵の中で鬼達は、呆れた声を出した。
「その子供に私がなろう。」
白妙の申し出に一同が唖然とする。
「な、なりません!!そのような危険なことは!」
前鬼が反対をする。
「守ってくれるのだろう?」
白妙はしらっと言った。
鬼達は、彼女には逆らえないのだ。
「子供が飢えるのも、餌にされるのも嫌いだ。何が出来るかは分からないが、捨ててはおけない…。」
鬼達は、ため息を吐きながら笑っていた。
「それでこそ、慈悲深い明王様の御子でございますね。」
「呆れたか?」
「いえ、感心しておるのですよ…。」
白妙は、以前着ていたようなボロを纏った。
そして、村の中を彷徨う。
「これ、その娘よ…。」
声をかけてきたのは、地主の家の者だった。
白妙は、屋敷に連れて行かれて、縄で自由を奪われた。
「少々汚いが、子供は子供…お前にはすまぬと思うが、これもこの家の為。」
白妙は担がれて離れへと連れて行かれた。
その離れで白妙は後鬼の言っていたそのものを目にした。
(なるほど、太った水あめのお化けだな。)
白妙は、その化け物と2人きりになった。
「震えることも忘れたか…。」
化け物が言った。
「お前は我の腹の中で溶かしてやろう。」
白妙はすくっと立ち上がった。
縄は解かれており、化け物は焦った声を出した。
「な、お、お前は…。なぜ、この結界の中で動けるのだ!」
白妙は、胸に手を置く。
「お前が鬼姫とは、笑わせる。本当の鬼姫の力を思い知るがよい。」
大きな爆発が起こった。地主の屋敷が粉々になるほどの爆発であった。
呆然とする地主を屋敷の外へ連れて行く大きな手。
「地主様、一体何が…。」
群がる村人。そこへ馬に乗った役人がやって来た。
「豪族・範素だな。税の課税徴収の件で取り調べる事がある。直ちに来られよ。」
「な、…何と?」
「お上の方に、垂れ込みがあったのだ。そなたは、化け物と手を組み、民を苦しめ、人の命さえ、己の為に化け物に捧げているとな…。」
地主はガクガクと震える足で立ち上がることができなかった。
村人は呆然とその光景を見つめている。
「米だ!米だぞ!!」
誰かが叫んだ。壊れた塀の向こうに顕になった蔵。
その蔵の壁も壊され中に貯蔵されていた膨大な米俵が顔を覗かせていた。
「地主は、化け物に米を捧げていた。そのためには、お前達に更なる課税と称し、米を確保しなければならなかった。詳しくは、あの男が知っている。」
年端も行かぬ少女が戸惑っている村人に説いた。
彼女が指差した方に、屋敷の者が大男に囚われてうな垂れていた。
「この米は、そなた達のモノ。と、言うわけだ。あの地主は裁かれ、この地に新たな指導者が来るまで、皆で話し合いをするがよい。」
「あ、あなた様の名は…。」
幼いが威厳に満ちた眼差しの少女に1人の母親が尋ねた。腕の中には赤子を抱えている。
「私は、鬼…。人とは交えぬ運命の者…その子が幸せに育つ事を祈る。」
去っていく少女の後を4人の男が付いていった。
白妙は、自らの居場所を探すように各地を回った。
訪れた村や、町で苦しむ人を見る度に僅かながらも力を貸した。
人々の間に、『鬼姫』という義賊の存在が一筋の光のように浸透していった。
つづく




