吸い取られる感覚
「すまなかった…。」
山賊の男達はみな若く明らかに子供までいた。
「どういう理由であれ、人に暴力をふるって自分達の欲望を果たそうとするには、ココは清浄過ぎるの。だから、簡単に汚される。」
麒麟が語る言葉を口にする可燐。
「俺は、道義。」
リーダーをしていた男は、可燐と同い年だった。
山の麓にある村に住んでいたが、化け物に住むところを奪われた。
命からがら逃げてきた彼は、数名の村人と共に、山に篭り、生きていくために山賊になった。
「働き盛りの父親や、男達はみな国の徴兵に捕られた。残されたのは、女子供と病人と老人、そして、徴兵年齢に達してない俺達だけだ。」
「麓にあった村なら、結界の力を強くしたから、化け物は侵入できないよ。村に戻りなよ。」
可燐は紅蓮と共にした最後の結界を張る作業を思い出していた。
「ほんとか!…って、可燐は何者なんだ?」
戦いが終わると彼女の神と瞳の色は黒に変化した。
「内緒。けれど敵じゃないよ。」
道義に連れて行かれた無理矢理に作られた集落には、彼の言う通りの人しかいなかった。
「この山は今、あんた達のような欲望以外に何かが原因となって狂ってきている。麓の村より危険かもしれないんです。一刻も早く村に帰ってください。」
戸惑う人々。
「ココに来るまでに4つあった祠全てがその力を失っていました。社には、行かれましたか?」
誰もが皆首を振る。
「そう…。」
彼女は立ち上がった。
「可燐、何処に行くつもりなんだよ。」
「社を目指します。それが私仕事だから。」
「もう、日も暮れた!危険なんだったら、泊っていけよ。」
夕闇が辺りを包んでいく。
可燐ははじめての山の夜を過ごすことになった。
身を寄せ合って暮す人々の集落から少しはなれた大きな木の上で休むことにした。
青暗い夜空には、まん丸の月が大きな雲に隠れては顔を出していた。
この山の反対側に紅蓮がいるんだと思いを馳せる。
(どうぞ、紅蓮が無事でありますように…。)
月に祈る彼女は、突然大地を見下ろした。
(可燐。)
麒麟が彼女に声をかけた。
可燐は木の下を行く影に意識を集めた。
(この山の神気だよ、)
ちいさな青白い炎が大地に転々とあり、それがゆっくりと西の方角に動いている。
(何処に?)
麒麟が不安そうに言う。
(後を追うわ。)
足元を照らす光のような炎は、何かに操られているようだった。
(あの神気は、この山の祠の元になるものだよ。一個の祠に対して、あの神気の炎は、2つから3つ入ってるんだ。)
(じゃあ、私が治しても、その傍から抜けていくんじゃ意味ないじゃん!)
(うん、だから、止めなきゃ!!可燐、頑張って!)
いつも応援だけは、他の神獣に負けない麒麟であった。
(駄目だよ!麒麟も頑張るの!!私だけじゃ、何時まで経っても強くならないんだから!)
可燐が向かった先には、月の光の差し込む場所があった。
神気はその方向に向かっているようで、彼女は目を凝らした。
(あれ何だろう?)
青黒い蠢くものがその月光の下にあり、青白く光る神気はその蠢くものに吸い込まれていく。
(可燐!アレを止めないと…。)
麒麟が声を出す。
可燐の肌を刺すような禍々しい気配が黒い塊から発せられていた。
神気を取り込んだその物体は、倍々に巨大化しているようだった。
可燐はすぐさま剣を抜き、月光の下その物体に切りかかった。
月明かりが木々の間から歩く紅蓮を照らしていた。
可燐が自分と違う道を選んだことが彼には思っていた以上に辛いものだった。
(グジグジすんなよ…。)
「あー…?別に…まだ、4つやったよな…祠の修復…先が長いな…。」
紅蓮は少しでも可燐の負担を減らそうと寝る間も惜しんで先を急いでいた。
大急ぎで自分の方の祠の禊を終えて、今は可燐の道にある祠の禊を行っていた。
しかし、いかな紅蓮でも疲れはピークを迎えていた。
(社を越えて、可燐の取り分を上から減らすつもりでいるとはな。)
「うっさい…ほら、次見えたで。」
紅蓮は、着実に可燐へと進んでいた。
(可燐!大丈夫!!)
蠢く青黒い物体は思った以上に手ごわい相手だった。
かなりの氣を込めないとダメージを与えられないのだ。
(麒麟!大丈夫?)
(可燐こそ!!僕のコトは気にしないで!!固いけど、切れないわけじゃない!!がんばろう!可燐!!)
お互いを励ましあう。
麒麟は、ついこの間まで、戦いにおいて自信がなく、戦いにおいては消極的であった。
それに比べて、可燐は何においても、前向きで、攻撃的な考えを持っていた。
『攻撃は最大の防御である。』
それは、実の兄、芳際が剣の師匠から言われた言葉であった。
兄が信じた剣の道は、その懸命に修行をする兄を見て育った彼女に培われていた。
戦いに消極的な麒麟と積極的な可燐は戦いにおいて息が合わず、中々成長をしなかった。
しかし、紅蓮と別れて一人で山道を行くことに決めた可燐に麒麟は彼女の覚悟を知り、彼女の心に答えようとする想いが強くなってきていたのだ。
可燐は麒麟の声に答えるように最大の氣を込めて蠢く物体を切り裂いた。
悲鳴を上げて散りじりに消えていく敵。
可燐は呼吸を静かに整えていた。
(私は、紅蓮がいると甘えてしまう。兄さんの影だけを彼に重ねていたと思ったのに…、それができなくなっちゃった。)
1人の青年として紅蓮を意識してしまった以上、自分を妹だと思って接してくる紅蓮の傍にいることは辛い。
ならば、せめて彼や、仲間達の足手まといにならないように強くなりたい。
神の子として、1人の戦士として紅蓮の傍で居ることを望もうと可燐は考えていた。
(可燐はもっと強くなる…。)
麒麟はそう彼女の決意を感じて確信した。
(身体、汚れちゃったね…。)
可燐の身体には断絶魔の悲鳴を上げながら消えていった物体の返り血が少しであるがかかっていた。
(うん、でも、先を進むことにする。さっきの化け物がどこの祠の神気を吸い取っていたのかわからないんだもん、)
(あの山賊たちは?)
(大丈夫…彼らは、山を降りるわ。)
この山が彼らの里以上に危険であることは彼らに伝わっているはずだと可燐は思った。
休みながらも、山頂に向けて歩く可燐に異変が起き始めたのは、8日が過ぎた頃だった。
ほんの少し身体を起こすだけで息が上がる。
顔色も悪く、一歩も進めない時もあった。
(可燐、紅蓮を待とう?なんか、変だよ?)
今の可燐にとって紅蓮の名を出すことは逆効果であった。
「駄目!!紅蓮に助けを求めちゃ!仲間として認めてもらうんだから!!」
可燐の行ってきた祠の修復はあと少しを残すのみとなっていた。
(あと、少しなの…それを終えれば…神の子として出遅れた私を皆きっと認めてくれる。紅蓮の保護下から出られるの…。)
(だれも可燐をそんな風に思っていないよ?可燐はよくやってるよ?)
おかしいくらいに意固地になっている可燐の変化。
(どうして?どうして、可燐?僕の声が届かないの?君の心はこんなに紅蓮を求めて泣いているのに!!)
可燐が膝を付いて倒れた。
(可燐!!)
可燐が突然苦しみだした。
「痛っ…痛い!」
それは、可燐の身体についた化け物の返り血が起こす痛みだった。
どす黒く腕についた血は、青黒く鈍い光を出しながら全身に広がっていく。
(可燐!可燐!!このままじゃ、可燐の身体が壊れちゃうよ!彼女が死んでしまう!!)
化け物は可燐の身体を痛めつけていた。
神獣の宿る彼女の魂を傷付けることは出来なかっただろう。
どす黒く変化していく彼女に付いた返り血は、見る見るうちに範囲を広げていった。
「ああああああっ!」
可燐が苦痛に満ちた声を上げた。
青黒い物体が、彼女の身体から剥がれ落ち、空中で球体となった。
(可燐!)
大地に伏せた彼女は、流延と涙で身体をピクピクと震わせていた。
「馬鹿な娘だわ…。」
球体はグネグネと動き、人型をとった。
(黒尽くめの女!)
麒麟の声に可燐が僅かな反応をしめした。
「な…何故…神山に……入れるの…。」
微かな声を出す。
「愚かな人間どものお陰だね。ヤツラを村から追い出し、窮地に陥れれば、山を汚す行為をするに決まっている。ヤツラを介して私はこの山に1つの塊として存在していた。神気は、御館様の力を増幅させるために集めていた。でも、まあ…こんなに早く神の子が現れるとは思わなかったけどね。」
女はふっと鼻で笑った。
「神気を取り込んで、我が力に変換した私の身体をお前ごときが打ち破るとはね…。でも、私はたった1つの細胞だけ復活できるんだよ。ずっとお前の外側に張り付いて、お前が麒麟の力を使って、祠を修復しているのを見ていたよ。ちょっと、細工もしたけどね…。」
「細工?」
「そう、お前の身体がこの神山の聖なる氣を吸収できないように膜を貼らせて貰ったのさ。祠を修復するたびに力が抜けていっただろう?神山に居るのに辛かっただろう?今、お前の身体的生命力は、ほぼ空に近い。再びお前の身体に力が戻る前に死んでもらうよ。」
女の爪が音を立てて伸びた。
女はその爪を舌なめずりしてほくそ笑んでいる。
「さて、何処から刻んでやろうか…。」
可燐は指一本すら動かせなかった。
大地に伏せた状態でなすすべもなく命が終わるのを待つしかなかったのである。
女が可燐の元へゆっくりと歩み寄る。
可燐の中の神獣も彼女が動く意志を示さなければ動かせることはできない。
(可燐!可燐!!動いて!動こうとして!!力を貸すから!!)
可燐は閉じることもできない瞳で女の足を見ていた。
「さようなら…麒麟の御子。」
つづく




