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神の子  作者: 櫻塚森
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白虎の闘士

あれから14年。

慈音は、虎の仮面を被り、『白虎の闘士』として、花街を守っていた。

少年と言っても、すくすく伸びた身長は、女達の背を越し、力は神の子に相応しく、豪快で、風を使うという特技を要していた。

「こういう格好もそろそろ見納めね…。」

今日は、母の後輩である花魁、木蓮のため、彼は重い鬘と裾を引く赤い襦袢を身に纏っていた。

肌に塗られた白粉と母のさしてくれた紅が、彼を男であることを忘れさせるほどに美しく変身させている。

「そうだね、そろそろ骨ばってきたから…丸みのある姐さんたちのようにはいかないね。」

遊女に姿を変えた慈音にため息が聞こえてきた。

「夕顔姐さん…。」

「慈音も、そろそろ限界だねぇ?…すっかり男の方が強くなっちまった。お前が女なら、一気に太夫なのにさぁ…。」

「ははは。この格好はあくまでも姐さん達を守るためなんだから…。次の手からは、これ以外にしないとね…。」

胸に柔らかい綿を詰めていく。

最近、隣村の豪族頭が、花街に来るようになった。

堅物で、花街を毛嫌いしていた男が、木蓮太夫に一目惚れをしたというのだ。

お金もあり、上客だが、なんといっても独占欲が強すぎて、他の客を脅したり、隙あらば、太夫を連れ去ろうという狼藉を働くのだ。


繻子蘭が一線を退いて以降、木蓮太夫は花街の看板である。

おいそれと見受けしてもらっては困るし、何より、客という立場以外でその男と付き合うことを彼女が了承していないのだ。

「美津濃屋の木の葉が言ってたけどね、あっちの方も下手らしくてさ、乱暴なんだって…。しかも、短くて、早い。イイトコなしってしろもんらしいさね…太夫を呼べる財産があることは褒めてやってもさ、私でも願い下げだね…。」

夕顔はきっぱり言う。


花街の店には、ランクがある。

どんな男でも大丈夫である店とそうでない店があるのだ。

繻子蘭の経営する店は、最高級を自負しており、女を指名出来ても女には拒否権がある。

したくない男とは酒の席にも出ないし、もちろん、肌を重ねたりはしない。

それでもと望む場合は、相場の10倍を払わなくてはならない。

あまりの金額にその豪族頭は、木蓮太夫と酒の席だけの契約をした。

話をして、食事をして、酌をして、別れる。

それだけの行為の約束を初日に男は破ろうとした。

その時は、店に待機していた、警備の女達に締め上げられ、罰金まで払わされたというのに懲りないのだ。

「そのおっさん、今日は確実に来るんだよね。」

慈音は、恐ろしく身軽な少年で、愛らしく、花街の女達みなが、自分の息子や弟のように接していた。

「たぶん、憂さ晴らしだと思うよ。」

「憂さ?」

夕顔と、その横で双子の朝顔がくっと笑った。

「義賊だよ、東の山に住む鬼姫が、あいつの財産を奪って、町にばらまいたんだそうだ。」

鬼姫。

それは、東の山に住むという鬼を自在に操ると言われている化け物で、その化け物は、民を苦しめる役人や、税の徴収に厳しい豪族を襲い、貧しい人たちに施しをしているというのだ。

「花街の『白虎の闘士』ってところだね。化け物でもありがたい話さ。あの豪族の頭が暫く花街に来れなかったのは、財産を盗まれたからなんだって。さすがに女遊びにそれ以上の金を使うわけにもいかないからね。」

「太夫に会えない。でも、同じ街で同じ空気を吸いたい!!ってところだろうけど、あいつは油断を突いてくる酷い男だからね…慈音、あんたが、いくら男でも相手は、あんたよりガタイのいい男なんだから、油断は禁物だよ?」

「分かってるよ、朝顔姐さん。俺は、おっさんの身体にこの薬をぶち込めばいいんだろ?」

「そうそう、ケツの穴にでもさ!」

慈音は苦笑する。

「幾ら俺でも、それはイヤだなぁ…そんな趣味ないし…。」

「そうよ、朝顔ったら、慈音の筆降ろしは、あたしがするんだから!!」

突然の発言に室内はしんと静まり返った。

「な、何言ってんの!!あたしがするの!!」

怒りの抗議をしたのは、夕顔。

2人は、取っ組み合いの喧嘩をし始めた。

「ね、姐さん達、止めようよ、備品壊したら…。」

「ねぇ、慈音、夕顔なんかより、私の方がいいわよ?たくさん、教えてあげる!!」

「何言ってんの!私の方が、いいもの持ってるし、技術だって!」

その部屋に木蓮太夫が入って来た。

「太夫…。」

「騒がしいわよ…もうすぐ開店で忙しい時に騒いでいないで、きちんとなさい。」

この木蓮という太夫は、ほんわか癒し系の繻子蘭とは違う、キリッとした花魁である。

「ごめんなさい…太夫。」

2人はしゅんと頭を垂れていた。そこにやんわりとした木蓮の声が振ってきた。

「それに、慈音の筆降ろしは、私がするって約束なのよ?」

「「た、太夫!!」」

慈音は苦笑をしている。

「慈音、お前、モテモテね…。」

繻子蘭は、照れもせず、遊女達の話を聞いている息子に呆れた。

「なんか、ねぇ…姐さん達の気持ちは嬉しいんだけどさ…。」

「「「駄目よ!!」」」

慈音は、言葉を無くす。

襖を開けて、どっと倒れこむ遊女達。

「…。」

「さ、慈音。仕事に行きましょう。」

母は、複雑な気持ちで慈音の背中を押した。

「姐さん達、ありがとう!でも、喧嘩しないでね…。大切な身体に傷とか付いたらいけないよ?」

慈音の気遣いに女達は顔を赤らめた。

将来、彼はきっと誰もが欲しくなる男に成長するだろう。

母は、ふと凱斬のことを思った。


花魁の木蓮は、5つの時に2つ隣の村から両親に連れられてやってきた。

貧しい村では、自分の娘を花街に売りにくることも多く、彼女もその1人だった。

峰莉という両親のつけた名前は、花街の人間になったときに捨て、長の審査を受けて、花街の女となった。

木蓮は生まれがなんであれ、上品で、人目を引く美しい少女だった。

当時長であった、繻子蘭の母は、彼女を引込禿として、花街の自分の屋敷に招きいれた。

身請けした金は、両親の家を十分に潤した。

屋敷に入った木蓮は、花魁である繻子蘭の美しさに惹かれ、彼女のようになりたいと考えた。

凱漸との恋模様も彼女の憧れを掻き立てた。

「お前にも、お前だけを愛してくれる旦那様が現れるわよ。」

繻子蘭の言葉を信じて生きてきた。

愛する男が出来た時、花街を離れ、家庭に入る芸者や遊女も少なくない。

そんな女達も多く見送った木蓮は、この仕事が嫌いではなかったが、早く自分の旦那様が現れたらいいなと考えていた。


彼女が、6つの時、繻子蘭が慈音を産んだ。

こんなに綺麗な髪と瞳をした赤ん坊は見たことがないと彼女は毎日のように座敷の仕事の手伝いが終わると繻子蘭のもとを尋ねた。

花魁になることを約束されていた木蓮は毎日のように厳しい修行をこなし、14歳の年になった冬には、長の薦める客と夜を過ごした。

初めて男に抱かれた時は心まで壊れてしまったと思った。

親の為とはいえ、自分が何故こんなことをしなければならないのかと泣いた。

「逃げてもいいんだよ?」

長は、優しく言ってくれた。

芸者や、裏方の女として花街に残る道もある。そう教えてくれた。

しかし、それは、繻子蘭や慈音との別れを意味する。

花魁はこの街では別格なのだ。

自分を支えてくれるのが慈音の笑顔なんだと木蓮は思った。

彼の成長を見守る事ができるなら、花魁になることに抵抗はない。

彼女はそう考えて今もこの世界に生きていた。



「木蓮は、お前のことが大切で仕方ないからねぇ。」

繻子蘭の言葉に慈音は苦笑する。

「知ってる。太夫は、格別俺に優しいから…。でも…。」

年頃になった慈音には、木蓮も、夕顔も大好きな家族の一員で恋愛対象にはならない。

「分かってるわよ、あなたはいつかこの街を離れるんでしょう?」

それは、小さい頃から母と祖母にだけ告げていた事。

自分の内なる力が、この街には「慈音のすること」が、やがてなくなることを告げているということを。

「木蓮の思いは…慈音には重いわね。」

母のため息。

「早く、太夫に旦那が見つかるといいんだけど…寄ってくるのはどういうわけか…。」

ため息を吐く2人。

「慈音も早く、好きな子を作らないと…あの子もあんたを諦められないわよ。」

この言葉にも苦笑してしまう。

ずっとこの花街で暮してきて、家族同然に過ごしてきた彼女達の中に特別な感情を抱いてしまう相手はいなかった。

「街を出てからじゃないと無理だよ…。」

彼は苦笑するしかなかった。


慈音は、遊女の1人として座敷に上がっていた。

木蓮にしつこく付きまとう豪族の三浦という男は、ちびちびと酒を飲み、愚痴を零している。

「くそう!鬼姫め!必ず捕えて殺してやる…。」

「まぁ、物騒な話ですこと…。」

「物騒じゃねえ!あの小娘…綺麗な顔しやがって…俺の金をばら撒きやがって……。」

慈音は酌をしながら、小さな薬を食べ物の中に入れて、彼の口に運んだ。

「おっ、旨いな……んっ?お前は新顔か?」

男の太い腕が慈音の方に回される。

「はい…。」

「ほう…変った瞳の色をしておるなぁ…。色も白い…。よし、喰ってやろう…。」

男の顔が慈音の首筋に這う。

「ま、まぁ…お料理が冷めてしまいますわ…お楽しみは…また後で…。」

男の顔を押し返す。男の手が慈音の手を掴み自分自身に導く。

「なにを…ここはそういう…み…店だ…だろう…んっ?」

男のは見る見るうちに小さくなっていった。

「おっ…な…なんだ…おい、口でしてくれ。」

「旦那様?今日はもう駄目みたいですわよ…ほら…。」

男のモノが色を黒く変えている。

「ひっ!」

「御病気持ちの方は遠慮させてもらいます。」

慈音はすっと立ち上がり部屋を出て行った。

「慈音?」

心配して様子を見に来た母の前を通り過ぎる。

彼は洗面台へ駆け込んだ。

徐に手を洗い出す。

「めっちゃ、さむいぼっ!!」

鳥肌の立ったところを母に見せる。

「何が悲しくて、男のさわらなあかんねん!」

母が笑っている。

「で、どうなったの?旨く飲ませた?」

慈音は振り返る。

「ばっちし、っていうかめっちゃ効果早いから、助かった。」

ふうっと大きな息を吐いた。

慈音が飲ませたのは、素行の悪い客に遊女が飲ませる勃たせなくする薬である。

効果は一週間。

しかも、その間、男のは、病気になったように黒く変色するのだ。

この薬は花街お抱えの薬師が作り上げた傑作である。

薬の効果に男は自信をなくし、花街には来なくなるのだ。


木蓮をとりあえず、三浦から守る。

そのためには花街に来る理由をなくす。

ただ、酒をのんで、芸者達と遊ぶだけならいいが、三浦の望む“来る理由”がなくなる。

 

慈音は母に化粧を落とすために自宅に戻ると声を掛けるとその場を後にした。

時間はまだ早い。客も疎らで花街の活気はこれからというところ。

薄暗い夕闇の中、慈音は、花街の壁を飛び去っていく影を見た。

「なんだろう…。」

後を追いたい衝動ではあったが動きづらい自分の姿を思い、留めた。



つづく

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