旅の途中と男の事情
少々Hです。
「紅蓮、大丈夫かなぁ…。」
(気付いていたのか?)
玄武の社をでて、月凪の待つ静香に向かうところなのだが、慈音は、流刑島以降、何かに戸惑っていた紅蓮の様子が気になっていた。
「そりゃね…。」
(朱雀の御子には、麒麟の御子がいる…それより気をつけろ、このところ異界から強力な化け物が出て来ている。)
慈音の肌にも現れる化け物のランクが上がってきていることを感じさせる空気感があった。
(来るぞ!)
木々の間の空間が避けた。先程すれ違った、慈音のように山道を旅していた旅人が腰を抜かして、悲鳴を上げた。
(白虎!!)
慈音の身体が仄かな銀色のオーラに包まれ、手には、戟が握られた。
「早く逃げろ!!」
旅人を促すが、怯えて動けなくなっている彼を見て慈音は舌打ちをした。
「男だろ!!しっかりしろ!!」
慈音の厳しい言葉に旅人は最後の力を振り絞り、立ち上がった。
敵は、一つ目の狒々だった。
激しい雄たけびを上げて、長い手を振り下ろす。
木々は倒れ、大地が振動する。
足場を失った慈音は何とか立ち上がり戟を振り下ろすが、一度だけでは、化け物を倒すことができなかった。
(なっ!)
狒々は倒した木を慈音目掛けて投げてきた。
それを交わした慈音の隙を狙って攻撃をしてくる敵に避けることも出来ず、慈音はその鋭い爪の攻撃を腕に受けてしまった。
大地に倒れこんだ慈音。
脳裏に「死」という文字が浮かんだ。
(慈音、立て!)
白虎の声が遠くに聞こえていた。
その時、天上から降ってきた眩しいばかりの銀色の光が狒々の身体を突き刺した。
狒々の身体は、銀色の炎で焼かれた。
燻る火の中に大きな影があった。
薄れ行く意識の中、慈音はその影を見た。
(白虎?)
慈音は、夢の中で2匹の虎を見た。
一匹はいつも自分の中で声を掛けてくれている白と銀の被毛をもつ虎。
もう一匹は黒と銀の被毛を持つ虎だった。
「慈音、目が覚めたのか?」
白虎が声をかけて来た。
先程怪我をした腕の傷はない。
「慈音に拒否権はない。」
白虎の後ろで黒い虎が言った。
「あれは?」
そう尋ねる慈音の前に黒虎は歩み寄ってきた。
白虎よりも鋭い瞳。
その色は白虎と同じであった。
「あっ、もしかして、サッキの狒々から助けてもらったのですか?」
「夜叉の御子を傷付けた…。」
ぼそっと呟かれた言葉に慈音は顔をさっと青くした。
「お前さえ、もっとしっかりしていれば、夜叉の御子は傷付かずにすんだ。」
ぐさっと刺さる言葉の棘。
それは慈音自身が自覚していたことだった。
「今のお前では、夜叉の御子が蘇ってきた時に、また同じ鉄を踏む。」
慈音は顔を上げる。
「白妙が戻ってくるの!何時!!」
「あと、2年後…。」
「2年…?」
「そう、敵が静かにしているうちに、お前を鍛えねばならない。そのために私が来た。」
鋭い瞳。
「兄者…。」
慈音と黒虎の間に白虎が割って入った。
「兄者!慈音には、無理だ!我々を宿すなんて…。」
「迅風大帝の命だ…我々はそれに従うしかない。」
「しかし、それでは慈音が…。」
「それは我々には関係ない。大帝が恥をかかねばよいのだ。現世が一部でも邪黒の手に落ちるのは、天上界にとって、不都合だが、神々にとっては重要なことではない。」
慈音は、声を出した。
その声は少し小さかったため、白虎は聞き返した。
「2人を宿したら、強くなれるのか…?」
真っ直ぐに見つめる自分達と同じ緑色の瞳。
「今よりは、格段に。」
静かに答える黒虎。
「ただし、俺を宿すということは、暗黒の勢力からの誘惑が来るということ。」
白虎は、『光』、黒虎は『暗黒』の力を宿す。
迅風大帝は、この世界を全能神以外で唯一自由に駆け巡ることの出来る神である。
その迅風大帝が闇の世界を行く時に同行するのが黒虎である。
彼は常に迅風大帝を暗黒側に引き込もうとする勢力から守るため彼の傍にいた。
しかし、暗黒側は、迅風大帝を堕とす前に、彼を暗黒側に引き込もうとしてくるのだ。
天上界にいる限り、迅風大帝の傍にいる限り、暗黒に彼が引き寄せられることはないが、御子の身体、陰の性質である人の身体に入るということは暗黒側の勢力がここぞとばかりに彼を誘うことになるのだ。
「大丈夫…白妙を守るためなら、そんなコト気にしない。俺は、暗黒には堕ちない。」
力強い瞳と声。
「では、我らの力をお前に捧げよう。しかし、お前が暗黒に堕ちた瞬間、我等は天上界に戻る…それでよいな…。」
「兄者!」
慈音は頷いた。
2つの神獣を宿した慈音の体調は、最悪だった。
夜は、祠に触れていないと、暗黒勢力からの魔の手が彼の魂を捕えようとし、昼間は化け物からの攻撃。
白虎と黒虎の意見が割れて、頭が割れるほど痛くなった時もあった。
静香の街がやけに遠い。
「月凪…待ってるだろうな…。」
(余所見をするな!)
「は、はい!」
戦いが常に修行の場となった。
黒虎の指導はとても厳しく、慈音の腕を上げるためなら、時間を惜しまなかった。
「だからって、静香の街に来るまでに2ヶ月以上かかって未だに辿り着いてないんだけど。」
(愚痴をこぼすな…お前はまだ弱い。)
「でもさ、このままだと雷紋に殴られそう…。」
(迦陵頻迦の御子はそれほど、弱くはない。それに、彼女には冥界の番犬がついている。お前は、自分のことも満足にできていないのに、人の心配をするな。)
淡々と語る黒虎。
(そんなことはないぞ!慈音はよくやってる!)
慈音は噴出してしまった。
(何を笑う?)
「飴と鞭だよね、黒と白は。」
何時からか、慈音は、白虎を『白』、黒虎を『黒』と呼ぶようになっていた。
黒虎は最初にそう呼ばれた時はさすがに反論したが、暫く一緒の時を過ごしているうちに言うのも諦めていた。
(慈音は、そういうヤツだ。…兄者、きっと慈音はアイツのようにはならない。)
以前、何代か前の白虎の御子の中にも今回のように、邪黒本体の一部が現れ、白虎だけでは御子の力不足が生じた時があった。
黒虎はその御子の中に入ったが、時が経つほどに彼は暗黒に引っ張っていかれた。
何とか邪黒の封じ込めたが、彼は暗黒に引きずられ、魂を喰われた。
その時に、黒虎は二度と人の中には入りたくないと迅風大帝に言ったのだが、
(主は、忘れっぽいからな…。)
(大丈夫だって…。)
慈音は、とある村の宿屋に一泊することになった。
花街ほどではないが、小さな遊郭があるらしく、ときおり白粉の懐かしい香がした。
「失礼します。」
宿屋の主人が、若い娘を数人連れて入って来た。
「えっ?何ですか?」
のんびり寝ていた慈音は身体を起こす。娘達は、慈音を確認すると頬を赤らめ、はしゃいでいる。
「あ、あの?」
「この娘達の中から、1人あなた様の世話をさせていただくのです。お選びください。」
慈音がぎょっとした顔をした。慈音が化け物を倒し、沢山の金を持っていると分かったのだろう。
手を擦り合わせて腰も低く媚を売ってきた。
「い、いりませんから!!俺、1人で何でも出来るんで!」
「ええっ!それは困ります!!誰かを選んでいただかないと、この子達は、今日食べる飯さえも…。」
手で顔を隠してなく真似をする娘達。
「え、でも、本当に必要ないんです。お金は払うので、一人にしてください。」
「そうですか…では、雪!この方が何か用事を言われたら、キチンとお世話をするように、廊下で控えているんだぞ。」
1人の娘が頭を下げた。宿の主人と娘たちは下がっていった。
厠にいこうと襖を開けて驚いた。娘は冷たい廊下に正座をしていた。
「えっ、ココにいたんですか?」
娘は泣きそうな顔で慈音を見上げた。
「と、とりあえず、中に入って座っててください。ココは冷たいですから。」
にこっと笑った娘は立ち上がったが、足がしびれていたようで、慈音に凭れかかった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…。」
娘の手の平がすっと慈音の股間をかすった。
「えっ?」
「えっ?」
お互いに顔を見合わせる。
「あ、厠に行ってくるので…。」
慈音は、首をかしげながら、廊下の向こうに消えた。残された娘が舌なめずりをしているとも知らずに。
(早くも、女難の相が現れてる。)
白の言葉に慈音が洗っていた手を止める。
(あれって、やっぱりわざと?)
娘の手の平が自分のモノの形を探るように一瞬触れたように感じたのだ。
慈音はため息を吐いた。
「なっ!」
部屋に帰ってびっくりした。
しっかりと寝床が出来上がっていたのだ。
布団の傍には三つ指ついて待っている白い寝巻き姿の娘。
「こ、これは、どういうことですか?」
娘は顔を上げた。その顔は、先程までの頼りない娘の表情ではなく、女の顔だった。
「旅の方は、お若いですから、お食事の前に、どうかと思いまして。ささっ、こちらへ…。」
「あ、ああの!ココって遊郭じゃないですよね?」
「まあ、当たり前です。上客さまへの特別奉仕ですわ。」
「じゃ、その特別奉仕止めてくださっいィ~!!」
入り口で戸惑っている慈音の背中をどんと突き飛ばした者がいた。
「ごゆっくり~。」
慈音は布団にいた娘の身体の上に乗ってしまった。
「まあ、積極的な方…。」
慈音がワタワタしているうちに娘の手が再び慈音の股間を触りだす。
「わわっ。」
「あら、大きいっ…。コレが勃ったら、どれくらいになるのかしら?」
(慈音、早いところ逃げないと木蓮太夫の二の舞だぞ?)
白の苦笑いの言葉。
(これほどとはな…。)
黒の失笑も聞こえる。
巧みな指使いに慈音は泣きそうだった。
彼の顔は豊かな娘の胸に埋もれて息もしにくい状態だ。
「だ、だめだって!」
慈音は力の限りで起き上がった。
「あんっ。」
娘は布団に横になって慈音を見上げている。
「お客様…。」
「や、宿を変えます。っていうか、なんなんだ!!ココは!!」
慈音は自分の小さな荷物を手に取ると勢いよく襖を開けた。
そこには、驚いた表情をした宿の主人と一緒に来ていた娘達がいた。
「お、お客様!雪は気に入らなかったでしょうか。」
慈音はきっと彼を睨んで宿を出て行った。
(いいのか?今日はゆっくり布団で休みたかったのだろう?)
「あの状態で休めると思う?っていうか、黒、笑いすぎ。」
慈音を誘う遊女の誘惑を避けながら、村を出た。
(慈音?)
「何だよ、」
(この辺りは、火山の影響で温泉があるらしい。)
「?」
(結界を張っていてやるから、ゆっくり浸かるといいってこと。)
黒と白の申し出に、慈音は街から少し離れた山に沸く天然の温泉に身を委ねた。
(女難の相は続くのか?勘弁してほしい…俺には、白妙しかいらないのに…。)
ため息を吐いて頭まで湯の中に浸かる。彼女を思うと胸が切なくなる。
自分のせいで傷つけてしまった彼女。やっと、自分に振り向いてくれたのに…。
ふと、先程の娘に触られた感触が蘇った。
(あれが、白妙だったら…。)
慈音は、岩に腰を掛け、自慰に耽った。
「くそっ…。」
精を放った後、自己嫌悪に落ちた。大きなため息。
(人と言うのは、めんどくさい生き物だな。)
「く、黒!!い、何時からそこに!!」
慈音は真っ赤になって湯の中に落ちた。
(お前の中が我らの寝床。傍にいるのは当たり前であろう。少し寝たら、また修行だぞ…。)
水音を立てて慈音が水面から顔を出した。
(白妙…早く会いたいよ…。)
天を見上げると満月が輝いていた。
つづく




