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神の子  作者: 櫻塚森
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色街の虎

花街。

そこは、女が春を売る街。男に一時の夢を与えてくれる街。

煌びやかな衣装と化粧に身を包み、男達を快楽へと誘う街。


 ここは、昔から国の立ち入りをよしとはしない街。

住んでいる8割が女ということもあって、仕切るのも、トラブルから女達を守るのも主として、女である。

そのためかこの街の女達は心も身体も強く、ほとんどの者が、身を守るために剣や武道を身に付け、歴史を作ってきた。

花街の長は、国の派遣してきた役人達を恐れず、働く者達が一番暮しやすい環境を提供することを心がけ、女達の不利益になることは、決してしようとしない。だから、役人とのトラブルが耐えない時がある。

女が中心で動く街だからこそ、治安を守るために警備隊なるものも独自に作り上げていた。

腕力で女達を従わせようとする役人や、狼藉を働く男達から、働く遊女や芸者達を守るためだ。

しかし、警備隊が手を焼く者も現れることがあり、そのような狼藉者の為に商売が出来ない時もあった。


そんな彼女達の救世主がある日、突然に現れた。

颯爽と現れ、消えていくその救世主を人々は『白虎の闘士』と呼んでいた。

何故白虎なのかと言うと、花街の女達が信仰する神獣が『白虎』であり、颯爽とした『白虎の闘士』の戦い方は、白虎の操る神風のようだったからだ。

その『白虎の闘士』は、花街の希望となった。

 

「ただいま…。繻子蘭…。」

男は、床の間の掛け軸を上げて入って来た。香ってくるのは白粉の匂い。

出迎えた女は豪華絢爛の衣装を身に纏い、振り向いた。

女の名は、繻子蘭。花街一の花魁である。

「おかえりなさいませ…、旦那様。」

男は、彼女の身体を抱き寄せて熱い口付けを交わした。

「少し遅いので心配致しました…。」

男の名は、凱漸。

長身で美しい男が、繻子蘭のところに訪れるのは、春先の今の時期だけである。

彼は、元々はこの花街を訪れた旅人であった。

ただの旅人のような姿をしても男には気品があり、繻子蘭には彼が身分の高い男であることは分かっていた。

それとなく尋ねた彼女に彼は、旅と言っても、父親や兄から頼まれた各地の視察であることを告げた。

その旅にも飽きてきた頃、兼ねてから、都で噂になっていた花街に立ち寄ってみることにした。

女達が優雅に舞う姿を見て、一時の旅の疲れを取るつもりで訪れたこの街で、凱漸は、生まれて初めての『花魁道中』を見た。

そして、その中心で歩き人々の喝采を浴びていた繻子蘭に一目惚れをしたのだ。

彼は、元々財産のある身であったため、彼女を手に入れるためにアレコレと贈り物を贈ったり、故郷に帰ることも視察中の身である事も忘れて彼女の所に通い詰めたのである。

そして、一ヶ月以上経った頃、彼は彼女の心をようやく手に入れたのだ。


花街の華やかな世界の裏には、色々なトラブルがある。

凱漸は、彼女と付き合うようになってから彼女達の助けがしたいと考えていた。

無理難題を言ってくる客や、税金を国の定める基準以上に徴収しようとする役人。

なにより、繻子蘭を狙っている高官達から、彼女を守りたかった。

そう決意した彼は、花街で働く少ない、かつ信頼のできる男達と『白虎の闘士』として、彼女達を影から支えていこうとした。


春先しか訪れる事のできない自分の代わりに、腕に覚えのある、花街の女を妻に持つ男達が交互に『闘士』をする。

そうして、花街の秩序は守られていった。



2人は、花街の西にある屋敷に住むようになっていた。

この屋敷は繻子蘭に貢いだ男達が落としていった金で建てられた豪華なもので、この街の長である繻子蘭の母と、贔屓にしている引込禿ひきこみかむろが暮している。

繻子蘭が将来を共にするに相応しい相手を見つけたことを知った母は、彼女の引退を決めたが、引退を悔やむ多くの声や、あまりの人気に『花魁道中』だけは彼女に頼んでいた。

屋敷に帰ってきた凱漸を出迎えた彼女が花魁の姿をしていたのは、『おねり』のためで、彼の帰りを待っていた彼女は、仕事を終えて帰ってきた凱漸とゆったりとした時間を露天風呂で過ごすことにした。

「繻子蘭…君に言わねばならないことがある。」

湯に浸かり彼女の身体を横に、彼は酒を一口飲んだ。

「何ですの?」

「この春が終われば、暫くここには来られない。」

彼女の酌をしていた手が止まった。

「父と兄の仕事を手伝わねばならない。短くとも…3年は…来られない。」

彼女はため息をついてから、にっこりと笑った。

「私は、花街の花魁です。旦那様の留守を守れぬとお思いで?」

凱漸は彼女を強く抱きしめた。

「必ず、帰ってくる。その時には、お前だけの凱漸となって来よう…。」

花魁の姿を解き、自分にしか見せない姿となっている彼女の背中に口を付ける。

凱漸が故郷で何をしているのか、繻子蘭はあえて聞かなかった。

しかし、その名に聞き覚えがないとは言えないほど彼の身分の高さを分かっていた。

一時の戯れでもよいのだと割り切って毎年春先のこの時期を共に過ごしていた。

(たとえ、あなたが二度と戻らなくても…私はあなただけを思って生きていきましょう。)

心の中で繻子蘭は呟いていた。


春が終わり、凱漸は花街を去って行った。

相変わらず起こるトラブルに『白虎の闘士』は現れ、トラブルを跳ね返していたが、そこに愛しい男の姿は見ることが出来なかった。


凱漸が花街を去ったあと、繻子蘭は、母になった。

子供を宿している事に気付いたのは凱漸が去ってからのことで、彼女は、それもまた仕方ないことなのだと考えた。

繻子蘭には、帰ってこない人の子供を生み育てることへの迷いはなかった。

花魁を完全に引退し、母の後を継ぎこの花街を守っていくためには、自分の心を支えてくれる存在が必要だったからだ。

あの人はもう、帰ってこないという考えを持っていても、大きくなるお腹を摩りながらきっと生まれてくるのは、あの人に似た男の子で、彼は、きっと喜んで優しい笑顔を見せてくれることだろう。

などと思っては、頭の中で打ち消した。

「慈しむ音色…あの人は、私の琴の音をこう言ってくれた。」 

彼女の考えに母も、花街の女達もあえて何も言わず、これから生まれてくる子供を大切に育てていこうと考えていた。


生まれたのは、男の子だった。


生まれた彼の姿は、生んだ繻子蘭をも驚かせた。

それは、髪の毛が銀色で、瞳が淡い青と緑の混じった色だったからだ。

少しばかり、髪の色や瞳の色が違うからと言って、花街の人達は彼を異端視しなかった。

それには、『白虎』という存在が大きく関わっていたからだ。

その関わりが人々の戸惑いと驚きの心を落ち着かせた。

銀の毛に碧い色の瞳。

この色合いが、彼女達が信仰する『白虎』の姿と重なっていた。

そこやかしこで描かれている白虎は、全てこの色合いで、その姿を想像しない者など花街には存在しなかったからだ。

しかも、生まれた赤子の胸元には、『虎』の文字。

「きっと、この子は、神様が使わした子供なんだよ。」

長を引退した母に言われ、繻子蘭は、彼が生まれてきたことに感謝した。

王族に古くから伝わる古文書の内容などを花街の女達が知っているわけもなく、慈音と名付けられた少年は、女達に愛され、逞しく育っていった。



つづく

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