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神の子  作者: 櫻塚森
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すべての知を得る者

甲村から西南に入った所に流通が盛んな彩町がある。

少し内陸にはいった土地であったが、大きな河川が、交通の手段となっていた。

数年前までは、大きな河を流通の手段と考えてもいなかった彩町は貧しかった。

コレと言った産業もなく、農業をするにしても、塩分の強すぎる河から水を引くことができず、なんとかせねば、国に対して納税もできないほどの貧しい町だった。

 

そんな町の町長のところに14年前男の子が生まれた。

落雷の激しい夜に生まれた彼には雷紋という名前が付けられた。

彼は、白い髪に白い瞳を持ち生まれた。

父や母はこの子は目が見えないのではないかと心配したが、それは杞憂に終わった。

努力家で、皆に慕われる父親と優しい母親に囲まれて育った彼は、1歳にして人の言葉を理解し、3歳の頃には、難しい経済や政治の本を読み始めていた。

 しかし、雷紋は、その天才的な姿を彼は両親以外に見せることはなく、祖父母の前でさえ、普通の赤子として暮す両親には戸惑いを与える少し変った子供だった。

自分の息子に人らしからぬ光を感じた両親は、雷紋の言葉を神の言葉とし、時に話し合いながら、暮していた。

「髪を染める?」

突然、息子が言った。

白い髪に白い瞳。

これでは、両親はともかく、周囲の者は自分を腫れ物のように扱うだろう。

ならば、少しでも普通の人の容姿に近付ける必要がある、そう言ったのだ。

両親は、彼の言うがまま彼の毛を黒く染め上げ、人々には弱視であると告げさせた。


両親は、雷紋が喋り始めた時からこの子が本来の姿をさらしているのは自分達だけで、それには何か訳があるからではないかと感じていた。

今から思えばそれは普通の人間としては驚く行為で、祖父母の前でも、雷紋の天才ぶりや、実は、視力がよいことなどは秘密ということにしていた。

妻は、雷紋が2歳を過ぎた頃より、彼の胸元に、印鑑で押されたような『澤』という文字が浮かび上がってきたことを発見した。

その時にようやく、父と母は、雷紋が常軌を逸した成長の理由がココにあるのではないかと書物を調べ上げ、古から伝わる神の子ではないかと思い始めた。

しかし、都に保管されているという古文書の内容を一介の町長が閲覧など出来ず、はっきりとした確証など持っていなかった。

そのような経緯があったが、我が子を怖がったり、妙に敬ったりすることもなく2人は普通の子供にせっするように雷紋を育てることを決心した。

『澤』という文字を持つ神の子がいると町の神官に聞いたりもしたが、かの神は道祖神として奉られているということしか分からなかった。

 


そんなある夕食の席で、父親は母の胸に抱かれる息子に尋ねた。

今は親子水入らずであり、彼も言葉を発してくれるだろうと考えたからだ。

「その胸の文字は、何を示しているのかね…。」

息子はニヤッと笑うと胸に手を当てた。

「ようやく、聞く気になったようじゃのう…。我の名は、白澤。神のお告げによりこの雷紋の中に住んでおる。雷紋自身はまだ、話すことも本を読むこともままならぬ赤子なれども、いずれ、天の為に働かねばならぬ身よ。欲深い者達に攫われてもいかんのでな、お前達以外の前では、本来の赤子でおることにしたのじゃよ。」

饒舌な口調で話す、2歳の息子に両親は言葉を失いかけた。

「は、白澤さま…な、何故我が子に…。」

「こやつにはな、わしが入らんでもいずれ、天才と呼ばれるまでの聡明な男になる未来が待っておった。じゃが、その頭脳は神が、わしが入るために用意した器なんじゃ。初めから決められてたのじゃよ。いずれ、雷紋の自我がはっきりすればわしは、こやつの中で、こやつが必要とする時以外は眠りに入る。しかし、それまでの間、この聡明な白澤さまのいる町がこんなに寂れていては、こやつの将来にも関わるのでな。ちょいと気になって出て来てしもうたんじゃ。しばらくしたら、知恵でもを授けようと思うてのう。」

「知恵でございますか?」

「そう、この町が納税に苦しまず、民が飢える事のない平和な町なる知恵をな。」


白澤は、雷紋の父親に、河の水で塩を作る技術を教え、今まででは考えられなかった荒波にも耐えられる船の技術を書面にしるし、貿易の為の船を作り上げた。

彩町を流れる河川は、彩町の土壌によるものか、その辺りだけ塩分の強い性質となっていた。

白澤により伝えられた塩の製法は考えていたよりも上等の塩を作り上げ、それは、都に献上され高値で取引されるようになった。

そして塩分を取り除いた水と土で開墾し、農作物も育つようになった。

彩町は、白澤から得られた知恵で貿易の盛んな町へと変貌して行ったのだった。


「父上、母上、俺は旅に出ようと思います。」

14歳になった雷紋が両親にそう継げたのは春先のことだった。

10歳を越える頃には白澤は彼の中で眠る時間が長くなってきたらしく、町長である父の質問には雷紋が答えるようになっていた。

「そうか、その時が来たのか…。」

雷紋がいずれ旅に出ることは分かっていた。

読書ばかりしていた雷紋にとって、本の中の世界だけでは物足りなくなってしまったのだ。

「実際に目で見て、手で触れてこの国というモノを知りたいと思っております。」

息子の逞しい成長に目を細める両親。

彩町の民は、雷紋の中に住む神獣のコトは知らないが、彼が恐ろしく聡明であることは理解しており、一部のモノの中には彼は、目も見えていないし、化け物の出る町の外に彼が旅に出ることに反対する者もいた。

しかし、両親はその者達を説得させ、旅立ちの応援をしてくれたのだ。

「万が一、何か困る事があれば、イズチを呼び寄せてください。きっと私の元に文を届けてくれるでしょう。」

イズチとは、白澤と雷紋の聡明さに惹かれ、一番弟子を名乗っているイタチで、独自の空間移動の術を持っていた。


 両親は旅の間、彼が不自由をしないように十分な金貨を持たせようとしたが、雷紋は僅かな金貨しか持って行こうとはしなかった。

「山には、山賊が出るといいますし、昨今は、町近くに化け物が出没していると聞きます。もし、殺されでもしたら、お金がもったいないですし、化け物は倒されると欲の象徴、金貨になってしまうと聞いてます。だから、大丈夫ですよ。」

雷紋は、生まれたときに白澤が神から貰ったという“雷の力”を持っていた。

その上に弓矢の腕も確かなため、何も心配はいらないと両親を説得した。

かくして、彼は、まだ見ぬ世界に旅立ったのだった。


つづく

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