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神の子  作者: 櫻塚森
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親達の苦悩

凱漸幽閉の噂は、遠く西方になる花街にも届き、いつも冷静な繻子蘭の心を乱してた。

(旦那様…。)

しかも、国からの、髪の色、瞳の色の違う子供を見たならば、役人に引き渡すようにとの命が降りてきた。

役人達は、慈音の行方について彼女や、花街の女達を取り調べる毎日を送るようになった。

「一体、慈音が何をしたって言うのですか!」

詰め寄る繻子蘭に役人達は、『国からの命』としか言わない。

街の女達のアイドル的存在だった慈音の情報を売るものは居らず、役人達は、苦労を強いられていた。

「旅に出た息子からの便りなんてありませんよ、全く薄情な子で…、御不満なら、家捜しでもなんでもしたらどうです?」

繻子蘭のもとに慈音からの便りが届いたのは一度きり。

飛蝶街で、2人の御子に出会ったというモノだった。

しかも、それは、イズナという鼬によって齎せた不思議な便りで、手元には何も残っていなかった。

何とか、慈音達の行方を知りたいと思っていた役人は、ぼそっと漏らした。

「国に災いを呼ぶ存在だとのことだというのに…。」

何度目かの追求で役人の1人が言った。

(子供たちから聞いたことと違う。あの子達は、神様に祝福された子達のはず…。)

旅立ちの日に語られた神の子のこと、やがて訪れるであろう国の危機。

自分と彼の子供である慈音が嘘を吐くわけがないと繻子蘭は確信している。

(あー、イライラするわ…いっそのこと、旦那様に会いに行こうかしら…。放蕩息子はまったく便りを寄越さないし…。)

凱漸のことに加えて、慈音や白妙のことも心配の種になっていた。

「お前が繻子蘭かい?」

振り返った先に黒尽くめの女がいた。

1人で考え事をしたいと部屋に引きこもっていた彼女の元に。

「誰?」

ちりちりと肌に警告を知らせる感覚が襲う。

「凱漸皇子に逢いたくはないかい?」

愛しい夫の名前に繻子蘭は目を細める。

「何?あなたは何者なの…。国の遣いの方にしては、禍々しいわよ、その雰囲気。」

フードに隠れて見えないのに女が舐めるように自分を見ていることへの不快感が繻子蘭を襲う。

「出て行ってくれないかしら?ここは関係者以外立ち入り、」

いい終わらないうちに女が言った。

「神の子を産んだ女…。」

「えっ?」

女の伸ばした手から黒い霧のようなものが出て、部屋を包んでいく。

「…?!」

繻子蘭は意識を失った。


「今頃、雷紋はどうしているかしら?」

彩の町の長の妻・美鶴は、夫・彩紋の服の繕いをしながら呟いていた。

彼が出て行ってからも、村は平穏そのモノだ。

時々知らせてくれるイズナが雷紋の無事を知らせてくれたいた。

しかし、ここ数週間全くの便りがなく、夫婦は心配していたのだ。

その上に国から回ってきた「御触れ」に夫婦は戸惑いを見せていた。

不安を隠せない美鶴に彩紋は言った。

「あの子は聡い子だ、白澤様の言いつけを守り、ちゃんとやってるさ。」

村人も、誰一人として雷紋が目が見えていることは知らないし、彼の髪が白いのは、幼い頃の病気が原因だと思っている。

「そうよね、あの子は、病気に侵されて、白髪と盲目になったってことが通じていたもの。私達以外の誰も雷紋の正体には気付いてないわ。」

自分を納得させるように呟く妻。

それにしても、と長である彩紋は思った。

白澤から聞いた、神の子の存在と国が思っている神の子というものがまるで違う方向を向いているのではないかと。

神の子を捜していると風の噂で聞いた凱漸皇子が反逆罪で投獄されたとも聞いた。

「一体何が起こっているのか…。」

「一番最近の便りでは、雷紋は、5人の神の子と出会ったと言っていたわ。あの子を含めてあと、2人よね…すぐに見つかるわ…、でも…。」

雷紋は弓術は得意だったが、あまり、喧嘩などをしたこともない子だったから、もし、化け物に襲われでもしたら、他の子に迷惑をかけないか。それも心配の1つだった。

「危うきに自ら近寄る子ではないが、お前に似て、運動神経が鈍いからなぁ…。」

彩紋の言葉に妻・美鶴は、頬を膨らまして拗ねていた。

その表情に夫は、穏やかな笑顔を見せる。

(あぁ、私を気遣ってくれたのね。)

美鶴も自然に微笑んでいた。

夫婦の絆はとても強いものだった。

雷紋が彼らを自慢にし、敬愛していた理由の1つである。

「あの子は、きっと上手くやってるさ。」

呟いた長に答える声があった。

「お前達が、神の子の親かい?」

振り向いた先に黒尽くめの女。

彩紋は、美鶴を庇うように女の前に立った。

「何者だ!!」

気配もなく現れた女に異様な気を感じる夫婦。

「一緒に来てもらうよ。」

黒い霧のようなものが部屋に立ちこめる。

「?!」

雷紋の両親は、意識を失った。


「退屈だわ…。」

飛蝶街の賭博場を構える店の住居部分で、明るい街を見ながら、美麗は呟いた。

彼女は、月凪が消えて以来、何をしても退屈で仕方なかった。

確かに、欲に目が眩み、紅蓮と月凪のもとを飛び出した。

贅沢をさせてくれるという賭博場の店主に調子に乗って、自分の娘のことを話した。

まだ、共に暮している頃、幼い月凪の歌を聞くことが好きだった。

可愛い歌声は、自分の欲に塗れたこの感情を癒し、家族と暮していくことの大切さを教えてくれた。

飛蝶街に来たのだって、本当は夫の仕事の手伝いのためだった。

賭博場に店主に依頼された金の髪飾りを届けに行って、引き止められたのだ。

本来囲うはずだった女を店主は捨てさり、美麗を囲った。

子供や、夫のことが気になり、何度も抜け出そうとしたが、その度に店主は見たこともないような贈り物をした。

美麗は、それでも、夫や月凪、紅蓮の元へ帰ろうとした。

しかし、そう申し出た彼女に店主は、贈り物の代金を全て美麗の借金だし、払えないのなら、家族から根こそぎ貰うと言い出した。

美麗は動くことができなかった。

『夫を、家族を捨ててしまった。』

小さな村だ、きっと自分のコトは悪く言われているだろう、ならば、もっと悪女になってやる。

彼女は自分の思いを素直に言うことのできない女だった。

案の定、美麗が村を出たという悪評は村に蔓延し、紅蓮も月凪も母に対して何の未練も持たなくなっていた。

店を出て行きさえしなければ、店主は扱いやすい男だった。

肌を許してもないのに、次々に要求をしてくる美麗の言うがまま店の規模を広げ、成功していった。


美麗には商才があった。

店主はますます彼女を手放さなくなった。

そんな生活の中、ふと月凪の歌が聞きたいと思った。

それは、自分の夫の死を知った時だった。

(あの人の死に目にも会えなかった…。)

店主は意気消沈している美麗の独り言を真に受けた。

店の改装と言って、店の右前の窓を壊し、店主はそこに大きな鳥かごを取り付けた。

そして、数日後に店主は、月凪を攫ってきたのだ。

「ど、どういうこと?」

「美麗《お前》が、月凪の歌を聞きたいと言ったからだよ、気に入ってくれたかい?」

ふわふわの衣装に鉄球のついた足枷を付けた月凪は、鳥かごの中の鳥のように歌いことを強いられた。

怯える様にしていた彼女は、美麗を見るなり、憎しみとも取れる視線で睨みつけてきた。

店主に、月凪を村に返すように願い出たが、店主は、月凪が金になると踏み、それを拒否した。


村に紅蓮を1人にしてしまった。

自分は子供達にとんでもない苦労を負わせてしまった。

美麗はそう思っているくせに月凪には冷たい言葉しかかけられず、彼女を取り返しに来た紅蓮を見て無理難題を言う店主に従ってしまった。

(バカな母親だわ…。)

美麗は、月凪を取り返すために来た紅蓮を見て、泣きそうになった。

それは、彼が死んでいった夫に似てきたから。

雷紋が月凪を自由にした時、内心美麗はホッとしていた。

長年染み付いていた憎まれ口をたたく口は、最後まで変わらず、店を出て行く月凪を見つめることしかできなかった。

国から、髪や毛色の違う子供を役人に引き渡せとの命が来た時、美麗はひたすら月凪の無事を祈った。

店主は、お上の取調べにイヤってほど、月凪のことを話した。

月凪を連れ去った盲目の少年のことも。

やがて、月凪は役人に連れて行かれるのかと思うと店主が心底憎かった。

おそらく、紅蓮も月凪と共にいるだろう。

となると紅蓮は、月凪を庇って役人に立てつき、処罰されるのではないかと胸を痛めた。

そんな思いにふけていると、声が掛かった。

「子供に会いたいかい?」

背筋が凍った。

振り返った美麗が見たのは、黒尽くめの女。

「な、何者だい!人様の家に勝手に!」

「子供達に合わせてやろうと思ったのさ。」

「えっ、お前さん、あの子達を知っているのかい?あの子達は無事なのかい?」

美麗は、女にしがみ付いた。

「ふん、しょうもない聖母だと思っていたが、どうやら真の思いは違うらしい…。」

「な、なんのことだい、ねぇ、あの子達は…。」

黒尽くめの女の赤い唇の口角が上がった。

美麗の背筋にまた寒いものが走り、彼女は、女から離れた。

視界が、黒い霧でぼやけていく。

「な、なんだい、これは!」

美麗は、女を罵りながら意識を失っていった。


「凱漸様が拘留された?!」

朱雀の社で加奈陀は身体を休めていた。

つい先日までこの社には、紅蓮と可燐がいたというのに、またも、一足遅かったのだ。

「はい、コトは重大でございます。噂では、凱漸様は、流刑島へ流されるとか…。」

流刑島。

王都から、北に真っ直ぐ行ったところにある小さな島。

罪を犯した者達が流される島である。

「宮司、朱雀の札を何枚かいただけますか?」

「数枚?」

加奈陀は、ははっと笑った。

「そう、数枚。馬鹿だと思われるかもしれませんが、俺は、剣以外はただの人。単純攻撃をしてくる輩に負けるとは思わないんですが、術には、刃が絶ちませんからね。木の札一枚と紙の札を4枚は欲しいですね。」

宮司は、後ろに控えていた者に合図を送る。

「分かりました。すぐに用意いたしましょう。」

加奈陀は、流刑島を目指すつもりであった。



つづく

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