温泉と思春期
玄武の御子のいる洞窟に向かう途中、慈音と白妙は龍神の気配を感じた。
「行ってみよう!」
緑豊かなその土地の真ん中に探していた彼が立っていた。
「龍綺が無事でよかったよ。」
友は互いに握手をした。
「でも、どうして、ココに?」
慈音は、キマイラとの戦いのことや、玄武の社での話を聞かせた。
「そうか…。手助けに来てくれたんだ。」
「玄武の御子もいるんだろ?なんか大老が心配してたけど…。」
龍綺の瞳が僅かに動揺した。
彼は、緑龍の鎧を解き、2人を暁のいる洞窟へと案内した。
「俺がちゃんと彼女を守らなかったから…。」
2人は石になり動かない1人の少女の姿を見た。
龍綺は、暁との出会い、大蛇との戦いについて話をした。
「暁は、龍綺を待ってたんだね。」
そっと龍綺は石になった彼女の頬に触れる。
慈音がそんな彼をみて何か納得したように頷いた。
「な、なんだよ…。」
慈音の笑った顔に龍綺は照れたように膨れて、彼の頭を羽交い絞めする。
「わっ!て、照れてるからって、何すんだよ。」
怒っている台詞なのに、顔は笑っている。
まるで、猫のじゃれあいのようだ。
白妙はそんな2人の様子を横目にしながら、暁の姿に視線を移した。
(聖域に入っているというのに、石化が止まれないのは、大蛇特有の術なのか?)
(おそらく、しかし…八首大蛇とは、手ごわい相手です。)
悩んでいるとある言葉が耳に届いた。
「好きなんだね、暁のこと。」
じゃれあっていた2人の方を見た。
(好き?)
「う、うるさい!」
言われた龍綺の顔は耳まで真っ赤だ。
「お前だって、白妙のこと好きなくせに!」
龍綺の一言に慈音は自嘲気味の笑いを浮かべた。
「そのことは、もう、いいんだよ。」
そう言って、龍綺の背中をぽんと叩いた。
慈音の言葉に白妙は呆然となっていた。
そんな彼女の顔に慈音は優しい笑顔を向けた。
「えーと、龍綺の言ったことは気にしないでいいからね。」
白妙の返事はなく、慈音は、大蛇殲滅のために龍綺と話を始めた。
「じゃあ、8つのうち、1つは倒したんだ。」
龍綺は、それぞれの持つ特殊能力について答える。
「白妙。」
突然名前を呼ばれて彼女はビクッとした。
「な、何だ?」
いつも冷静な彼女がうろたえている。
「大丈夫?もしかして、疲れてる?」
「も、問題ないぞ!」
慈音は少し納得していないような顔を見せたが、すぐに本題を切り出した。
「白妙、鬼達を総動員させてもいい?」
「えっ?」
「(ホントに大丈夫かな?)今、大蛇は7つの首になっているんだ。で、俺と龍綺と白妙と鬼達で7人。1人1首ずつ倒すってのは、どうかなって話していたんだけど…。」
「あ、あぁ、そうか、そうだな…。そうしよう。」
おかしいと思いながらも、慈音はそれ以上彼女に追求はせず、翌朝には作戦を実行しようと決めた。
その後、龍綺と慈音は、洞窟の入り口である鉄格子の方へ行き、その間に白妙に温泉を薦めた。
龍綺には『白妙と2人きりになりたくない』と慈音が考えているようで、2人の間に何かあったんだと思っていた。
「明日の大蛇戦だけど、石に変えるヤツの動きをどうする?」
「えっ、あぁ…黄龍が言うには、あの眼光を跳ね返すほどの盾があれば大丈夫だろうというから、大丈夫だと思う。」
龍綺は、新たに手にした緑の玉の力について慈音に教えた。
「段々、強くなっていくな、お前。」
そういう慈音に龍綺は笑った。
「はじめは…力を得てどうするんだって思ってた。でも、力を得ないと俺は、暁1人守れない。」
誰かを守りたいと思う時、人は力を欲する。
ただ漠然と世界の危機だからと言われ、神獣の言うがままに旅をしてきた。
命の危機も感じたがそれが使命だと戦ってきた。
「母の命を犠牲にしてまで生きたから、とりあえずは、その原因である黄龍の為に頑張ってきたけど、実際、俺は誰の為に、戦ってるんだって感じだった。でも…仲間が出来て、あぁ、こいつらといると安心するなって思った。戦わなくてもいい世界がこいつ等と過ごせたら楽しいだろうなって思ったんだ。」
慈音も同じ想いだった。
自分には、愛してくれる母も、花街の仲間もいる。
けれど淋しかった。
こんな贅沢を言ってはいけないと思ったが、自分のいる場所はココではないと幼い頃から思っていた。
母のことは愛しているが、知られてはいけない感情だった。
だから、旅に出て自分の探している場所を見つけたいという思いをずっと抱いて生きてきた。
白妙と初めて出会ったときは、自分にとっての居場所と出会えたような感じがした。
もちろん、彼女の美しさに心を奪われもした。
「暁は…俺のそんな思いを全部捧げられるっていうか…全身で俺を信じてくれて、ホントに優しく笑ってくれるから…。」
「絶対、助けような!」
慈音が肘で龍綺を突く。彼はニッと笑った。
「俺のことより、白妙と何かあったのか?」
ギクッとなる慈音。
「ははっ…俺ね、白妙見たり、触れたりすると、押し倒したくなっちゃうんだ。」
「へっ?」
「やりたい!!って男の本能がムクムクってね…龍綺は、暁と接しててないの?」
ドキッとした。
暁に抱きつかれて、その柔らかい胸の感触に触れて、戸惑っていた裏でとてつもなく嬉しいと感じていたことを見抜かれたように思った。
「俺は、白妙としたいけど、白妙はちょっと普通と違う育ち方してるから、好きとかそういうことには、全く興味がないみたいでさ、あんまりがっつくと嫌われるだろ?だから、あえて眼を合わさない、触れないって決めたんだ。」
ゴロンと横になる。
「不自然だった?」
「めちゃくちゃ…あれは、ちょっと彼女が可哀想かもな。」
「ははっ…。」
人の気配に振り返ると半乾きの髪を結い上げた白妙が立っていた。
「終わったの?」
頷く彼女に龍綺は立ち上がる。慈音もそれに合わせる。
「すぐ上がるけど、寒くなりそうだったら、来ていいから。」
僅かに逸らされた視線で慈音が言う。そして、すれ違った。
「お前、経験あるんだっけ…?」
湯に浸かりながら龍綺が言った。
「それを言われると苦い思い出しかないんだけど、始終見てたからね、姐さん達とお客がしてるの。」
湯だけではない暑さが龍綺の頬を染める。
「なんか、姐さん達は、面倒見がいいっていうか、俺の童貞捨てる候補とかにもなってくれてさ、恥ずかしいやら、嬉しいやらだったんだ。」
照れもせず言う慈音に、龍綺の方が照れてしまう。
「でも、母さんは、父さんに出会ってからは一途だったし、母さんから、好きな人とするのが一番幸せなことだから、姐さん達のコトは気にするなって言われ続けてきた。だから、いつか街から出て好きになった人と結ばれたらいいな、母さんみたく、1人の人を好きで居続けられたらって思ってた。」
慈音の顔が苦しいものになった。
「……俺は、木蓮太夫を狂わせてしまったんだ。彼女の気持ちに気付いていたけど、俺には姉そのものだったから、彼女の俺に対する思いは、俺と同じなんだって思ってた。」
龍綺はそれ以上慈音に聞くことは出来なかった。
「白妙を待たせてもいけないし、出るか…。」
2人は湯から出た。
つづく




