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神の子  作者: 櫻塚森
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心の変化

静かに風の吹く、緑豊かな沢があった。

流れる水音は、近くに瀧があることを教えてくれる。

「あの瀧壷の中だ。」

龍綺は、しばらく沢に沿って飛ぶと瀧を前に大地に降り立った。

清浄な空気がそこにはあった。龍綺は、服を脱ぎ捨て、瀧つぼの中に入っていった。

数メートル先まで見える透明な水の中。

光の射さない深いところにぼんやりと光る小さな岩の祠。

龍綺は自分の中にある3つの玉が共鳴していることを感じた。

祠の岩を少し避けて中に手を入れると丸いものを掴んだ。

取り出したそれは、水の中で緑色に光る玉。その玉は、龍綺の手を離れ、彼の胸の中に吸い込まれていった。

(ぐっ。)

痛みに似た感覚に彼の口から大きな泡が水面に向かって昇っていった。

その感覚は、白龍の玉が自分の中に入っていった時にも感じたものだった。

水面から這い出して、一息つくと龍綺は衣服を身に纏った。

「青龍!」

その声で、龍綺の右手は一本の長剣が握られた。

「緑龍!」

新しく得た力の名を呼ぶ。

すると彼の身体を取り囲むように緑の光が包み、龍の鱗のような鎧が身に付けられた。

見た目とは違いとても軽い鎧であった。

「緑龍は、お前の力に合わせた鎧となってくれる。あらゆる攻撃を防ぐ力も持っているから、大蛇との戦いもやりやすくなるだろう。」

黄龍は、仲間が新たに加わり嬉しそうだった。

「白龍!」

龍綺の身体は天高く舞い上がった。

遠くからでも、村の中心にいる大蛇の姿が見える。

大蛇は地中に潜らず、村の真ん中で寝ているようだった。

その場所に向かおうとした龍綺に黄龍は声をかけてきた。

「龍綺、あれを…。」

龍綺は、黄龍の示した自分の場所よりも南の方角に見知った顔を2つ見つけた。


龍綺が緑龍を手に入れるよりも数時間前、慈音と白妙はまだキマイラによる攻撃に耐えていた。

彼ら2人に襲い掛かってきたキマイラは、力の本体とも思える巨大な力を持つ魔物で、2人は苦戦を強いられていた。

「白妙!!」

慈音は叫んでいた。

鬼達を再び封印されてしまった彼女は、自分の力で戦っているのだが、いつもの切れがなかった。

「だ、大丈夫だ…。来るぞ!」

キマイラの攻撃を避けながら、出来るだけ人里から離れようと二人は北の方角へと走っていた。


キマイラの行う攻撃の振動が2人の足並みを狂わすが、調子の出ない白妙を慈音は必死で守りながら、戟で、風を起こし、キマイラに反撃するが、直接攻撃ではないために慈音は舌打ちをした。

(足手まといになっている…。)

黒い服の女の霧を受けた時、鬼ばかりか自分にも何か呪縛が掛かったような、身体の重さを感じていた。

「白妙は、自分に迫ってくる雑魚を倒して、俺がアレを殺るから!」

慈音の気遣いに白妙は心が痛んだ。

「1人で大丈夫か?」

そう尋ねる彼女に慈音は、そっと頬にキスをする。

「大丈夫!勝利の女神がいるから!俺を信じて!!」

照れなのか、慈音は言いながら、キマイラの元へ飛び去っていった。

胸元の鬼の石の封印の効果が、そろそろ消えようとしているのに、白妙の身体の重さだけは動くたびに足枷が、手枷が付くように自由を奪っていった。

(変だ…どうなっている?)

耳元で、鬼の封印をした女の声がした。

「それは、木蓮の恨みの力だよ。」

頭を上げるが人の影はない。

(太夫がどうして…。)

白妙は疑問に思いながらも、大木を背に、襲ってくる化け物を倒していった。

一方、白妙の状況が気になっていた慈音に、白虎が叱り付ける。

「バカモノ!目の前の敵に集中しろ!!お前が倒されれば、夜叉の姫も殺られるぞ!!」

「わ、分かってるけど…。」

「大丈夫だ、じきに鬼の封印の効力が切れる。だから、お前は集中だ!」

ぐいっと顔をキマイラの方に向けられる。

「わかったよ…さっさと片付けてやる。」

白虎は元々風を操る力に長けており、キマイラの起こす風には影響を受け難かった。

慈音はキマイラに向かっていく。

「結合部を狙え、キマイラを殺る時の基本だ。」

「リョーカイ!!」

慈音は、風を巧みに使い、キマイラの頭部に風をぶつけ仰け反った頭部と胴体の結合部に戟を突き刺した。

「やったか!?」

けたたましい悲鳴を上げて落下していく。

戟によって齎された傷口からは、緑の体液が宙を舞っていた。

「いけない!!」

キマイラが落ちていく方向に白妙がいた。

慈音は慌てて白妙の方へ。

体調が思わしくない白妙は、キマイラが落下してきているのに気が付いていたが、自分を襲ってくる化け物に苦戦を強いられ、避けることが出来ない。

「白妙!!」

慈音の叫び声、彼女は最後の力を搾り出し、落ちてくる敵の体から飛び退こうとした。

キマイラの巨体は、白妙の僅か左に落ちたが、その場所は数十メートル下にある川への崖だった。白妙の身体は巻き込まれるように岩と共に落ちていく。

「白妙!!」

慈音は風の力を使い、彼女の落ちていく身体を追いかけた。

白妙は、必死に自分の手を慈音まで伸ばすが、落ちて来た岩に頭部をぶつけ意識を失ってしまった。

「くそっ!」

慈音は、それでもなんとか手を伸ばし彼女の身体を引き上げようとしたが、彼女と共に落ちていた化け物の1匹が彼女の足を掴んでいた。

「こいつ!白妙に触るな!!」

慈音は化け物の手を戟で切り落とした。

しかし、気が付いた時には水の中に落ちており、急流に巻き込まれるように2人は流されていった。


慈音は、白妙の身体を放さなかった。

(死んでも放さない!!)

水面に何とか顔を出した慈音は大きく息をする。

「慈音、水中の化け物が来るぞ!」

「嘘っ!マジで!」

水中に潜ると上流の方から大きな魚が物凄い勢いで近付いて来ている。

(今こそ、近くの聖域に飛ぶのだ!!)

白妙に教わった空間移動。

慈音は、この方法を教わりながら、上手く成功した試しがなかった。

(自分を信じろ!!夜叉の姫の為にも!)

気を失い、額に傷を受けていた白妙の顔を見る。

慈音は彼女を強く抱きしめて、頭の中に聖域である入り口である鳥居を浮かべた。

大きく開かれた化け物の口が閉じると同時に2人の身体はその激流の中から消えた。


先に眼が覚めたのは白妙だった。

彼女は何回か咳をして、中途半端に飲み込んだ水を吐き出した。

自分が川に落ちそうになり、慈音に手を差し伸べたところまでは覚えていた。

ふと辺りを見渡すとそこは、轟々と燃えさかる炎。

人の気配はなく、ただ炎が燃えていた。

「前鬼?後鬼?馬頭鬼?牛頭鬼?」

自分の中に声を掛けると静かに返事がされた。

「私は?」

「白虎の御子が、この社まで姫様と共に空間移動されました。」

「随分北の方角に来たようです。」

「ここは、聖域か?」

「ココは、玄武の聖域のようです。何かの神事が執り行われていたようで、この炎が消えるまで人は訪れないようです。」

「願掛けか…そう言えば慈音は?」

鬼達は、慈音が今ある力をほとんど使い果たして空間移動を行ったこと、白妙の負った傷と呪術をはね返そうと更なる力を使ったことを伝えた。

「ど、何処にいるんだ!!」

白妙は、炎の向こうに倒れている彼を見つけて駆け寄った。

炎によって赤くなっているはずの顔が青い。

耳を胸に付け、その鼓動を確かめる。彼の身体は冷たく、服からは水が滴っていた。

「何故だ、私の服はそんなに濡れていない…。」

「それは、白虎の御子が姫の周りに風の壁を作り、水の浸入を塞いだからです。」

白妙は、慈音が自身のことよりも自分の身を案じて力を使ったことが信じられなかった。

「鬼達よ…この者は何故、これほどに私を助けようとするのだ…。」

鬼達は答えない。

「それは、姫様が考えることですよ。」

鬼達はそう言うと白妙の質問に答えてくれなくなった。

冷えた慈音の身体。

彼女はその身体に触れる。

「慈音?眼を開けるのだ。」

頬に触れても彼に反応はなかった。

「ばか者が…何故、私などのために…。」

彼女は炎に彼の身体を向けて、濡れてしまった服を脱がせた。

「水が絞れるではないか…。」

彼の身体に自分の着ていた服をかけて膝に抱きかかえた。

「今度は、私がお前に力を注いでやる。だから、早く目覚めるのだ…慈音…。」


目が覚めた時、慈音は固まってしまった。

(な、何?)

裸の自分に下着姿の白妙が抱き付くように眠っていたのだ。

(白虎!どういうこと?)

(知らぬ…お前の意識がない時に同化しておるわしが目覚めている訳ではなかろう…。)

彼女の寝息が頬にかかり、柔らかい胸が自分の胸に触れている。

(で、でもさ、こ、これはヤバくない?わっ、や、柔らかい…。)

思わず、彼女の身体をぎゅ~っと抱きしめてしまう。

(わしは、知らぬ。わしは、疲れておる。好きにすればよい。)

呆れたような言葉を残し、白虎はまた眠りについた。

抱きしめた彼女の身体に自分が興奮してきているのを必死に抑えていたが、思春期を向かえ、白妙に好意を抱いている身としては、仕方のないことだった。

白妙は、きつく抱きしめられて眼を覚ました。

「慈音?」

その声に驚いて、彼女の身体を離す。

「ご、ごめん!!」

正直に謝ってしまった慈音に彼女はキョトンとした顔を見せた。

「何を謝る?慈音は、私のために力を使い果たしたのだろう?」

彼女の顔がずいっと近付いてきたのを反射的に避ける。

「慈音?」

彼は、白妙の上着を掴んで彼女に背を向けてしまう。

「どうしたのだ?慈音!」

彼に手を差し伸べようとする彼女に

「ごめん、触らないで…、俺は大丈夫だから…。」

と彼はそれを拒否した。

白妙はその言葉が妙に心淋しい感じがした。

(ヤバイって、俺、これ以上彼女に触れたら…。)

彼は、徐に立ち上がり、白妙の方を見ずに、床に置いてあった自分の服を手に取ると外に出て行った。

「ちょ、ちょっと厠…。」

まだ乾ききっていない服の感触に躊躇したが、そうは言っておられない状況になってしまっていた慈音は、そそくさと外に出て行った。

残された白妙は、急に慈音に突き放されて心を痛めていた。

(何故、心が痛い?親にあれほど冷たくされても耐えてきたというのに…。)

慈音が与えてくれた、仲間という関係、優しい母、自分よりも大事にしてくれるという心。

その彼にほんの少し冷たくされただけなのに、白妙の心は小さな棘が刺さったかのようにチクチクと痛んでいた。



つづく

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