七首の大蛇
焼け落ちたり、何かの圧力によって壊された家。
道路や、壊れた家の玄関口に無惨な姿でさらされている死体。
村に足を踏み入れた龍綺と暁は言葉を無くした。
「りゅ、りゅー?怖い…これ、さっきの化け物がした?」
泣きそうな顔で龍綺を見つめる暁の視界に無惨にも死んでいった人たちを見せることが辛かった。
(やっぱり、連れてくるんじゃなかった。)
そんなことを思いながら暁の頭を撫でると暁が龍綺に言った。
「りゅー?あーは、大丈夫だよ。辛いことに目を背けてはいけないの、玄武が言ってたの。」
少し戸惑ったような、辛そうな複雑な笑顔を見せる彼女を龍綺は抱きしめた。
「りゅー?」
ハッとして彼女を放すと彼女の手を引いて歩いていった。
(何してんだよ、俺。当初の目的を忘れるなって…。服…そう、暁の服探しに来たんだって!)
村にある家はどれも無惨に壊されていたが、坂の上にある大きな家だけは半壊の状態で、2人はその家を選び調べることにした。
「豪族頭の家かな…?でかいし…。」
壊れた床からは雑草が生えたり、水溜りが出来たりしていた。
寝室であったであろう部屋を見つけた龍綺は、その部屋にあった箪笥の引き出しを開けた。
湿気を帯びたり、虫が穴を開けている服がほとんでであったが、暁が声を上げた。
「りゅー!?」
暁が彼女の瞳と同じ色をした着物を広げていた。
少し、湿っぽい匂いがあったが、虫による被害はなさそうだった。
「それに着替えなよ。下は…これ穿いたらいい。」
紺色のズボンを龍綺が差し出した。
暁はにこっと笑ったが、服を手に戸惑っているようだった。
「暁?」
「これ、どう着る?あーわからない。」
龍綺はヤレヤレという表情をして、服を着るジェスチャーをする。
(この気持ちは、たぶん親みたいなものなんだろうな…暁にとって、俺は、初めて接触した人間に過ぎないんだから…。)
彼女が徐に上着を脱ぎ捨てて胸を顕にしたので、龍綺は、声を上げ、ズボンで彼女の胸を自分の視界から隠した。
「りゅー?」
「あ、暁!人前で、裸になっちゃ駄目だ!!」
「…なぜ?あー、服着るよ?何がいけないの?」
ずいっと近寄ってくる彼女を腕を伸ばして近寄らせないようにする。
「りゅー?顔真っ赤…。だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫だから、早く、服着て!!」
叫びにも似た彼の声に暁はびくっとして服を慌てて着た。
しゅんとした暁に龍綺は気の利いた言葉をかけることもできず、家の中を探索していた。
「!!」
先程感じたのと同じような地響きと、気配。
龍綺は剣を抜き、暁は先程と同じように額の紋様を光らせ、剣を出した。
「来る!」
家の壁が突然崩れた。2人は瓦礫から逃れるように外に飛び出し、驚愕の光景を見た。
「な、何だよ…さっき倒したのは、ヤツの一部でしかなかったのかよ…。」
7つの首を振りながら、威嚇の音を出している大蛇がいた。
大蛇の姿を確認すると共に建物の影に隠れた2人は、まだ気付かれていないようだった。
先程、暁が切り落としたのは、その首の1つでしかなかった。
「龍のガキ!ヤツは、それぞれ特殊な力を持ってるぞ、ヤバイな…ココに巣食う化け物がコイツだったとは。」
玄武の蛇が言った。
「知ってるのか?」
「俺達の世界では悪名高い化けモンよ。…ってこたぁ、あやつを召喚するほどの力のあるヤツが敵だというこった。」
大蛇の視線から逃れるように、2人はさらに物陰に姿を隠した。
「今の俺達で倒せるか?」
剣を握る手に力が入る。
(俺に暁を守りながら戦いことはできるのだろうか…。)
「せめて、あと2人…。いや、一人でもいい、味方が欲しいもんだぜ。弱点は、身体の中心。ヤツラの首が生えている根元だ。…龍のガキ、これから暁は、お前の為に戦う。だから、お前も、暁の為に戦ってくれ。」
一瞬、暁がいつもの笑顔をみせたような気がした。
「…分かった。俺が、右から行って囮になるから、暁は左から攻めてくれ。」
2人は、二手に分かれて戦うことを決めた。
大蛇は、火を噴くモノ、氷の息を吐くモノ、衝撃波で岩を砕くモノ、大量の水を吐くモノ、眼光で物を石に変えるモノ、毒の息を吐くモノ、ただひたすら牙を向けてくるモノ。それぞれが大きな力を持っていた。
先に暁が切り倒したのは、八首大蛇の偵察の役割を果たす頭だったらしい。
(あれよりも、強いって訳だ。)
仲間を殺され、怒りに狂っている大蛇はトコロ構わず火を噴き、岩を砕き、暴れている。
龍綺はその攻撃を交わしながら、暁の場所を確認すると、天高く舞い上がった。
「白龍!行くぞ!」
大蛇は龍綺を見つけると一斉に攻撃を開始し始めた。龍綺はそれを交わしながら、ヤツラの意識を自分に引きつけて行く。
どうにかして、ヤツラに一太刀でも与え負担を減らしたかったが、次々と繰り返される攻撃を避けるのが精一杯で、暁を気にしている暇もないほどであった。
(くそっ!)
暁は龍綺が大蛇を引き付けているうちに大蛇の本体に近付こうとしていたが、次から次へと現れる雑魚化け物に手を取られていた。
(このままでは、負ける…。)
龍綺も暁も焦っていた。
その焦りは一瞬の隙を見せ、大蛇の眼光が暁を襲った。
「暁ィ!!」
命からがらとは、こういうことを言うのだと龍綺は思った。
石になってしまった暁を抱えて、黄龍の力で結界の中まで瞬間移動した。
火傷や、凍傷を負った自分の身体と抱えた彼女の体を洞窟の湯に浸ける。
龍綺の身体は癒えても、暁の身体は、固い石のままだった。
「黄龍、どうしたらいいんだ!?俺、…俺。」
地面を拳で殴る。
驚愕の表情で固まってしまった彼女に触れたもう片方の手が、石の感触をつたえてきた。
「大蛇の術を解く術は、蛇であるモノにしか分からぬ。」
蛇といえば、玄武の中にいる神獣の蛇しか龍綺には思い出せなかった。
銅像のように立っている彼女を抱きしめる。
「ごめん…ごめん…。」
自分の半分を持っていかれたような淋しさと痛さが龍綺を襲っていた。
「絶対、助けるから…待ってろよ。」
彼の頬を伝う涙が、石になった暁の肩に落ちる。
そっと撫でた彼女の頬も、抱きしめたときに感じた柔らかい胸も硬くて冷たいものになってしまった。
自分を全身で信じてくれていた。
自分と言う存在に巡り合えた事に心から喜んでくれた。
無条件で必要とされること。
それは龍綺が味わったことのない感情で、たとえ、自分が初めてあった人間じゃなくても彼女のコトを好きになっていたと龍綺は思った。
「暁…絶対、助けてやるからな。」
冷たい彼女の唇に自分のを重ね、龍綺は、結界の洞窟を出て行った。
「どうするつもりだ?」
「暁を石に変えたヤツだけでも倒す!」
龍綺の決意を止めることなど黄龍にはできなかった。
「龍綺、大蛇と戦うことを決めたのなら、お前に私は従おう。しかし、1つだけ我が願いを叶えてくれ。」
何時になく真剣な黄龍の言葉。
「何だ?」
「感じないのか?この近くに龍の玉がある。」
龍綺は姿勢を正し、気配を探る。
先程まで大蛇が暴れていた村の方とは逆の方角に自分を呼ぶ何かの存在を感じる。
「これは…。」
「緑龍の気配を感じるそれを手に入れるのだ。さすれば状況が変わってくる可能性がある。」
龍綺は、暁のことが気になっていたが、それが大蛇を倒せる術ならばと黄龍の示す方向へと飛び去った。
つづく




