母の願いと龍の子
軟禁生活が始まって数ヶ月が経ったころ、母がいつものように食事を持ってやって来た。
いつもと違わないのに龍綺の心はざわついていた。
(なんだろう、嫌な予感がする。)
ある夕食の日以来、龍綺は、母の声を聞いたことがなかった。
頬が腫れている時もあったが母は悲しく微笑むだけで言葉を返してはくれなかった。
母は、自分のせいで父に殴られたようなものだ。
彼はそう感じ、彼女に口をきいてもらえなくても仕方がないと思っていた。
お膳の入るスペースだけ結界が解かれていく。
龍綺は、夕飯の膳を受け取ると母には背を向けて一人食事を始めた。
殴られ腫れた母の顔を見てられなかったのだ。
「?」
御飯茶碗の中、小指大ほどの筒が5つ入っていた。
それぞれの筒には数字が書かれており、中には小さく丸められた文が入っていた。
その筒は伝書鳩に使用するもので、龍綺は母を振り向いた。
すると母は、いつもの笑顔を見せて頷くと龍綺から膳を受け取り、部屋を下がっていった。
筒の中から丁寧に取り出し、1つ目と2つ目の文章をつなげた。
「私は今、願掛けのため声を発することができません。あなたに声を掛け全てを話したいと願いながら、この願掛けのために声を出す事ができない母を許してほしい。これから、話す事は真実に他なりません。
今を遡る事14年前、私は1人の剣士に出会い恋をしました。その方の優しさ、逞しさに私は惹かれ将来を誓い合っていました。森の奥にある龍神の祠…そこで愛を誓い合った結果、私は自分の身体にあなたを宿した事を知りました。
龍神の子として生まれるあなたという存在を感じたのです。私は、昔から巫女の素質のある女だったため、古からの言い伝え、神の子を宿した夫婦は永遠に幸せを約束される、また、永遠の繁栄を約束されるということを知っていました。
それは、私達夫婦にとっても、この村にとっても、とても喜ばしい事で、何回も郷雲との婚礼話を持ってきた父と母への説得材料になるとあなたのことを打ち明けました。愛しいあの人が少しでも安心して私を娶る事ができるようにしたかった。だから、あなたを宿した事は、両親を説得した後に打ち明けるつもりでした。
でも、彼は、村の支配者でもある坂田家の命で、化け物退治に行ってしまったのです。あなたのことを知らないまま…。その間に領主・坂田郷雲が私を無理矢理、愛妾の1人にしてしまいました。
あなたの祖父母も助けてはくれませんでした。
生まれてくる子が『神の子』でないのなら、自由にしてやろう。郷雲はそういいました。ならば、どうかあなたが龍の子であると感じた私の思いが外れていますようにと祈ってみましたが、あなたは、古文書に書かれてあった龍の子の特徴を見事に備え、胸元には『龍』の文字がありました。
私は、龍神の社の前で誓い合った私達を引き離す事は神に背く事だと反抗しましたが……あの時は、お腹のお前のコトを盾に取られ…。私は、帰ってきたあの人に何の言い訳も出来ないままあなたを守っていく事しかできませんでした。」
3つ目の筒を開けながら龍綺は、父が本当の父親でないことを確信している自分に気付いた。
龍綺の中でそれは漠然と思っていたことであったため、驚きはなかった。
そして、自分が龍の子であることを知った。
村の、そして坂田家の繁栄の為に自分は閉じ込められているのだという事を悟った。
「お前が、剣を習いたいと言って来た時は嬉しかった…お前が間違いなく父であるあの方の子供である事を証明するきっかけであったから。…それをあの男、郷雲は…寄りにもよってお前の剣術の師として加奈陀さまを…あの方を連れて来たときには、強い憤りを感じました。あの男が加奈陀さまに剣の指南を命じたのは、ただ単に私の裏切りや、自分の立場という物を見せ付けるためだけにしたコトだと悟りました。
そう、あなたの本当の父上は加奈陀さまなのです。」
4つ目の筒の内容は龍綺を愕然とした。
自分を腫れ物のように扱う父親。出て行くと言った自分に対する豹変振り。
龍綺は、5つ目の筒を開けた。
「これ以上龍神さまの力を宿すあなたをこの屋敷、この土地に留める事はできません。龍の子、つまり神の子は、1つのところに留まってはいけないのです。愛しいあの方を裏切ってしまった私には、あなただけが生きがいだった。
生きていてくれさえすれば、母は、何もいらなかった。でもあなたが強力な結界に閉じ込められた今となっては、全てがあの男の、坂田一族の思い通りになることが許せない。
私の子は返ってこなくても、神の子は神に返さねばなりません。あなたの力の解放…それは私があなたにできる最期の親としての務め。…今宵、母はあなたを解放するでしょう。あなたに声を掛けなかったのは、そのための願掛けです。」
5つの小さな文を握り締める。
「母上!」
龍綺は結界に触れ、外に出ようとしたが弾かれた。
(このままでは母上が…。)
龍綺は自分の中に龍神の力があることなど感じたこともなかった。
ただ、幸せに、いつも悲しそうな微笑しか見せない母が幸せと感じてくれればよかったのに。
ふと面を上げるとそこには大きな刀を抱えた母が立っていた。
着衣や髪は乱れ、息を切らしている。
「母上!!」
結界に伸ばした手が弾かれた。
「龍綺…どうか幸せに…あの方に私の思いを伝えて…。」
久しぶりに聞く母の声であった。
母は、剣を目の前に出し、刃先を自分の方に向けた。
俄かにざわつき始めた邸内に母は、大きな声で叫んだ。
「龍神よ!あなたの子を返します!!我が願い!受け取ってください!」
ふと母と目が合った。
彼女はいつものではない、清々しい微笑を浮かべ、刃先を自分の首に勢い良く押し付けた。
「母上!!」
結界を破ることができるのは、閉じ込められた者が愛する人の命だけ。
母によって破られた結界は光り輝き、その光が龍綺を包んだ。
「何事だ!!」
やって来た郷雲の驚愕の顔。
「ど、どこへ行くのだ!!龍の子よ!!龍綺!!行かないでくれ!!」
郷雲の声で龍綺は気づいた。身体が重力を失いふわりと浮かんでいたのだ。
彼を包んでいた光の一部が天井を吹き飛ばす。
甲村の住人は、夜空に領主の屋敷の上に輝く龍の姿を見ていた。
それは、金色に輝く龍の姿であった。
「母上…。」
すでに事切れた母の魂は光によって天へと召された。
それを悟った龍綺は天を見上げる。
父だった男がしきりに龍綺に何かを言っているが彼の耳には届いていなかった。
(俺は、俺の道を行く…誰にも邪魔はさせない…。)
彼は光に包まれたまま天高く舞い上がっていった。
故郷から飛び立った龍神の子は、ある泉の中で目を覚ました。
(水の中なのに息ができる…。)
母の最期を思い出し涙ぐむ。
(俺が、龍の子でなければ…。)
自分の出生を呪っていることが一層自分を情けない存在にさせていた。
考え込んでいる龍綺にささやきかける声があった。
『お前にはすることがあるのだよ…。』
母の為に、母の笑顔を見るために生きてきた。
広い世界に憧れた結果が母の死であった。
しかし、その母も今は存在せず生きる目的を失った。
(俺は何をすればいい…?何故、母の命を犠牲にして生きている?神の子とは、何のために生まれる?)
龍綺の問いに声は答えた。
『お前は、それを今から探すのだよ…神の子、龍の子として何故生きるのか。何をしなければならないのか…。お前が旅立つと言うのなら我は力をかそう…。しかし、お前が旅立たず、この地で眠りにつくと言うのなら…。』
龍綺がふっと笑った。
「眠りたいと言ったらどうするんだよ…。」
『お前の母が命を懸けて守った、命を終わらせる…。そして、母の死は無駄になり、お前は再び母を泣かせることになるのだろう…。』
声は龍綺が旅を選択することを分かっているようだった。
「…とりあえず、俺は何をすればいい…。」
『簡単な旅の準備を揃えてやろう…そして、自分の目で、耳で、感覚でこの世界がどの方向に向かっているのかを見てくるのだ…お前の旅は長く辛いものになるだろう…しかし、我は常にお前の中に存在し、お前は真の仲間を得る…。』
声は聞こえなくなった。
龍綺は再び睡魔に襲われるように瞼を閉じた。
再び目を覚ました龍綺は、陸地に1人ポツンと立っていた。
動きやすい服装に、背に背負った軽量の荷物。
そして、剣。
剣には、龍の紋章がされており、彼の右目には眼帯がされていた。
(金の目は目立つもんな…。)
ため息を1つ。彼はとりあえずの一歩を踏み出した。
つづく




