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神の子  作者: 櫻塚森
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飛蝶街

「ここが、飛蝶街かぁ…。」

感心したような声を上げたのは雷紋。

「花街とはまた違う活気のよさだね…。」

こちらもキョロキョロと辺りを見回している。

「慈音、そんなにキョロキョロするな。ガキの旅人ってだけで、狙われやすいんだから。」

龍綺に窘められて慈音はしゅんとなった。

「まあまあ、とりあえず、休める宿の確保をしようよ。」

4人は、街のはずれの安い宿屋を目指した。


この街に辿り着くまでも、多くの化け物に襲われ、戦ってきた彼らは、正直疲れていた。

特に飛蝶街に近付くにつれ、激しくなる敵の攻撃に、白妙は、躊躇していた鬼達を放ったほどであった。

彼女が躊躇した理由はこうである。

それは、花街を経って暫くのことだった。

「出来るだけ自分の力で戦いたい。」

白妙は、鬼達を目の前に座らせて言った。

その言葉は鬼達をしゅんと落ち込ませるには十分なものであった。

1つ前の戦いで、白妙は、自らの剣を用いて戦おうとしたのだが、ぬかるんだ土地に足を滑らせた瞬間、鬼達が出て来て、あっと言う間に片付けてしまったのだ。

白妙は、これでは修行にならないと鬼達を叱り、それ以来、自分の命がなければ、何があっても出て来てはいけないと言い付けたのだ。

自分にも人にも厳しい白妙のやり方。

しかし、傍で見ている龍綺や雷紋にとっては、その時の光景は滑稽なものであった。

大きな異形の姿をした鬼達が自分達よりも小さな少女の前で膝を付き、頭を垂れて落ち込んでいるのだ。

笑いを堪えている2人に対して、慈音だけは、鬼達と白妙の信頼関係の揺らぎが気になってしまった。

そのため、慈音は、落ち込む鬼達を見かねて口を挟んだ。

「で、でもさ、ホントにピンチの時は、白妙だって分かってるし、俺からも白妙に頼むからさ、そんなに落ち込まないでよ?君達の戦力は、とっても旅に、白妙のこれからの旅に役立ってるんだから。ね、白妙!」

有無を言わせぬ笑顔に白妙は戸惑いながら頷いた。

敬愛する姫の頷きに鬼達は、まだ戸惑いを隠せない様子であったが。

「そうそう、君達の力は、俺達の切り札なんだから。」

と言う雷紋が付け足した言葉に鬼達は気分をよくして、白妙の中に帰って行った。

慈音は、雷紋の言葉の巧みさが羨ましかった。

白妙もホッとした表情を彼に見せている。

胸の奥がチクチクと痛んでいるが、自分には笑うことしか出来ず、少しだけ自分が嫌いになってしまった。

「気にするな?雷紋は小さい頃からっていうか、白澤が宿ってるんだから、口は達者だぞ。」

慰めてくれる龍綺に力のない笑顔を見せた。


「じゃあ、俺ちょっと街を見てくるよ。」

宿屋の一室に荷物を置き、各々が寛いでいると雷紋が言い出した。

「えっ?休まないの?」

「休むよ。でも、街の方が気になるんだ。」

彼は呆気にとられる仲間に手を振り、夕暮れの街に出て行った。


白澤は、賭け事が好きだった。

それも、相手の心を読んで、勝つのが好きだった。

子供だから『いいカモ』が来たと喜ぶ大人達は、最後には、身包み剥がされて泣きついてきたものだ。

子供で、目が見えないと思っている大人達をからかうのが楽しかったのだ。

「いい根性してるな。」

声をかけてきた男に言われた。

ボサボサの髪に無精ひげを生やした男は、雷紋に勝負を挑んできた訳ではなく、ただ興味で声をかけてきたようだった。

「どうも。…で、何かようですか?」

男がニヤニヤ笑ってる。

「実はね、あの奥に居るデブと勝負して勝ったら面白いものが手にはいるかもって教えに来たんだ。」

ニヤニヤしているが、隙のない瞳。

(どう?思う白澤。)

(むむっ。心が読めぬ人間は苦手だのう…。)

「でもさ、おじさん。あんな上座にいる人が僕なんか相手にしてくれないよ。」

にっこり笑う雷紋。口調まで変っている。

「ま、そうだな…では、大通りの真ん中にある店に言ってごらん。その男が所有している面白いものが見られるから。って言っても、お前の目じゃ見えねーだろうけど、耳は聞こえるんだろ?なら大丈夫だ。」

無精ひげの男は去って行った。

(何か企んでおるな…。雷紋の目が見えることを知っておる。)

(大通り…行ってみよう。何か予感がする。)

雷紋は席を立った。

彼は歩く時に白い杖を付いている。

ぽんっと、強く大地に杖を突けば、それはたちまち弓に変化する白澤がくれた特殊な弓であった。

雷紋はその杖をつき、巧みに人の波を避けながら、大通りのその店の前まで来た。

(歌声?)

店の外、喧騒の中であるが、かすかに耳に届く歌声。

ガラス張りの店の中には吹き抜けの全てを利用したほど大きな鳥かご。

(あっ…。)

そこ中では、白い羽の衣装を身に纏い、桃色の髪の長い少女が歌っていた。

見上げる自分の視線に気付いたのだろうか、少女がふと下をみた。

(誰だろう…。優しい感じ…兄さんみたい。)

雷紋は、近くに居た男に尋ねた。

「この歌声は、何?本当に人間が歌ってるの?」

彼の問いに男は噴出した。

「はは、そりゃよ?この世のモノとは思えないほどの声やけど、あれは、月凪言う、この街の歌姫や。金払うと間直で歌が聴けんねん。この街に住むモンには、癒しっつーの?そんな存在よ。」

優しい目で少女を見つめる男達。

「けどよ、その料金が高くてよ…。かすかに聞こえるこの窓辺に来るのが俺の日課になったわけ。」

窓の外に料金が書いてあった。

確かに高い。

「あんた、目が見えるのかい?」

「…弱視だよ…これくらい近付かないと見えない。」

料金票にぐっと顔を近付けてみせる。

「目が不自由な分、耳がいいんだな。」

男は勝手に納得していた。

(ま、いいか。それより、白澤……。どうした?)

(あれは、迦陵頻迦よ。)

雷紋は、もう1度彼女を見上げた。

(天上界の歌鳥。…神がもっとも愛した鳥だのう。)

神の子が居た。

あの敵の凄まじい攻撃は接触を避けようとする行為だったんだと改めて彼は思った。

(助けよう…あのままじゃ駄目だ。)

(皆を呼ぶか?)

雷紋は考え込んだ。

(とりあえず、忍び込もう。屋敷の盲点と、不備を探す。)

雷紋は店の裏へとまわった。



つづく


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