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神の子  作者: 櫻塚森
19/94

籠の中の歌姫

華やかな色とりどりの灯りが夜の空を彩っていた。

始めてきた紅蓮は派手な街だと思った。

10歳にしては、背の高い彼を大人と勘違いして、賭博に誘ってくる者もいた。

しかし、彼の頭の中は、妹・月凪のことで一杯だった。

「月凪?知らない者はいないさ!その大通りの真ん中の店に行ってごらんよ。」

妹のことを語る人の顔は先程まで賭博に明け暮れていたとは思えないほどに穏やかだった。


紅蓮が見たのは、大きな鳥かごの中で歌を歌っている妹の姿だった。

「月凪!!」

兄の声に月凪の歌が中断する。

彼女は、真っ白な羽の衣装で身を包み、本当の鳥のようだった。

「紅蓮兄さん!」

高い位置から階段を降りて自分のところに駆け寄ってくる妹を抱きしめたかったが、鳥かごは紅蓮の指さえも通してくれなかった。

確かに空気は流れているのに、月凪に触れることも出来なかった。

「嬉しい!兄さんが生きていてくれて嬉しい!」

彼女の涙が頬を伝った。

数ヶ月ぶりの再会は、紅蓮を羽交い絞めした男達によりあっけなく終わった。


その後、紅蓮が通されたのは店の奥だった。

賭博場の奥にある広い座敷には、恰幅のいい男が座っている。

「借金のことは、ホントに知らへん!父さんは、博打なんかせえへん!」

長に聞かされた父の借金。

何とかして、誤解だということを言いたかった。

父親の借金など、紅蓮は信じられなかった。

「誰が、父親の借金言うたんや、ガキ?」

主人の右隣にある襖が開いた。

「!!」

紅蓮は言葉を無くした。

そこには、自分達を捨てて出て行った母・美麗の姿があったのだ。

「私の借金なのよ。」

美麗は笑っている。少々年は取ったが派手な雰囲気は何ひとつ変っていなかった。

「何、言うてんねん!!お前なんか、おかんちゃうわ!!」

啖呵を切った紅蓮に美麗は大きく笑って言った。

「そうよ、私は、あんたみたいな普通のガキの親になったつもりはないの。私の子供は、月凪だけ。あんたなんか知らないわ…。」

「…何、言うて…。」

「あの子はね、神の子なの。教養も何もないあんたには、分からない話でしょうよ!さっさと村にお帰り!」

今すぐこの女を殴りたい衝動に駆られている紅蓮に店の主人が言葉を挟んだ。

「まぁ、まぁ…そない非情なこと言うんでないわ。仮にもあんたがお腹を痛めて生んだ子やろ?兄ちゃん、あんたが借金、少しずつでも返してくれる言うなら、この女のコトなんか無視して返してやってもええで。」

その店の主人の申し出に紅蓮は、疑いの目を向けた。

「ホンマや。これまでお父さん亡くしてから2人で仲よう、助けおうて生きてきたんやろ?こんな自分を捨てた女に今更母親面されとうないわなぁ…でもな、契約は契約や。」

主人の言葉に母親は何かを言いたそうだったが、男はそれを止めた。

『1度取り決めたものを反故にするな。』ということを、紅蓮も小さい頃から父親に教え込まれていた。

「…ホンマに…金さえ都合付けたら、月凪を自由にしてくれるんやな…。」

紅蓮の言葉に男は扇子を広げ高笑いをした。

「えぇ目ぇしとるし、根性も座っとる。…紅蓮いうたかいな…自分、月凪に毎週でも会いに来るがえぇわ。特別に手ぇぐらい握らしたる。」

「帰りにもう1度だけ月凪に会いたい。」

「うんうん、そやろ。妹は可愛いもんなぁ。」

紅蓮は男の横で不満気な顔をしている美麗を睨みつけると部屋に入っていた男と共に出て行った。

 

美麗は自分の美しさと賢さに酔っていた。

神の子の噂もこの街で知り合ったこの男に聞いた。

人とは違う毛色に、瞳の色。

そして、胸元の印。全てが自分が捨ててきた娘・月凪の特徴だった。

酔いながら、神の子が欲しいと呟く男に美麗は自分の娘の特徴を話した。。

「神の子がそんな近くに居ったんか…。例のコト、約束する代わりに娘もらうわなぁ。」

「何?あんた、今何言ったの?」

店主の男は、やらしく笑い美麗に返事をしたが、彼女は酔って寝てしまった。

数日後、美麗は店の男達によって連れてこられた月凪を見て言葉をなくした。

「な、なんで…。」

「お前が言うたんや、金のなる木が自分の娘やて。」

美麗は口を押さえる。

「なんや、今更娘が不憫やて思うはずないわなぁ…。お前は村を裏切ったんやで?」

美麗は言葉をなくし、自嘲気味に笑った。


数日前のやり取りを思い出した。

成長した息子の姿に美麗は彼から感じる自分への憎悪を感じた。

「ちょっと、あんた、あの子を返す気なの?」

紅蓮が出て行くなり凄まじい勢いで美麗は聞いた。

「そんなん、嘘や。あの紅蓮言うのが、どれだけ頑張るかしらんけど、お前の小遣い稼ぎにはなるやろ思うたんや…。」

美麗は嬉しそうな声を上げ、男に抱きついた。

「あんた、最高やね!」

「そやろ?…それにしても噂に違わんなぁ。神の子言うのは福をおびき寄せるわ。あれが来てから、この店赤字知らずや。」

男と美麗の高笑いは止まらなかった。


「紅蓮兄さん…。」

「心配せんでええ、俺が必ず出してやるから。あんまし、悲しい顔せんとき?俺も悲しなる。」

触れることのできない妹の顔。

何度も泣いたのだろう、涙の後が残っていた。

「あんな、アホな女の為に、俺等が苦労することない。絶対、毎週でも金入れに来るから。」

妹は、せめて兄が元気になるように小さく歌った。

「ありがとう。でも、1日中歌うとるんやろ?休める時に喉休めとき?」

兄の優しさは、変っていなかった。

そして、月凪の兄を思う心も変っていなかった。

その日より、月凪の歌声は、以前にも増して、高らかに、美しいものになっていった。


飛蝶街を出ようとしたとき、あの男が声をかけてきた。

あの男とは、紅蓮にこの街のことを教えてくれた男だった。

「すまなかったね…まさかあいつ等が村に火を付けるとは思わなかったんだ。」

以前とは違う口調。恐らくこちらの方が本来の喋り方なのだろう流暢だ。

「もう少し、早くヤツラに合流できてれば、違う方法もあったんだけど。」

「…あんた、何者や…。なんで、そんな…。」

男はフッと笑った。

「妹さんは、あの鳥かごに入っている限り安全だよ。」

「えっ?」

「あれは、霊験あらたかな能力者か、同じ神の子でないと破れない結界が張ってあるからね。」

紅蓮は、店の主人も言っていた神の子というものについて尋ねた。

月凪は神の子だから攫われたのではないかと。

男は歩きながら、丁寧に答えてくれた。

「そ、そんなコトのために…。」

悔しがる紅蓮に男はあっさり言った。

「本来の働きは違うところにあるんだけどね…。」

「えっ?」

「…とりあえず、俺は味方ってとこかな?」

自分の父と変らぬ年に見える男はニッと笑った。随分笑うと雰囲気が違うなと思った。

「君の信じる通りにすればいい。だけど、いざとなったら、おじさんも手を貸すからね。」

男は歩みを止めて、反対の方向へ歩いて行く。

「おじさん!名前は!?」

何故か聞いておかなければならないと紅蓮は思った。

何故なのかは分からないが、それは大切なことだと考えた。

男は、チラッと紅蓮を見るとまた笑顔で言った。

「加奈陀だよ、紅蓮くん。」

男は手を上げて人ごみに消えていった。



紅蓮は、化け物が落としていく『欲の塊』である金を集めようと思った。

これなら棍の練習にもなるし、何より気が紛れた。

まとまった金が手に入ると飛蝶街へと赴き、月凪の身請けのために店主に金を支払った。

今の彼にとって、月凪と話ができること時こそが生きがいになっていた。




つづく

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