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神の子  作者: 櫻塚森
18/94

兄 妹

少年は叫んでいた。

口から血を流し、色が変わり、腫れ上がった瞼を彼は気にせずただ一点を見て。

少し明るい茶髪と茶色い瞳というこの地域独特の容姿をした少年は力の限り叫んだ。

「なんで?!なんでや!」

大きな男に縋りついて泣いた。

その男の腕には泣きじゃくる小さな女の子。

「なんで連れて行くんや!!返せ!!」

足にしがみ付く彼を男は振り落とした。

「悪う思うなや?ただの人間であるお前には、用はないねん。」

尻餅をついた彼に男は言い捨てた。

「兄さん!!!!」

連れて行かれる妹の声に少年の失いかけた意識が戻った。

フラフラと立ち上がる彼は、視界もぼやけていたが必死に妹をその目で追おうとしていた。

その彼に男の仲間がそっと言った。

「何も、会えへん訳やないで…。飛蝶街や、今日のところは、あきらめ。お前の命も危ない。ええか、ガキ。会えへん訳やないんやからな。」

少し違和感のある発音がそっと離れて行く。

泣きながら去っていく妹を彼は薄れ行く視界に留めることが出来なかった。


飛蝶街。

それは、この国一番の賭博場がある街である。

少年の住む村からは2つ隣のこの辺りでは一番大きな街であった。

花街のような女達は少ないが、アクロバティックなショーなどが夜毎行われる賑やかな街であった。

彼の妹はその街の男に奪われていった。

自分の半身。

双子の彼女は自分と違って優しく、大人しい性格で、親の居ない自分のために路上で歌を歌い、小銭を稼いでくれた。

彼女の歌声は、人々の心を癒し、時には涙を誘う素晴らしいものであった。

兄である彼も妹の歌で元気になれたし、小さいながらも大人たちの畑仕事を手伝ったりして小銭を稼いでいた。

「お兄ちゃん、明日も頑張ろうね!」

彼女の笑顔があれば、自分を捨てた母親や、死んでいった父親が居なくても幸せだなと思った。

懸命に生きる兄妹の姿は周りの大人たちにも影響を及ぼし、2人の暮しを快く援助してくれていた。


少年の名を紅蓮と言った。

金細工職人をしていた父親が燃える炎のように強い男の子になることを連想して名を付けてくれた。

少女の名は、月凪。

生まれた日に出ていた月がとても穏やかで美しかったところから名付けられた。

活発で、いつも動き回っているような少年に村の人は、

「紅蓮は、いつか飛んでいきそうだな!」

と彼の身の軽い様を見て言った。

兄とは、面影も性格も違う月凪は、優しく、淡い桃色の変った色の髪と、胸元に刻まれた『迦』という文字が幼い頃はイジメの対象であったが、兄の紅蓮がいつも彼女を庇っていた。

「坊主達が、月ちゃんを苛めるのはな、月ちゃんが余りにも可愛いからや、」

紅蓮の行き過ぎた仕返しに大人達は、彼を何度もたしなめたものだった。



父親は寡黙な職人で、母親は気位の高い、派手好きな女だったという。

都に強い憧れを抱いていた母親は、そろそろ結婚という時期に、この村を出ることを決意していた。

しかし、王宮の遣いの者が父親にお抱えの金細工師になるようにと言い渡しにきたときは、「苦労なく都に行ける方法を見つけた。」と考えた。

その為ならば、彼が親しくしていた女を遠ざけ、誘惑し、権力者であった両親の力を借り、煮え切らない父親を必死に説得した。

やがて、押しかけた状態で一緒に住むようになった2人の間には、双子の子供が出来た。

女は、子供達に最高の教育を受けさせたいと度々村を訪れる都への勧誘に応じるようにと懇願した。

しかし、父親は、都ではいい作品を作れないと、きっぱり都行きを断ってしまった。

母が出て行った理由を知りたかった2人に、近所の大人達は、包み隠さず話をしてくれた。

母を捜し求めたりしないようにとの願いを込めて。

「おやじさんが、この村を離れられへんかったんは、火の神さんのおわす山があるからや。」

2人の暮す村の南に位置する火山は、その日も噴煙を上げている。

頑として、都行きを断る父親を母は、罵りながら出て行ったという。

紅蓮たちが4歳の頃だった。

元々母親らしいことは何ひとつしなかった女だった。

炊事も洗濯も人を雇い、父の稼いだ金を湯水のように使う女だった。

両親である村の長老が窘めても、彼女の浪費癖は治らなかった。

彼女、美麗は、その名のとおり、自他共に認める美人で、周りにチヤホヤされて育ったのが悪かったのか、さすがの両親も、勝手に出て行った彼女をいつまでも待たせるのも悪いと考え、彼と美麗との離縁を受理した。

周囲の者は、これでやっと彼が子供たちと静かに暮せると考えていた。


しかし、紅蓮と月凪が9つだったある日、父親は突然他界した。

化け物から紅蓮と月凪を守って死んでいった。

その日は、父親の誕生日で、2人は父親の為に、精一杯の食事を作り、近くの街に細工を売りに行った父の帰りを待っていた。

「父さん、遅いね。」

辺りは暗くなり、村の結界の外に出てはいけない時間になっていた。

夕闇と共に現れる異形のモノ。旅人や、商人は、魔除けの札を身に付けて夜道を歩く。

もちろん、父親も木で出来た『朱雀の札』を持って出かけていた。

村人も、決して村の塀の外には出てはいけないと、父の帰りを待つ2人を見かける度に口を酸っぱくして言っていた。

しかし、村の出入り口で、灯りを手にした父親の姿を見かけると2人はたまらず村の外に出てしまった。

出て、1メートルもしてない距離で、紅蓮は背中に強い痛みと熱さを感じた。

手を繋いでいた妹の叫び声と父が自分を呼ぶ声が聞こえた。

紅蓮は、羽の生えた化け物に背中を爪で裂かれたのだった。

月凪の悲鳴に村人が駆けつけた。

父親は自分の札を子供達に投げる。光を放つ札は紅蓮の背中に落ち、次の攻撃を仕掛けようとした敵を光が阻んだ。

化け物は、紅蓮と月凪を襲うことが出来なかった。

村人は、光に弾かれて、空中を高く舞った化け物の隙を縫い、双子を村の結界の中に慌てて入れた。

しかし、札をなくした父親は、紅蓮よりも深い傷を背中に受け、数時間後に息を引き取った。

 

父が死んでから、紅蓮は今まで以上に家のコト、村の仕事、そして、妹や村人を守るために武芸に励んだ。

特に棍の腕前は村の大人たちも感心するほどで、その動きは滑らかで独学とは思えないほどだった。

「俺が、父さんの分まで、月凪を守るから。」

紅蓮の背中には、あの時に出来た傷が羽を広げた鳥のように痕を残した。

相変わらず、月凪の歌声は、村に平和を齎す癒しとなって、彼女が歌っている限り、村は衰えることはないと人々を安心させていた。


紅蓮がいつものように森で化け物相手に棍の修行をしていた頃、飛蝶街の男達が、突然村に押し寄せてきた。

「お前の親は、飛蝶街で借金を作った。」

男達は、1人留守番をしていた月凪に言った。

その額は信じられないほどの大金で、騒ぎを聞きつけた村の長老も、他の者も、あの実直な父親が賭け事になど興じるはずがないと男達に食って掛かった。

しかし、男達は、そんな長達を暴力で捻じ伏せ、月凪を飛蝶街に連れて行くと言ってのけた。

「その子は、ただ、歌の上手な子供に過ぎん!止めてくれ!!」

長の言葉は聞き入れられない。

男達は、村を荒らすだけ荒し、金品を奪うと、逃げ惑う村人を他所に紅蓮の家に火を付けた。

立ち上る火は、風に煽られ村中を焼き尽くしていく。

紅蓮が駆けつけた時には、村は火の海で、彼は、長から月凪の拉致のことを聞いた。

彼は、男達を追った。

どんな理由で、どこのヤツが妹を攫っていったのか、長老に聞く間をなく彼は走っていた。

妹を取り戻すため、紅蓮は後を追った。

しかし、多勢に無勢、ましてや月凪を人質のように捕られては、紅蓮になす術はなかった。

紅蓮が10歳の時だった。


焼けた村。

死んでいった多くの知己。

全てが自分のせいだと彼は思った。

「わしらが、ヤツラを止められなかったのが悪いんじゃよ…。」

長達は、逆に紅蓮に謝ってきた。

村の建て直しには、数ヶ月の時を要した。

紅蓮の怪我も数週間経ってようやく癒えた。

彼は、月凪の行き場所を教えてくれた男と長の言う通り、飛蝶街を訪れた。



つづく

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