母、繻子蘭
「白妙!」
蔵の方にかけてくる銀髪の少年は、白妙に向かって攻撃を仕掛けている太夫を見て唖然とした。
纏う雰囲気も、目の光も自分の知っている太夫ではなかった。
「三浦は?」
雷紋に攻撃をする化け物の一体を戟で切り倒した。
「倒した!ちょっと苦戦したけど…。太夫!やめろ!!」
慈音の声に反応する太夫の動きが止まった。
慈音は、思うように攻撃が出来ず、身体にいくつかの傷を負った白妙の前に立った。
「大丈夫?」
「ああ…。すまない。」
「鬼達、出せるんじゃない?」
確かに、出ようとする鬼に寄ってくる不穏な気配がない。
白妙はまさに鬼を出そうとした時、黒い影が木蓮を後ろから包んだ。
「太夫!!」
慈音は、その影が木蓮の目を隠し、身体を抱き寄せたのを見た。
木蓮から流れ出た涙は真っ赤な血の色に変った。
スタッと龍綺がすぐ近くに降り立った。
「こいつか大元だ!」
その影が、ニヤッと笑った。
「可愛らしい坊や達…ここの勝利はお前達に譲ってやろう。」
天高く木蓮を抱いたまま上空へ。
「太夫を何処にやる気だ!」
雷紋の放った矢を避けもせず、太夫の身体で受ける。
「!!」
「慈…慈音……助けて……。」
消え入りそうな太夫の声がした。
龍綺が雷紋に攻撃をやめさせる。
「木蓮姐さん!!」
慈音の声は彼女には届いていない。
黒い女は木蓮の身体から雷紋の矢を抜いた。
吹き出た血が地上めがけて落ちてきた。
「はははは!!」
高笑いが響く。
「太夫をどうするつもりだ!!」
女は高笑いを止めて慈音に鋭い爪を向けた。
「この娘が狂った原因はお前だよ、白虎の子。」
皆の視線を受ける。
「な…。」
「お前はこの子を選ばなかった…。人間と言うのが、これほどまでに愚かで脆い生き物とは、まさに御しやすい…。この娘…貰っていく…。」
「バカなことを!前鬼!後鬼!」
白妙の呼びかけに飛び出した鬼が女の方へと向かうが、女は瞬時に場所を変えてしまった。
「鬼姫、夜叉の子よ…この女のお前に対する憎しみも利用するぞ!…では、また会おうぞ。」
女は姿を消し、辺りを包んでいた不穏な空気は消えた。
2匹の鬼は白妙の身体に戻り、後味の悪い空気だけが残った。
「俺のせいだ…太夫を追い詰めてしまったから…。」
花街に戻った慈音は、母・繻子蘭に木蓮のこと、龍綺たちのこと、旅のことを話した。
息子の話を聞いた彼女は、息子を抱きしめ、次に白妙、龍綺、雷紋を抱きしめた。
「大変だったわね…。あなた達が、とんでもない宿命を背負っているのは分かったわ。」
慈音と白妙の間に座り、二人の肩を抱きしめる。
「あの子は元々思い込みの激しい子だったけど…私は、妹のように、娘のように接してきたから、あの子の考えなら変えられると高を括ってたのよ。木蓮の孤独を私も同じ立場の人間だから分かってるつもりだったのね。」
雷紋が口を挟んだ。
「太夫は、慈音のことを本気で?」
慈音が俯いてしまったので、聞いてはいけないことだったかなと彼は反省した。
「あの子の慈音への思いは、歪んだものだった。それは、たしかよ。相手をどんなに愛していても、その思いを押し付けてはいけない。何をしても許されるって訳ではないわ。あの子はそれを分かっていなかった。独占欲と言うには簡単には片付けられないものだったわ。」
龍綺は、ぽつりぽつりと自分に起こったこと、母の死を告げた。
「俺は、母上に犠牲になってもらいたくなかった。」
目の前で自ら命を絶った母の姿が頭に浮かんだ。
「人の思いを、1度決まってしまった心を説得させるのは難しい。その時のお母さんの心はあなたが自由になれるなら命なんて惜しくなかったのよ。それは、私が慈音に抱いている気持ちと一緒よ。母親ってね、自分の身体を痛めて生まれた子供は自分の命以上に大切なのよ。」
この言葉に白妙が繻子蘭の手を振り払った。
「私は、気味が悪いと…父、母に捨てられた!愛してもらった記憶なんてない。」
慈音も周りの者も、激しく感情を顕にする白妙を見たのは初めてだった。
皆の戸惑った表情にハッとなり白妙は腰を降ろした。
「白妙ちゃんが、御両親に愛されなかったのは、きっと…それ以上にあなたを愛してくれる人がきっと現れるからよ。こんなに可愛らしいんですもの。」
「可愛い?」
初めて言われた言葉だった。
「そうね、私は、白妙ちゃんのお母さんに今からなってあげる。あなたのお母さんが、あなたを愛せなかったのなら、2人目の母としてあなたを愛するわ。」
ぎゅっと抱きしめてくる繻子欄に、白妙は言葉を無くしている。
「私では嫌かしら?」
白妙はプルプルと頭を振る。そして、ゆっくりと繻子蘭の身体を抱きしめ返した。
「まぁ、慈音は、白妙ちゃんとキョーダイになったら困るだろうけど!」
「か、母さん!!」
真っ赤な顔をしている慈音を見て、龍綺と雷紋は噴出し、白妙はキョトンとしていた。
「ふふっ、とにかく、木蓮のことでお前が責任を感じることはないからね。」
母の手が慈音の頬に触れた。
「あの子の心の問題なの。…でも、できることなら救ってあげて?それは、あの子の姉としてのお願いよ。」
皆に視線を送り、頭を下げる繻子蘭に困惑する神の子達であった。
翌日、4人は新たな旅に出ることにした。
白虎の祠や社の結界を直し、街の結界も4人で四方を固め作り直した。
「凄いことができるのね…。」
感心する繻子蘭に、雷紋が苦笑した。
「中の人に従っているだけで、どういった仕組みになっているのかは分かってないんですよ。」
少し悔しそうな顔で言った。
「あなたも、龍綺くんも、うちの馬鹿と白妙をよろしくね。」
「馬鹿って…。」
皆は笑顔で旅立った。
何時までも手を振ってくる繻子蘭や、夕顔、朝顔が眩しく見えた。
「お前は、いい人に育てられたんだな。」
龍綺の言葉が嬉しかった。
仲間のコト、龍綺と慈音の父のコト、龍綺の残された力のコト、そしてあの女と木蓮のコト。
4人には色々と考えなくてはいけないことがあった。
「とりあえず、俺の親父のコトはいいや。」
突然、龍綺が言った。
「えっ?でもさ、お母さんの思いを伝えるんだろ?」
同じく父親に会いに行くことを目標の一つにあげている慈音がびっくりして言った。
「んー、なんかすること沢山ありすぎるからさ、しなきゃいけないことを優先しようと思って。あっ、お前は気にするなよ?だってさ…。」
慈音に気遣って龍綺が言葉を付け足そうとした時に、
「慈音の父親は都に行けば嫌でも会えるんだからさ、旅の目的に入れなくてイイよ。」
と、雷紋が笑顔で言う。
「でも…。」
「現在の急務は、仲間をそろえることだ。慈音もそのことに気を集中すればよい。…今、鬼達を方々に走らせている。そのうち何か情報を齎してくれるだろう。」
頼もしい白妙の言葉。龍綺と雷紋は頼もしい人を仲間にしたもんだと感心してしまった。
そうして、4人の旅は始まった。
大きな敵の正体も掴めぬまま、神の子達は前に進むしかなかった。
*****
「その者は…。」
木蓮はある男の前に座らされた。
言うことの聞かぬ体、声すら出せない。
「御館さま…例の作戦には、この女こそ相応しいかと…。」
隣に居る女が深く頭を下げていた。
「花街の花魁か…よかろう…女…お前の身体、役にたってもらうぞ…。」
近付いてきた男に深い口付けをされる。
「やぁ…。」
しびれるような感覚が木蓮を襲う。
「ふん、まだ意識があるのか……。人間の意識の残った身体を抱くのは久しい…可愛がってやろう…何、すぐ意識を失うだろう…目覚めればお前は……欄梓…暫くこの者と奥に行く。身代わりをしていろ。」
男の言葉に女は縋りつくような声を出した。
「お、御館さま!…人間の女子など!」
男の手が黒尽くめの女の首を捉える。ありえない距離を手が伸びたのを木蓮は見た。
「お前は、我の言う通りにしておればよいのだ…。」
食い込む指に女の赤い唇から苦しそうな声が漏れた。
木蓮は慈音よりも逞しい男の胸に抱かれながら、暗闇の空間へと連れて行かれたのだった。
(慈音!助けて…!)
虚しい彼女の心の叫びが彼に届くことはついになかった。
つづく




