奪還作戦
白妙を呼び出した木蓮は、改めて少女の顔を見た。
幼さの残る顔はやがて輝くばかりの娘へと進化していくことだろう。
月明かりに照らされた少女の赤い目は邪な自分の思いを見破っているように思えた。
「ば、馬鹿にしてんでしょ!」
口から出た言葉。相手の少女はキョトンとしている。
「何故、私がお前を馬鹿にする必要がある。」
その様が腹立たしくて木蓮は彼女の襟首を掴んだ。
「慈音に連れて来られたからって、自分のものだなんて思わないで!!慈音は、慈音は私のもの…消えてよ…。邪魔しないで…。」
ギッと睨む木蓮。
「あの者は、お前のモノではない。神のモノだ…。」
そう言い放った白妙を突き飛ばす。
白妙は木蓮のことなど気にも止めていないようで、上空を見上げていた。
「逃げろ!!」
彼女の声に木蓮は身体を強張らせた。ふいに物凄い力で身体が空中に舞い上がった。
空を翔るような悲鳴が出た。咄嗟に地上にいる白妙に手を伸ばすが、彼女は自分を捕まえているモノに傷を負わされていた。
後方から自分の悲鳴を聞きつけてやって来た慈音の姿を見つけた。
「慈音?…私はココよ!」
叫び声は風にかき消された。
彼は遠ざかっていく自分には目もくれず、膝をついている白妙に駆け寄っていた。
(慈音…。)
ふと自分を捕まえているモノの顔を見て木蓮は気を失った。
血走った目に牙と角を生やした豪族・三浦の変わり果てた姿がそこにあった。
「ここは…。」
暗闇に目が慣れてきた頃、木蓮は自分を見つめる瞳に気付いた。
「ひっ!」
青紫の炎が辺りを少しだけ明るくした。
目を凝らして見つめる先には美しい女がいた。
「可哀想な子…。」
白い肌に似つかわしくないほど赤い唇が印象的だった。
不思議とそこだけがはっきり見えている。木蓮は懐刀を握り締めた。
その女の横には三浦の姿があった。
虚ろな瞳、よく見ると腕が可笑しな方向に曲がっている。
声にならない悲鳴を上げた。
「安心おし、この男はお前に被害を加えないよ…。」
女は失笑しながら言った。
「あ、あんた…誰?ココはどこ…?」
震える手が懐刀を振るわせる。目の前の女はフッと笑った。
「可哀想に…お前の愛しの慈音は、あの娘にたぶらかされているんだよ?」
慈音の名を耳にして震えが止まる。
「あの白妙という小娘は、鬼の娘…人ではない生き物…このままだと、お前の愛しの慈音は、喰われちまうよ?」
白妙の赤い目を思い出す。あれは、人のモノではない。
「慈音を喰われてもいいのかい?」
女は気が付くと木蓮のすぐ隣に立っていた。
「い、イヤよ…慈音は私のもの!今だって、これからだって!!」
「そう、あの子はお前のモノ…誰も奪ってはならない…イイコだねぇ……お前のそのドロドロとした感情は、あの方もきっと気に入るだろう…。」
「えっ?」
「さあ、木蓮…お前は何を望む?あの娘を殺す力が欲しいんじゃないのかい?」
さっきまで見えていなかった女の目が光り、木蓮はその眼光に動けなくなった。
「ほ…欲しい…。」
女の静かな笑い声が狭い空間に響いた。
「では、その身体と魂…我に捧げよ…。」
木蓮の意識はまた薄れていった。
「なんかヤな予感がする。」
そう漏らしたのは雷紋だった。
下弦の月が辺りをやんわりと照らしている夜。
4人はそれぞれの持ち場に居た。
白妙と一緒に行動していた雷紋の言葉に、白妙も同感だと言った。
一定の距離に居る神の子は、神獣同士を通じて喋らなくても会話が出来る。
『太夫に何かあったのかもしれないな…。』
龍綺の言葉が皆に伝わる。
『急ごう…。』
龍綺がまず、塀を乗り越えて騒ぎを起こした。
屋敷の影という影から化け物が這い出してきた。
「青龍、暴れるぞ!!」
戦いが始まった。
雷紋と白妙はそれを合図に、邸内にある蔵を目指した。
雷紋が見張りの化け物を弓で倒すと、白妙は剣を出して、蔵の鍵を壊した。
蔵の中には攫われた女達が恐怖の目で雷紋と白妙を見ていた。
『龍綺!黄龍を!!』
龍綺に送った言葉。屋敷の東の方から金色の光が飛んできて、輪を作った。
「この中に飛び込むんだ。」
白妙が促す。輪の中には、白虎の社が見えていた。
「大丈夫。あそこはお前達の信じる聖域だ。」
見慣れた社に女達は涙を流しながら輪を潜った。
「…太夫。」
白妙が目の前に立っている女を見て声を出した。
「えっ?この人が木蓮太夫……?」
そこに立っているのは禍々しい気を纏った木蓮だった。
三浦の部屋に入り、掛け軸を上げるとそこには扉があった。
自分の記憶が正しかったことにホッとして、まずは、その扉を壊した。
地下に続く階段らしきモノから冷たい風が吹いてきた。
鼻を付く悪臭を混ぜて。
「くさっ!」
そう思って鼻を塞いだ瞬間、慈音の身体は後方へ吹き飛ばされた。
「うわっ!!」
襖を破り、2部屋分後ろに飛ばされた。
慈音は気を失っているヒマはなかった。
自分を吹き飛ばした大きな物体がまた自分を襲ってきたのだ。
「な、なんだ!」
目を凝らして見つめた先には、異形のモノに変化した三浦の姿があった。
「お、お前…三浦?」
「駄目だ!この人は正気じゃない!!」
太夫に向かって雷紋が矢を放つ。
木蓮は鋭くとがった爪を武器に2人にというか白妙に襲い掛かっていた。
白妙は、泣きながら攻撃を仕掛けてくる彼女に刃を向けられず、ただ避けていた。
「しかし…。」
空中を舞って彼女の攻撃を避けながら、襲ってくる化け物を倒していた。
雷紋は、彼女を襲う化け物を中心に矢を放つ。
「白妙!!俺がやる!!君は下がれ!!」
雷紋の矢が木蓮の肩に刺さった。
彼女から上がった悲鳴は、女の声ではなく、夜空を裂く様な化け物の声だった。
「雷紋!後ろ!!」
彼の後ろに化け物が3体迫っていた。
龍綺は自分を襲う化け物が少なくなってきたことに気付いた。
(蔵の方か…。)
彼は屋敷の対角線の方向へ飛んだ。
白龍を身に宿せば、空を飛べると聞いた。
しかし、今の彼には、平屋建ての屋敷の屋根を飛び越えるほどの跳躍力しかなかった。
(死ぬなよ…。)
慈音は、屋敷が壊れることなど気にも留めていない三浦が完全に人ではなくなっていることを確信した。
「太夫は!太夫をどうし…わっ!」
ヤツの破壊力を交わしながら質問をしてもたところで三浦が答えるわけではなかった。
彼の遣う風の力ではまだ彼の身体を持ち上げるほどの威力がない。
(どうすれば…。)
ふと内なる白虎が脳裏に囁いた。
(思い出せ…。お前の獲物だ…。)
頭に浮かぶ二つの月刃。
(方天戟…、白虎戟。)
呟くと慈音の手に身長ほどの矛が現れた。
三日月型の2枚の刃が背中合わせにしたように一本の長い刃先に引っ付いていた。
(お前の獲物だ…。)
「そういうのは、早く言えっつーの!」
慈音は戟を振り下ろした。
風だけでは切り裂けなかった三浦の身体が血飛沫を上げる。
(よし、これで戦える!)
白妙は苦戦していた。
助けなければといけない対象が、自分に攻撃を仕掛けて来ているのだ。
(どうする?どうやれば切り離せる?)
内なる鬼達が彼女の危機を察して出てこようとしている。
それを押さえながら、木蓮の鋭い爪の攻撃を避ける。
援護のはずの雷紋も、雑魚というには強い敵3匹を相手に、白妙にこの3体を近づけない様にするだけで手が一杯だった。
屋根を飛び越えようとした龍綺は、屋根から戦いを静観している黒い服を着た人物を見た。
「何者だ!!」
龍綺の声に反応したのは赤い唇の女だった。
怪しさに剣を女に振り下ろす。
女は、その剣を自らの剣で塞いだ。
「おや、お前は龍の子だね…。」
剣がぶつかり、火花が散る。
「お前は…。」
「私は、操る者…。お前達のしていることを無駄にするために生まれた者。」
「何を!!」
互角の剣の腕。
8度目に剣をぶつけた時に、屋敷の何かが弾けた。
「ちっ!」
女は舌打ちをした。
つづく




