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神の子  作者: 櫻塚森
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社にて

どれくらい戦っただろうか。

4人は大きなため息を吐いた。

「助かったよ、ありがとう。」

傷付いた手を差し伸べてくる雷紋に、慈音はにっこりと笑いかけた。

「その手を握り返すのは、痛そうだから、とりあえず社に行って、傷を癒そう?」

龍綺は、4匹の鬼達が1人の少女の前に膝を付き、言葉を待っている様を眺めていた。

「御苦労だった…。しばらく眠るがよい。」

少女の言葉に従うように彼らはまた光となって、彼女の胸元に消えていった。

4人は無言のまま白虎の社の境内に足を踏み入れた。

「あっ…。」

踏み入れた途端、身体を痛めつけていた傷が和らいでいくのを2人は感じた。

「きちんと手入れがされ、人々の信仰の篤い社というものは、その領域に入っただけで、神の子の傷を癒すものなんじゃよ。」

白澤の声がした。その口調はどこか淋しげに聞こえた。

白澤をはじめ、迦陵頻迦、麒麟を信仰する宗教はこの国には存在しない。

それゆえに感じる淋しさなのだろうか…。雷紋は言葉を発することが出来なかった。

黙っている雷紋の変わりに龍綺が自己紹介を始めた。

「俺は、龍綺…甲村と言うところから来た。…お前達も、神の子なんだろ?」

慈音の胸元の印を確認する。龍綺は自分の印を彼らに見せた。

「龍の文字…。そっか、そうだよね…俺は、慈音。白虎の神の子だよ。こっちは…。」

白妙に視線を送る。彼女は天に向かって顔を上げ、深呼吸をしていた。

「白妙…『夜叉』の神の子だよ。」

慈音の言葉に、龍綺は驚きの声、雷紋は「やっぱり。」と言った。

「なんで、やっぱり?」

「龍綺も、あの鬼達を見ただろう?鬼を操ることが出来るのは、『夜叉』の神の子だけだって言ったじゃないか。」

2人の会話に白妙がふっと笑った。

「別に操っているわけではないぞ。」

静かな声だった。

その美しい顔に2人が見とれていることに慈音は気付き、心がチクッと痛んだ。

「あ、あのさ、太夫を助けに行かなきゃ!」

話題を変えようとする。

突然のことに龍綺も、雷紋もキョトンとしてしまったが、白妙が、今まで起こった事の成り行きを話して聞かせた。

「では、その三浦とか言う豪族は…。」

「すでに敵の手に落ちている。少し時も経ってしまったから…太夫の命の保障もできない。あの屋敷の周辺には、私の鬼達を封じる結界が張り巡らされていて、残念なことに私の鬼達はあてにならない。」

白妙の説明を聞いていた雷紋が、

「じゃあ、4人で攻めようか。さっきの戦い方から言って、そんなに悪くないと思うよ。」

と言い出した。

「協力してくれるのか?」

慈音の言葉に、雷紋はにっこり笑った。

「ただし、」

「ただし?」

「このことが解決したら、俺達と一緒に他の神の子を探す旅に同行すること。」

沈黙。

「えっ…旅?」

「そう、旅。俺達の旅の目標は、君達のような神の子を探し出し、来るべき時のために備えること。だから、一緒に来てほしいんだけど。」

慈音は白妙を見た。彼女はふっと笑った。

「コレは神の啓示かもしれないな…。よかろう…この件が片付いたら、私はそなた達と共に旅に出る。」

慈音はふと母の顔を思い浮かべていた。

いつか花街を出るという覚悟はしていた。しかし、旅の目的は、父親に会うことだ。

少し戸惑っている慈音の表情を読み取った雷紋は、白妙の髪を一房手に取った。

「白妙みたいな綺麗な子と旅が出来て俺ってば嬉しいよ?」

その髪に口付ける。と、その瞬間、慈音が白妙の腕を掴み、自分の方に引っ張り、抱きしめていた。

「俺も行く!」

腕の中に、白妙がいることに気付いた慈音はハッと我に返り、彼女を放した。

「ご、ごめん…。」

龍綺はそっと雷紋に耳打ちする。

「なぁ…慈音って…。」

「白妙のコト好きなんだろうねぇ…。これって彼の弱点でもあり、強みだね。」

分かってて挑発した雷紋に龍綺は少々呆れてしまった。


「これ、三浦の屋敷の見取り図。」

境内の片隅で、慈音が懐から出した紙を広げた。

「…なんで、こんなものを?」

「あいつ、色々とうちの姐さん達にちょっかい出してきてたから、いつか懲らしめてやろうと思ってて、何回か忍び込んだことがあるんだ。」

少し照れ居るような顔に白妙がフッと笑った。

「お前は時々大胆になるな。」

「えっ!(…俺、やっぱり白妙に何か不埒なことしたんじゃあ…。)」

考え込む慈音。

「慈音?」

龍綺に声を掛けられ我に返る。

「あ、ごめん…。三浦の部屋はココ。」

「女達を閉じ込めているのは、…後鬼の話では、おそらくこの蔵であろう…。これだけ広い屋敷だ、隠し部屋とかあるかもしれない。」

慈音は記憶をたどった。

「あ、たぶん、三浦の部屋の床の間の…掛け軸の裏に何かあると思う。部屋に入ったはずのヤツが消えてて、掛け軸が歪んでた時があったから…。」

救出後の逃亡ルートを雷紋が提案する。

「じゃあ、龍綺が、敵の誘導。白妙が、女性達の救出で、俺が援護。慈音は木蓮太夫の救出。それで行こうかと思うんだけど?」

慈音は、木蓮の名前を聞いて少しぎくりとした。

その瞬間を雷紋は見逃していなかった。

慈音は、その案に煮え切らない返事をする。

その態度を見て雷紋は案についての説明をした。

「君達の話だと三浦は太夫にかなりの御執心だから、ヤツと一緒にいる確立が高い。となれば、お前なら太夫の顔を知っているだろ?女性達の説得には、やっぱり女の子の方が良いと思うし。…お前、太夫となんかあんの?」

慈音はカッと顔を赤くした。

「私と交代するか?」

白妙が心配して声を掛けてくれた。

しかし、あの白妙を連れて帰ったときの木蓮の様子を思い出すと、白妙の指示には従ってくれない可能性が高い。

「イヤ、その役は俺がする。」

決心しなければならないのだと思った。

自分の中に芽生えてしまった白妙への思いを今更消して木蓮に答えることは出来ない。

「慈音には、後1つ…できることならして欲しいことがある。」

「何?」

「白虎への祈りの力を変換して作られた結界を壊して欲しい。あれがなくなれば、鬼達は自由に戦える。」

結界の破壊。したことのないことに内なる心に尋ねる。

(どうにかなる?)

(敵の本体を倒さねば、あの結界は消えない。)

黙っている慈音の言葉を待つ。

「三浦か、ヤツを操っているモノを倒さないと結界は消えないかも…ごめん…なんか役立たずで…。」

「イヤ、たぶんそうだろうとは思っていた。ただ、私が危なくなったらあいつ等は私の意志など無視して出てくるのでな…。」

「大丈夫、白妙は俺と白澤が守るから、慈音は安心して、太夫を助けてよ。」

にこにこと笑顔を見せる雷紋に龍綺が耳打ちをする。

「あんまり苛めるなよ…。」

完全に面白がっている雷紋を他所に残りの3人はため息を吐いた。



つづく

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