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神の子  作者: 櫻塚森
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序章

神の子よ

神に愛されし獣の子らよ

深き心の闇間から 巨大な悪が

私を侵食しようとしている

神の子よ

神に愛されし獣の子らよ

今 この時を私は待っていたのだ




人にとって神という存在が生活にとって大切な存在であった頃、人々が神を敬うように、神々も人々を見守っていた。

人の国に乱世の予感が起こると神々は、自らの分身を地上に落とし、人の中に宿すという行いを繰り返していた。

神の分身、神獣を宿す者は、強さと美しさ、そして聡明さを持ち合わせ、人々はその人を『神の子』と呼び、敬ってきた。

しかし、数百年の歴史が流れ、今の王族の世となってから、人々の暮らしは安定し、大地を守り、導いてきた『神の子』は、新たな解釈で上流階級の者達に浸透していく事になった。


『神の子』とは、神が自らの身体を切り離し生まれたと言われる8つの神獣:龍、朱雀、玄武、白虎、麒麟、白澤、夜叉、迦陵頻迦、それぞれを人の身体に宿し、生まれた子供のことである。

今となっては、古から王族が保管している古文書に書かれている本来の彼らの役目を理解する者は少なくなり、その神にも似た力は、周りを囲む全てのモノを守り、富と名誉を与え続ける存在であると理解されるようになった。

『神の子』は、その神獣にそった独特の容姿と胸に印を与えられ生まれるため、上流階級の者達は、『神の子』の噂を聞きつけると奪い合い、捕えると封印のされた部屋で一生をその中で過ごさせるようになった。

自らの分身をそのように扱われた神々は次第に、人と人とが起こす災いに『神の子』を誕生させることはなくなり、少しずつ『神の子』の記憶は人々の中から消えていくこととなった。


現在この珠国を治める遠雷王は、思慮深く、思いやりのある王であると民からの信頼が篤い人と知られている。

人々は、最低限でも安定した暮らしを送る幸せを、管理している王の力量として尊敬し、隣国との小さないざこざはっても、戦争を起こすことのない世界を歓迎していた。

しかし、どんなに安寧な世の中であってもそれを壊そうとする者は存在し、遠雷王の治世が15年続いた年に王政に暗い影が差した。


その者の名は芳崖。

珠国の軍事参謀を務める男であった。

「王は手ぬるい。何故軍事費を削減しようなどとお考えになる。隣の剛国や、箕油国とて、まだまだ油断などできないと言うのに…。」

芳崖は彼なりに国を思っていたが、遠雷王に対する憎しみを抱いていた。

その理由を知る者はほとんどいない。

(なんとしても遠雷王から…。)

考え込んでいる芳崖の耳元に囁く声があった。

『乱世をお望みかい?』

低い女の声だった。

芳崖は腰にさしてあった剣を抜き、身構えた。

「何者だ!!」

耳元で笑う女の声がふと消えて、目の前に暗黒の渦を巻く空間がぽっかりと開いた。

芳崖の背筋がスッと冷たくなるほどの恐怖が目の前に迫っていた。

「出て来い!」

『…ほんに軍事参謀様は、この国の将来を憂いておられる…。』

黒い空間から女が現れた。

黒ずくめの服にはフードがあり、赤い唇だけが妙に艶かしいものだった。

芳崖は、剣を握る手に力を込めた。

「何者だ!」

『私の名は、欄梓…龍神に仕える巫女…。』

「龍神だと!では、なぜそのように禍々しい気を纏っておるのだ!」

『それは、この国の将来を示しているからにございます。』

芳崖は言葉を無くす。

「こ、この国の将来だと…?」

『このままの軍事縮小は…この国が他国に攻め入られ、人々は圧制に苦しめられる未来を示しているのです…。』

「剛国や、箕油国が攻めて来るのか!!」

芳崖は何時しか剣を降ろし、女の言葉に聞き入っていた。

『それよりももっと恐ろしいことが…。そう…あなたの希望の星に災いが…。』

芳崖は言葉を無くす。

そして強く件を握り締めた。

「何故、私の望みを知っている。お前は何者だ!」

女の口角が上がった。

『私は、芳崖様に使え、あなた様の願いを叶える力を…ある方からあなた様へ送るために存在するもの。』

「…ある方だと…?」

『あの方は、芳崖様の真の願いを知っております。そして、その願いを叶えるためには遠雷王…いえ、この王政が邪魔であると言うことも…。』

「確かに、遠雷王の存在は私にとって邪魔なもの。しかし……私の願いを叶える為とは言え、この国の民を路頭に迷わせることはできない…。私は王位に立つつもりはないのだから。」

女はすうっと手をフードにかけて顔を見せた。

芳崖はその女の顔に言葉を無くす。

(なんと美しい……。)

白い肌に赤い唇。

女は芳崖に近寄るとその首に手をかけて顔を近づけてきた。

『さぁ、思い出しなさい…芳崖様の世界には何が足りないのか…あなた様の真の希望が何であるのか…何が欲しいのか…。』

芳崖は女の視線から目を逸らせなくなっていた。

『あの方は芳崖様の願いの全てを叶える力を持っています…さぁ…身を委ねて、その心をあの方の為に捧げなさい…。』

数秒後、芳崖の目の輝きに闇が差し込んだ。


「芳崖様!どうなされました!!」

芳崖が床に落した剣は大きな音を立て、駆けつけた家の者は、躊躇なく扉を開けた。

そこには、横たわる黒い服の女と、剣に血を滴らせ立っている芳崖の姿だった。

「そ、その女は…。」

「この女は、化け物よ…我を取り入れんとした。国王に進言せねばなるまい…。国中に魑魅魍魎共が溢れようとしていると…。」

芳崖は、言い放つと衣を翻し、部屋を出て行った。

「馬の用意を!国王に謁見する!!」

以後、国中の村や町は、その関所に魔除けの札を置き、化け物の侵入を阻止する作業に取り掛かった。


つづく

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