よろしく、してください
「はあ、重たかった。もう少し軽い剣にならないもんかな」
俺の耳に届いたのは、そんな言葉と、金属がどこかに突き刺さるような音だった。そんな音にビックリした俺は、思わず固く閉じてしまっていた目をうっすらと開けた。
こげ茶色の癖っ毛頭。顔は明らかに「かっこいい」ではなく「かわいい」部類に入る整った顔。彼の髪の色と同じセーター、ズボンというとうな、どこかの学校の制服のようなものを身に着けていた。そんな青年が尻もちをついた俺を見下ろすような少し離れたところに立っていた。
「ん?何?僕の顔、そんなに変かな」
俺はしばらく言葉を発する事が出来なかった。ついさっきまで、あの巨大な「怪物」をたった一人で蹴散らしていた「化け物」がこんなに近くにいるのだ。だれでも黙りこむと思うぜ、この状況に実際に立ったならな。
「……お前は、何者だ」
ようやく腹の奥から絞り出した言葉を、俺はその青年に向かって言った。
「僕からすれば、君に何者だって聞きたいんだけどな」
質問に質問で答えやがった。ならこう聞けばいいのか。お前の正体はなんだ、とな。
「ううん、正体、と聞かれても困るなあ。抽象的すぎないかい?」
人の質問に答える気がないらしい。ならさらに具体的に聞こう。お前はここで何をしてた。
「質問者が分かっている問いに答える義務はないよ」
いちいち理屈で返してきやがるな、こいつ。なら、何のためにこんなことしてた。
「証人喚問とかじゃないんだから、絶対に答えなければならないわけじゃないよね?」
「うわああああ!いかん、いらいらする!俺が質問してるってのに、なんなんだよお前は!」
もう限界だった。自分が質問してるのか、なんなのかすら分からなくなってきた。俺はイライラした気持ちを抑えるべく、自分の頭をわしゃわしゃした。
「あっははは!これぐらいでへばっちゃうかあ。まあ僕の予想通りかな」
どうやら俺はこのエセ教授のような喋り方をする青年に試されていたようだった。むかつくな、こいつ。
「まあ、これ以上いじめるのはやめようかな。で、僕の正体を聞いてたっけ。」
ああ、そうだ。最初っからそう素直に答えときゃいいんだよ。
「榊原一誠だよ」
「いや、俺はお前の名前を聞いてるんじゃなくて…」
「同じことだよ。名前っていうのはその人を表すためのものだろう?だから、正体、と聞かれたから名前を答えたんだ。違うかい?」
言いたい事は良く分からなかったが、それらしいことを言ってるような気がしたので黙っておくことにした。
「それで、君たちは何者なんだい?こんなところに来るなんて」
「あ、ああ。俺は日向。んであっちにいるのが…おい、椎名!」
あの超トンデモ暴力少女は、未だに茫然としているご様子だった。
「……え、ああ、何、日向」
「何、じゃねえよ。今、こいつと自己紹介してるところだろ。何いつまでボーっとしてんだよ」
「あ……そうだったの」
何だ、こいつは。いつもに比べて明らかにおかしい。あの「怪物」を見てからだろうか。とりあえずそんなことは放っておいて、俺は椎名に榊原を紹介した。とはいってもあいつの名前だけしか知らないんだがな。
「榊原君ね。よろしく。私は椎名あかね」
あいつは自分の名前を言う頃にはすでに自分を取り戻しているようだった。
「椎名さんに日向君か。どちらもいい名前だね。これからよろしくね」
「ああ、よろしく……ってまて。俺はよろしくするとは言ってないぞ」
「いや、でも椎名さんはよろしくって」
「くそっ。俺はあんな「怪物」を呻かせるような「化け物」のお前と仲良くする気はないぞ!」
そうだ、こんなファンタジックなことをするためにここに来たわけじゃない。俺は「俺」を取り戻すためにここに来たんだ。
「そうか、残念だな。もしかしたら、「君」を取り戻させてあげられたかもしれないのに」
「ああ、分かってくれて何よりだぜ…え?」
「もしかしたら、この世界から出て、新しい人生を歩むことだって、できたかもしれないのにね」
「ちょっとまて、それはどういう意味……」
謎の、いや、もしかすればこの「世界」の本質にかかわるようなことを喋っていたんじゃあ。
「のっっっっったああああ!」
急に椎名が大声を張り上げた。椎名、叫び声は俺の専売特許だぞ。
「本当に、本当にこの世界から抜け出すことが出来るのよね!?そうなんでしょ!?」
「うん、僕とよろしく、してくれるなら、ね」
「よろしく、榊原君!全力で歓迎するわ!」
え、何?なんか話が進んじゃった感じなの?ねえ。そんな俺の声はどうやら椎名には届いてないようだった。そんな浮かれる椎名の横から、榊原が近づいてきて、俺の前で静かに腰を下ろした。
「君は、自分を取り戻したくは、ないのかい?」
その声はまるで椎名が俺によろしく、と言って手を差し伸べてきた風だった。だから俺はあいつの手を取ろうと左手を伸ばそうと…
さくっ
そんな軽快な音が廃病院に響き渡った。そして、俺の左手を赤い液体がつたう。あれ、なんかずきっずきしてきたぞ。なんでだろうなあ。
「あはははははは!ま、まさか本当にやるとは思ってなかったよ!あははっ!」
そんな榊原の笑い声が反響した。何なんだ。
「左、見てごらんよ」
見た。物凄い大きさの剣が床に刺さっていた。そして、俺の手がその剣に当たっていた。
「まさか、床に挿しておいた剣に腕が当たって切れる、なんてことになるなんてねえ。これは予想外だなあ、あっはははは!」
またまた、前言撤回だ。こんな奴と、よろしくしてたまるかあ!
そんな俺の心からの叫びは、椎名の浮かれた感じの軽快な歌と、榊原の高らかな笑い声にかき消されて、廃病院にこだますることはなかった。
高速更新なので内容も薄っぺらで段落も付けれてません。ごめんなさい。また付けておきます。by緋奈世