第一話東方の灯
腐敗した大国の欺瞞を、十五歳の少年がいま撃ち抜く。 新時代の軍略と謀略が交錯するアルヌス王国 特権に酔う貴族たちと、過去の栄光に固執する将官たちによって、静かに体制の寿命を迎えようとしていた。 国を再建しようとする一人の若き非凡なる覇者の行方はいかに
アルヌス王国850年の歴史を持ち、大陸の枢要部を占める王国である。だが、長い歴史を持つ国にありがちなこととして、制度の疲労と腐敗はもはや隠しきれない段階にきていた。
都の廷臣たちが日々熱心に取り組んでいるのは、もっぱら権力と利権の再分配であった。
領地から上がる税収をいかにして王宮の交際に費やすか。そして、次期国王と目される第一王子カール・フォン・ウィルヘルムの機嫌をどう取るか。彼らの関心事はその二点に尽きている。
中央が富に酔えば、辺境への視点は鈍る。
東方の山岳地帯で重税に抗議する部族の武装蜂起が頻発しても、彼らは「田舎の暴動」としか認識しなかった。
当該地域の実情は、
「武装した反乱軍と交戦 軍駐屯地及び官庁を占領中」という一報は
「市民が蜂起 事態は収束可能」と改竄され、中央政府の官僚的情報統制と楽観という実に合理的な決定がなされ思考は硬直化という言葉が生易しく聞こえる程である。
少数の正規軍を派遣すれば鎮圧できると、疑いもなく信じていた。
政治の淀みは、軍隊の硬直を招く。
アルヌス軍の基本戦術は、およそ一世紀前から進歩していなかった。主力を担うのは戦列歩兵であり。地方の各集落から徴兵した農民に目立つ軍服を着せ、小太鼓の律動に合わせて横隊を組ませる。そのまま歩調を合わせて前進し、敵の眼前にて一斉射撃と銃剣突撃を行う。
火器の命中精度が極端に低かった時代には、この密集隊形が確かに威力を発揮した。だが、周辺諸国ではすでに命中率の高い銃が普及し、地形を利用した散兵戦術が主流になりつつある。
にもかかわらず、アルヌスの将官たちは「我が軍の整然とした横隊は無敵である」と信じて疑わなかった。長年の平和に慣れ切った結果、軍事教練は野外における観兵式の延長になり、宮廷貴族の玩具と化してしまった
第四王子アーサー・フォン・ウィルフェルムは、王宮の書庫の暗がりから、そうした自国の旧態依然たる有様を静かに観察していた。
この僅か15歳の少年は王位継承の圏外に置かれているため、宮廷の派閥争いとは無縁の日常を送っている。
廷臣の顔色をうかがうことなく、自室に箱詰めになった環境は好都合で静かに文献や書物をあさるほどで、腫物扱いされることもない様は道端にある小石に等しい存在。
彼にとって、アルヌスの軍隊が兵器も戦術も時代遅れであることは、嘆くべきことというより、単なる事実であった。
その事実を声高に指摘して体制を正そうとするような野心は、この物静かな少年のどこにもない。
そんなアーサーが初陣を迎え、第一王子カール・フォン・ウィルヘルム率いる討伐軍に随行したのは、850年3月の事である。
雪解けを待った上での出陣となる中で、東方地域の反乱の実情は刻々と悪化の一途を辿り収束するどころか占領地域は拡大。
特に東方地域は冬になると食糧不足が更に深刻化し、軍の食糧庫や資材略奪は絶えることなく、その領域は東方地域一体に拡大する一方だ。
討伐軍の主たる任務は、反乱勢力の掃討及び治安の回復という聞こえの良い物であるが、実態は反体制派の一層
つまり民衆の弾圧にほかならない。
軍勢の戦力は総勢9000であるがその内訳は銃や大砲といった通常編成の他に、治安維持任務に割り建てられる特務兵の一団が紛れ込んでいる。
輸送物資には拷問器具か拘束道具、空の荷車を見ても治安の回復という言葉が愚かしくなるものばかりである。
アーサーは側近の部隊500と共に、末席として随行することとなる。
形式的上は、東方地域の視察及び初陣というものだがあくまでも形式上の事である。
第一王子カールが同じ15の代で出撃した際は、6倍の兵力だった事を考えると違いは一目瞭然であるし、アーサー自身も戦力の一翼を担うことは想定していない。
馬上で揺られ透き通るような金髪と神々しい軍装を身にまとい、軍はカルコ村で休息する。
「お疲れになられましたか」
大きな体を揺らし神々しい銀のサーベルを腰から下げた鞘に収めているのは、側近兼護衛係のテム・ウォルターである。
「馬に揺られて少し気分が悪いですね、貴殿はいつもお元気ですね」
「我が一族は騎兵の一族、7歳の頃から馬とは同胞であります」
遠征に携わってきたテムはアーサーとは10歳も離れているが、その戦歴は輝かしいもので騎兵部隊を指揮する能力とその即断即決には定評がある。
「自分も見習いたいものです、しかしながら気分を害するの理由は他にもあります」
アーサーが視線をそらした先、特務兵による捜索が行なわれている。
反乱軍の占領する地域とはまだ40キロ以上も先ではあるものの、潜伏する残党や協力者がいる可能性もあり、カラコ村は左右を山岳部に囲まれていることも相まって捜索は念入りにされている。
そこに特務兵の1人が村民に拳を振り下ろし、情報をはかせようとしていた。
「言え!言わぬか」暴行は腹部の殴打にとどまらず、他の兵士も群がり袋たたきとなっている。
「待たぬか」見かねたテムが兵士達に割って入ろうとしたが、暴行する兵の上官がこちらを嘲笑うように
「何の権限がありこちらの任務を妨害されるのか、我々は従来の任務を遂行しているに過ぎない」
「何の嫌疑のないものに暴行を加えることが任務といえるのか」
暴行された者は50代程のやせ細った老人で、杖をつき歩行も困難なものを特務兵達は乱雑に扱っている、こうした横暴は東方地域にとどまらず領内全地域で行なわれ、私利私欲を満たすだけならまだ可愛らしく、内部の人事査定にまで影響している。
長きにわたり領地の治安維持をつかさどった特務兵も中央政府の怠慢と組織内部にある内部手続きに沿った行為として、平然と暴力が肯定される悪しき風潮が蔓延している。
言い争いをしている中、特務兵の1人があろうことかサーベルを抜刀し老人の腕を切り裂き、鮮血が流れる
アーサーも目の前で起きた蛮行に呆然としていたが、周りの兵士達は気に病む様子すらない。
そこに一発の銃声が鳴り響いた、アーサーは身を低くし周囲を見渡しす中で、撃たれたのは先程サーベルを抜刀したものだった。
アーサーは周囲に目を向けると、左手の山陰にこちらに視線を向ける人影を視認し、側近達を連れて捜索に駆け出していた。




