第9章 絶頂と崩壊の前兆
加藤綾は、ついに芸能界の頂点に近づいていた。主演ドラマの視聴率は二桁を超え、雑誌の表紙には常に彼女の顔が並んだ。街での声援、撮影現場のフラッシュ、SNSのコメント――すべてが成功の証だった。しかし、その光の裏で、精神の均衡は次第に崩れ始めていた。
成功は、想像以上に孤独を伴った。誰も彼女の過去を知らず、知る必要もない。整形で変えた顔、体を売って得た金、枕営業や権力者との関係、暴力団との接触──そのすべては秘密として積み重なり、心の奥底で重石のように存在していた。鏡の前で笑顔を作るたびに、心の空洞は少しずつ広がっていく。
ある日、撮影現場で共演者の何気ない言葉が、過去の記憶の扉を開いた。「昔、地方から上京してきたって話、本当なの?」 声は穏やかだったが、その一言が胸に刺さる。過去の自分、虐待に耐え、体を武器に生き延びた少女の姿が、フラッシュバックのように脳裏を駆け巡った。心の奥で、怒りと恐怖が同時に沸き上がる。
SNSでは、ファンが加藤のプライベートを掘り下げる話題を見つけ始めていた。匿名の書き込みや、かつての出会いの痕跡が少しずつ噂として広がりつつある。成功と人気は、同時に過去を暴く危険も伴った。誰も信じられない、でも自分を守らなければならないという焦燥感が、胸を締め付ける。
精神的な疲弊は、体にも現れた。夜眠れず、薬に頼る日が増え、体調は徐々に乱れた。整形の手術痕や過去の性感染症の影響が、痛みとして再び意識に上る。華やかな表舞台と、暗い裏側――その二重構造が、精神の限界を試していた。
同時に、復讐心が微かに芽生え始める。孤独、裏切り、虐待――すべてを自分の外側に押し付けたいという欲望が、静かに心を覆う。だが、表向きは笑顔を作るしかない。光の中での成功と、闇での怒りの交錯。心はすでに限界ギリギリで揺れていた。
夜、ホテルの一室で一人鏡を見つめる。整形で作られた顔は美しい。体も理想に近づいた。しかし、瞳の奥に潜む影は消えない。成功は手に入れたが、心は崩壊の予兆を告げていた。過去は沈黙しているように見えるが、いつ牙を剥くか分からない。
加藤綾は、光の中で笑う少女ではなく、影と孤独を背負った戦士となった。絶頂の舞台の上で、崩壊の前兆を心の奥で感じながらも、まだ笑顔を作るしかなかった。




