エピローグ 「誰も覚えていない名前」
その女の死は、
新聞の社会面の、
三段ほどの記事で終わった。
《元女優とみられる女性、
都内の簡易宿泊所で死亡》
《男に刺され、
その後、出血性ショック》
《男はその場で逮捕》
それだけだった。
テレビは、
別のニュースを流していた。
与党議員の不祥事。
秘書の自殺。
株価。
芸能人の不倫。
(……ああ、
やっぱり、
誰も、興味ないんだ)
そんな声が、
どこからか、
聞こえた気がした。
だが、
もう、
確かめようもない。
加藤綾という名前は、
すでに、
芸能データベースから、
削除されていた。
事務所のサイトも、
彼女のページだけ、
404になっていた。
過去の出演作は、
「出演者不祥事により配信停止」。
それでも、
世界は、
一ミリも、
止まらなかった。
簡易宿泊所の一室。
畳に、
うっすらと、
血の染みが残っていた。
管理人は、
漂白剤を、
何度も、
撒いた。
「……変な女だったな」
それだけ言って、
バケツを持って、
部屋を出た。
犯人の男は、
取り調べで、
泣き崩れた。
「……好きだったんです」
「……裏切られたと思って」
「……全部、
俺のお金で……」
供述は、
途中から、
意味不明になった。
刑事は、
淡々と、
調書を書いた。
「ストーカーによる
殺人事件」
そう、
分類された。
遠藤誠という名前は、
その調書には、
一切、
出てこなかった。
両親の殺害。
議員刺殺事件。
すべて、
別件扱いだった。
線は、
どこにも、
引かれなかった。
(……あたし、
何だったんだろ)
そんな声が、
また、
聞こえた気がした。
だが、
もう、
誰も、
答えない。
朝が来る。
新聞配達の
バイクの音。
簡易宿泊所の前を、
通学途中の
高校生が通る。
その子は、
一瞬、
立ち止まった。
「……ここで、
人、死んだんだって」
友達が、
そう言った。
「へえ」
それだけで、
二人は、
歩き出した。
加藤綾という名前は、
そうして、
この街から、
消えた。
誰にも、
惜しまれず。
誰にも、
理解されず。
誰にも、
裁かれず。
ただ、
使い捨てられた。
最初から、
そうなる運命だった
みたいに。
― 完 ―




