第27章 商品だった女
東京・世田谷区。
築三十年の、古いマンションの一室で、
佐伯健一は、缶ビールを片手に、
テレビのニュースをぼんやり見ていた。
画面には、
加藤綾の事件を特集するワイドショー。
「元トップ女優、凶行の果てに刺殺――」
キャスターの声が、
やけに軽かった。
佐伯は、
テレビを消した。
「……あいつら、何も分かってねえ」
彼は、
綾の、元マネージャーだった。
最初に会ったのは、
綾が、二十一のとき。
小さな舞台の、
端役のオーディション会場だった。
他の女の子たちが、
必死に笑顔を作る中、
綾だけが、
無表情で、立っていた。
「……名前は?」
「……加藤綾です」
声は、低く、
目は、妙に冷めていた。
だが、
カメラテストをした瞬間、
空気が変わった。
レンズを見つめる、その目に、
凄みがあった。
――売れる。
佐伯は、
直感した。
最初は、
普通の営業だった。
ドラマの、脇役。
グラビア。
イベント出演。
だが、
なかなか、
大きな仕事は来ない。
事務所の社長が、
佐伯に言った。
「……政治家の先生に、会わせろ」
「……は?」
「パーティーに、連れて行け。
顔売っとけ」
佐伯は、
嫌な予感がした。
だが、
断れなかった。
ホテルのスイートルーム。
綾は、
黒いドレスを着て、
ベッドの端に座っていた。
相手は、
五十代の、与党議員。
「……綾ちゃん、かわいいね」
議員の手が、
彼女の太ももに、伸びる。
佐伯は、
ドアの外で、
煙草を吸っていた。
中から、
押し殺した声が、
聞こえた。
――やめろ。
そう思いながら、
佐伯は、
ドアを叩かなかった。
その日を境に、
仕事が、増えた。
ゴールデンタイムのドラマ。
映画の、ヒロイン。
CM。
スポンサーには、
大手企業の名前。
事務所は、
潤った。
社長は、
上機嫌だった。
「……あいつ、使えるな」
佐伯は、
吐き気がした。
綾は、
何も言わなかった。
仕事を、淡々とこなした。
枕営業も、
政治家との会食も、
暴力団幹部との酒席も。
全部、
受け入れた。
ある夜、
佐伯が、
酔った勢いで聞いた。
「……嫌じゃないのか」
綾は、
少し笑った。
「……嫌ですよ」
「……じゃあ、なんで」
「……生きるためです」
それだけだった。
人気が、
爆発した。
バラエティ。
主演ドラマ。
映画賞。
SNSのフォロワーは、
数百万。
「清純派女優」
そう、
持ち上げられた。
佐伯は、
その肩書きに、
何度も、
苦笑した。
やがて、
過去が、
ネットに出た。
未成年時代の売春。
中絶歴。
性病。
匿名掲示板から、
一気に、
拡散された。
スポンサーが、
次々、
降りた。
テレビ局から、
連絡が来た。
「……しばらく、出演、見合わせで」
事務所は、
手のひらを返した。
「……もう、うちでは守れない」
佐伯は、
綾に、電話した。
出なかった。
翌日、
自宅に行った。
部屋は、
荒れていた。
割れた鏡。
床に散らばる、
睡眠薬。
ベッドの上で、
綾が、
天井を見つめていた。
「……終わりました」
ぽつりと、言った。
「……俺は、守れなかった」
佐伯は、
独り言のように、呟いた。
テレビでは、
また、
綾の特集が流れている。
「悲劇の女優」
「堕ちたスター」
どれも、
薄っぺらかった。
佐伯は、
缶ビールを、
一気に飲み干した。
「……商品だったんだよな」
綾は、
最初から最後まで。
利用され、
消費され、
捨てられた。
窓の外で、
救急車のサイレンが鳴った。
佐伯は、
目を閉じた。
「……ごめんな、綾」
もう、
届かない謝罪だった。




