第20章 事情聴取と嘘の綻び
翌日の午後、私のアパートに警察が来た。
今度は、宅配じゃない。
インターホン越しに、低い男の声。
「警視庁です。加藤綾さん、ご在宅ですか」
心臓が、耳の奥で鳴る。
――来た。
私は、深呼吸してドアを開けた。
スーツ姿の刑事が二人。
一人は四十代くらいの、目の細い男。
もう一人は、三十代前半の、無表情な男。
「突然すみません。ちょっとお話を伺いたくて」
私は、無理やり笑顔を作った。
「……何でしょうか」
部屋に入った二人は、さりげなく視線を巡らせた。
床、ゴミ箱、洗面所のドア。
「最近、この辺りで起きている事件、ご存じですか」
「ニュースで……見ました」
声が、少しだけ上ずる。
「夜、外出されることは多いですか」
「……たまに」
「一週間前の火曜日、夜九時から十一時の間、どこにいました?」
――来た。
私は、事前に考えていた答えを口にした。
「友達と、渋谷で飲んでました」
「どなたと?」
「……中学の同級生で……名前は、えっと……」
一瞬、言葉に詰まる。
刑事の目が、細くなる。
「連絡先、分かりますか」
「……スマホ、壊れてて」
沈黙。
部屋の空気が、重くなる。
「加藤さん、あなた、顔に傷がありますね」
私は、反射的に頬を触った。
「……階段で、転びました」
「そうですか」
刑事は、メモを取った。
そのとき、無表情だった若い刑事が、洗面所のドアを開けた。
「……ちょっといいですか」
「え?」
彼は、洗面台の下のゴミ袋を指さした。
「これ、何です?」
私は、言葉を失った。
中には、まだ捨てていなかった、血の染みたハンカチ。
――しまった。
「……生理用品です」
咄嗟に、そう言った。
若い刑事は、無言で袋を持ち上げ、匂いを嗅いだ。
「……鉄の匂いがしますね」
私は、足元が揺れるのを感じた。
「任意ですが、DNAの採取にご協力いただけますか」
目の前が、白くなる。
「……何で、私が?」
「周辺の聞き込みで、あなたと体格が似た人物が、現場近くで目撃されています」
――嘘。
そう思いたかった。
私は、作り笑いを浮かべた。
「……それ、別人じゃないですか」
「協力いただけない場合、令状を取ることになります」
沈黙。
私は、ゆっくり頷いた。
「……分かりました」
その瞬間、負けた気がした。
事情聴取は、警視庁本部で行われた。
白い部屋。
無機質な机と椅子。
同じ質問が、何度も繰り返される。
「火曜日の夜、どこにいましたか」
「渋谷です」
「誰と?」
「……友達です」
「名前は?」
「……」
私は、汗で背中がびっしょりになっていた。
刑事は、机に写真を置いた。
防犯カメラの静止画。
フード姿の人物。
身長も、体格も、私にそっくり。
「これ、あなたですよね」
「……違います」
声が、震える。
「歩き方、癖、似てます」
「……偶然です」
刑事は、深く息を吐いた。
「加藤さん、あなた、元女優ですよね」
――え?
「SNSで、あなたの過去、話題になりました」
頭の中が、ぐらっと揺れる。
「……それが、何か」
「被害者の一人、あなたと過去に接点があります」
「……」
五人目の議員。
あの男は、私を抱いたことがある。
「……知りません」
私は、嘘を重ねた。
だが、その嘘は、もう限界だった。
夜遅く、私は解放された。
「今日は、これで。ですが、しばらく日本を離れないでください」
刑事のその言葉が、重かった。
アパートに戻ると、私は床に座り込んだ。
「……終わった」
なのに、不思議と、涙は出なかった。
私は、スマホを手に取り、検索する。
「海外 逃亡 方法」
――まだ、終わってない。
その夜、私は、七人目の標的を探していた。
逃げるより、壊す方が、楽だった。




