第2章 夜行バスの逃避行
夜行バスは、ただひたすらに闇の中を走った。揺れる座席の隙間で、握りしめた三万円が冷たく手に触れ、胸の奥の痛みを増幅させる。窓の外を流れる街灯はまばらで、まるで未来の断片のように瞬き、そして消えていった。
東京に着けば、何とかなる──そう思うしかなかった。だが、頭の片隅で「何とかなる」の意味を理解できない自分もいた。家出した理由は、ただ逃げることだけ。行き先も計画もない。未来は、闇の中に沈む灰色の海のようだった。
到着した夜、私は新宿の薄暗い路地に立った。人々の喧騒とネオンの光が、まるで別世界の幻のように感じられる。バッグを抱え、体を震わせながら、まずは生き延びる手段を考えた。食べ物も寝る場所も、当てがない。財布の中には三万円しかない。
最初の数日は、ネットカフェと24時間営業のファストフード店を転々とした。夜を越すためには、体を売るしかなかった。警戒と恐怖の中で、誰かの腕に抱かれると、自分の体が商品になる感覚に心が震えた。痛みと屈辱が絡み合い、涙は出なかった。ただ、金が必要だった。生きるために。
薬も覚えた。精神を保つため、恐怖と絶望を麻痺させるために。覚醒剤ではなく、睡眠薬や安定剤、手に入るものを少しずつ覚えた。体はボロボロになり、性感染症にも何度も侵された。堕胎も何度か経験した。命を繋ぐための痛みは、いつしか日常になった。
友人もできたが、誰も信じられなかった。ある少女は、夜の街で助けを求めてきたが、翌日には消えていた。彼女の死は、自分の心に影を落とした。裏切りと死が、東京の街では日常だった。信じられるのは、三万円と、自分の体だけ。
それでも、前に進まなければならない。生き延びるために、体を売り、薬に頼り、痛みを麻痺させ、孤独に耐えた。心の奥底で、わずかな怒りと憎悪が芽生えた。「生き抜くためなら、何でもやる」と。その種は、この先の人生を狂わせることになるとも知らずに。
バスを降りたあの日の私と同じように、東京の夜は静かに、しかし確実に私を試す。寒さと恐怖に凍える14歳の少女は、ただ前に進むしかなかった。




