第15章 社会への憎悪と新たな標的
東京に戻った私は、誰にも会わず、誰とも連絡を取らず、狭いワンルームの部屋に引きこもった。
テレビもつけず、カーテンも閉め切ったまま、昼か夜かも分からない時間をただ横になって過ごす。
両親を殺した実感は、現実味を持たないまま、じわじわと遅れてやってきた。
ニュースになっていないか、警察が来るんじゃないか、そんな不安が頭をよぎる一方で、心は異様なほど静かだった。
――何も変わらなかった。
あれだけ憎んでいた二人を殺しても、心の穴は埋まらない。
むしろ、底が抜けたように、虚無が広がっただけだった。
私はベッドの上で天井を見つめながら、これまでの人生を反芻する。
虐待。
夜の街。
薬。
性病。
堕胎。
裏切り。
成功。
暴露。
孤立。
すべてが、私一人の責任だったのか?
違う。
そんなはずはない。
私を捨てた両親。
私を買った男たち。
私を利用した芸能界。
スキャンダルを面白がって拡散したネット民。
沈黙した政治家。
弱者を守らない社会。
「……みんな、同罪じゃない」
呟いた声は、部屋の壁に吸い込まれて消えた。
ある夜、スマホでニュースを眺めていると、国会中継の切り抜き動画が目に入った。
与党の国会議員が、少子化対策や貧困対策について、薄ら笑いを浮かべながら答弁している。
――何も分かっていない。
画面の向こうの男は、清潔なスーツに身を包み、安全な場所から、他人事のように語っている。
あんたたちが守るべきだったのは、私みたいな人間じゃないのか。
指先が、勝手に震え出す。
「……よく、そんな顔で喋れるね」
次々と関連動画が流れる。
不祥事を揉み消した議員。
裏金疑惑のある議員。
女性問題で辞職しなかった議員。
私は、スマホを握りしめた。
――こいつらも、私と同じ世界に生きてる人間なのか?
両親を殺したときと、同じ感覚が、胸の奥に芽生え始める。
怒りと冷静さが、奇妙なバランスで共存する感覚。
「……社会が悪いんだ」
浮かんだその言葉が、はっきりとした意味を持ち始める。
この国は、私を守らなかった。
むしろ、踏み台にして、使い捨てた。
なら、私もこの国に何も返す必要はない。
私はノートを取り出し、ニュースで見た議員の名前を書いた。
その横に、簡単なメモを残す。
・地元
・行動パターン
・公務スケジュール
・警備の有無
東京で生き延びるために身につけた観察力と計算力が、再び動き出していた。
これは衝動じゃない。
両親のときと同じだ。
十分に理由がある。
十分に計画できる。
「……正義ごっこ、してるわけじゃない」
自分にそう言い聞かせながらも、内心では分かっていた。
私はもう、止まれない場所まで来ている。
夜、コンビニで買った安い缶チューハイを飲みながら、ニュースサイトを眺め続けた。
議員の顔が並ぶページを、何度もスクロールする。
――誰から始める?
その問いに、胸が静かに高鳴る。
両親を殺したときと同じだ。
恐怖よりも、妙な高揚感が勝っている。
私は、最初の標的として、さっきニュースで見た与党議員の名前に、丸をつけた。
「……あんたたちのせいで、私はこうなった」
部屋の暗闇の中で、私は小さく笑った。
その笑いは、もはや人間のものではなかった。




